朝の生放送の情報番組の収録から貴女が解放されたのは、昼過ぎのことだった。朝からスタジオ入りして打ち合わせやら何やらをこなさなければならなかったし、収録が始まってからは気を張りっぱなしだった。おまけに昨日はラジオ番組の収録があってほぼ寝ておらず、肉体的には疲労困憊だったが、全て終えた今は晴れやかな気分だった。

 もちろん、仕事をやりきった解放感もあったが、それよりも今日の収録の出来に満足していた。自分で言うのも何だが、番組は盛り上がったし、自分が出演する舞台の宣伝もばっちりだった。

 番組の司会者に挨拶に行ったときも、自分のお陰で番組が盛り上がったというようなことを言われ、満身創痍で挑んだ甲斐があったというものである。

「それじゃあ、失礼します」

 貴女は深めに一礼しながら、ドアの隙間に身体を滑り込ませた。廊下に出て、扉の隙間から見える司会者の笑顔が完全に見えなくなったところで、彼女はようやく肩の力を抜いた。

 これで今日の仕事は本当におしまいだ。

 そう思うと同時に、ぐーっとお腹が鳴った。

 そういえば、朝から何も食べていない。

 番組内で流行りのお店のスイーツーー見た目はおおよそ食べ物には見えないほど鮮やかな色合いだったが、味はまあまあだったーーこそ試食はさせてもらったものの、それ以外は脇にあったお茶だけだ。

(気が抜けたらお腹が空いてきたな……)

 今日の仕事はこれで終わりだし、ここは都心だし、何より今日は気分が良い。よし、折角だから何か食べてから帰ろう。

 そう決めると、尚更空腹が貴女を襲った。


 何を食べようかと考えながら廊下を歩いていると、彼女の目に自販機で何を買おうか迷っている、ひょろ長い後ろ姿が飛び込んできた。

「粗品君」

 貴女が話しかけると、彼の肩が震えた。

「なんや貴女か。お疲れ」

 振り向いた彼はそう言って、驚いたことを誤魔化すように笑った。

 粗品こと佐々木直人は貴女の同期だ。その活躍ぶりは今やテレビで見ない日はないほどで、それを物語るようにやや疲れた顔をしている。

「疲れた顔やな。収録終わりか?」

「うん、深夜ラジオからの朝の生放送。佐々木君は?」

 疲れた顔の人に疲れていると指摘されたことに可笑しさを感じながら、貴女は尋ねた。

「俺らもさっき収録が終わったところやねん。次の収録まで中空き」

「そうなの? じゃあ、この後時間ある? お昼食べに行かない?」

「おう、久しぶりやし行くか」

 同期からの誘いを、佐々木は二つ返事で了承した。

 貴女はそれを聞いて嬉しそうに笑った。

「じゃあ早速行こう。メイクさんに近くの美味しいお店教えてもらったから、そこでもいい?」

「それはええけどーー」

 はやる気持ちを抑えきれず、引きずって行きそうな貴女を佐々木が言葉で制した。

「お前、その格好で行く気か?」

 はたと気付いて自分を見下ろすと、そこにあるのは先程まで出演していた番組の名前が全面にプリントされたつなぎ。

 しまった、そういえば着替えるのを忘れていた。

「……着替えてくるからちょっとここで待ってて」

 ばつが悪そうにそう言った貴女を見て、佐々木は小さく笑った。




「お待たせ」

 貴女が私服に着替えて戻ってくると、佐々木は何故か驚いたようなリアクションをした。

 「青いスカート……」と呟いたきり固まった同期を訝しんで、どうかしたのかと尋ねたが、佐々木は「何でもない」の一点張りで、それ以上のことは何も言わなかった。

 どう見ても何でもないわけはなかったものの、当の本人からはそれ以上聞き出せそうになかったので、貴女は首を傾げながら彼を引き連れて一軒のレストランに入った。

 しかし、店に入ってからも、佐々木の様子はおかしかった。

 例えば、通された席には紙のおしぼりが備え付けられていたのだが、ランチタイムの後の補充が間に合っていなかったようで、ひとつしかなかった。だから、貴女は残っていたひとつを佐々木に渡して、自分は店員を呼んでひとつ貰ったのだが、その様子を見た佐々木はまるで信じられないとでも言いたげな表情をしていた。

「どういう顔してんの」

 貴女は今しがた受け取ったばかりのおしぼりを包んでいたビニールを破きながら言った。

「いや、気が遣えるんやなと」

 どことなく歯切れが悪い答えに眉をひそめる。

「それって、今まで気が遣えない奴だと思ってたってこと?」

「そういうわけちゃうけど」

 その他にも、オムライスを頼むと凝視してきたり、食後にデザートと共に頼んだ紅茶に砂糖を入れるのを物珍しげに見られたり、とにかく彼の様子は不自然だった。

 上手く言えないが、常にそうというわけではないものの、時折何か心にかかることがあるような様子だった。

 そしてそれは、帰り際まで続いた。

「今日は付き合ってくれてありがとう。久し振りに話せて楽しかった」

 挙動不審になっていた瞬間はあるものの、普段なかなか会えない同期とゆっくり話せた貴女は満足げに微笑んだ。

「俺も楽しかったわ。……また行こな」

 照れくさいのか、佐々木の目が少しだけ泳ぐ。しかし、その目の奥は優しく、貴女はこそばゆさを感じながら帰路についた。




 それから1週間程経ったある日、なんの気無しに視聴したテレビ番組に佐々木と相方の晟也が出演していた。

 売れっ子芸人の未来を占い師が切る! というテロップが画面の端に出ており、それが示す通り、二人を含む何組かの芸人が、未来を占われているようだった。

 占いを信じているわけではない。どちらかといえば懐疑的だ。自分の運命が太古からの星の巡りやらタロットカードやらに左右されるなんて、どうにも信じがたい。

 だから、その番組も真剣に見ていたわけではなかった。出かける準備をしながら、何となく目を通していたという程度である。

 テレビ画面には、占い師だという女性が映っている。見た目は普通の中年女性だが、雰囲気はどことなくミステリアスだ。

 占い師はゆっくりとした口調で言った。

「あなたの運命の人は、明るくて、優しい人のようですね。気遣いが出来て、でも嫌味っぽくなくて、周囲の人を安心させるような性格です。それから、オムライスかカレーもしくはハンバーグが好きで、あと、甘い物も好きみたい。それから、青いスカートも目印よ。一緒にいて、楽しいとお互いに思えるのだったら、その人に間違いありません」

 自信たっぷりに言い切った女性の言葉が、貴女には酷く胡散臭く思えた。

 女性だけに限った話ではないが、世の中の大半の人が優しいし、明るい。普段から優しい人なら、優しさが嫌味っぽくなくて当然だし、そんな人が周囲に威圧感を与えるわけがない。

 オムライスかカレーかハンバーグが好きというのも、逆にそれらが全部嫌いな人の方が珍しい。甘い物が好きな人だってごまんといる。

 青いスカートを履いているというのも、青は今年の流行色だから、街ではよく目にする。

 早い話、世の中の大半の女性に当てはまりそうな特徴を並べ立てて、それっぽく話しているだけだ。

 それに、最後の“一緒にいてお互いに楽しいと思える”という部分。楽しいと思えない人と付き合ったり、ましてや結婚などするわけがないじゃないか。

 占いだの予言だの運命だのと、神秘的な言葉で飾り立てているだけで、全然具体的ではない。

(こんなの信じる人いるのかな)

 貴女は鞄に財布と携帯電話を詰め込みながら肩をすくめた。

 よく当たる占い師としてメディアに露出する人物でさえこの程度なのかと、貴女がますます占いに対する不信感を強めたところで、画面に「この番組はxx年〇月△日に収録されたものです」というテロップが入った。

 それは、丁度貴女と佐々木が食事をした日だったが、当の本人がそれを思い出すことはなかった。

 彼女は部屋に置かれていた時計に意識を奪われていた。そろそろ出かけなくては、仕事に遅れてしまう。

 テレビ画面に、あの日の貴女にバッチリ運命を感じた佐々木が大写しになったが、貴女は特に気に求めずにテレビの電源を落とした。





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