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理由はとうに忘れたけれど、子供の頃から放浪癖が身に染み付いていた。
何かから逃げ出したかったのだろう、多分。
記憶力が良い方だと自負している彼女にとって非常に珍しい事ではあったが、歳を重ねるごとに割とどうでも良くなった。きっと逃げて正解だった、それだけが結果として分かってれば別に良いのである。

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今の依生は所謂いわゆるピンチ、絶体絶命と呼ばれる状況にあった。
どこか他人事のようになってしまうのは「そもそも頭のネジがねェよな」と王至上主義の、顔だけは綺麗な変人に称される程の危機感の無さによるものだ。
それは脳天気は毎日晴れ!のようなハッピーな思考と、母の胎内にいる時に神様から貰ったラッキーを持ち合わせているからかもしれない。神なんてこれっぽっちも信じていないが。

手に持ったハロハロに直接口を付けて、トッピングのパイナップルを咀嚼する。行儀は悪いが緊急事態だから仕方ない。
カウンター越しにちらりと入口の方を伺えば瞬間、発砲音と共に焼け焦げた匂い。ヒットはしないが髪を少し持っていかれたらしく、毛先がちょっぴり焼き切れていた。

直ぐカウンターに引っ込み、依生は考える。

無造作に酒が並べられていた棚は既に銃痕と瓶の破片でボロボロ。隣には胸と脳天に一発ずつ食らって既に息絶えた元友人が倒れており、入口の方からは威嚇するような発砲音と捲し立てるような複数人の罵声が聞こえる。母国語でも万国共通の英語でも無いので何言ってるか分からないのけれども。

こうなった原因は伝手の伝手の伝手を頼って辿り着いたあるフィリピンマフィアである。それなりに上手く付き合って世話を焼いてもらっていたのだが、突然銃片手に獲物を狩るような勢いで追い掛け回されたのだ。

元々放浪癖のある依生は良く言えば人懐こい性格で、比較的猫宜しく可愛がられる事が多い。悪く言えば敵も味方も作らない八方美人で、加えて治安の悪い地域にいたものだから学生時代から変な逆恨みを買う事が多かった。なので突拍子もない襲撃は初めてではない。
だが今回のように命を狙われて、しかも多勢に無勢ときては逃げ回るしか対処が出来ない。今まで敵も味方も作らず、放浪して得た人脈と情報を使って曖昧な立ち位置を貫いていたツケが回って来たのかもしれない。自業自得だと思う反面、確実に依生の人生を狂わせた彼を思い出してしまい顔を顰める。

「今回は裏切るような事してないけどなぁ。ねぇ、そう思わない?」

情けない声で問うても隣で転がっている元友人からの返事はない。「じゃあな、金蔓」を遺言に死んだ奴の言葉なんて欲しくはないけど。
それでもマフィアの中でも一番気にかけてくれていて、昨日までお互い拙い英語で仲良く飲み交わしてたのだ。嬉しそうに「この店のハロハロは美味しいんだ!」と甘い物が好きな依生の為に店を探したと言うのも罠だったのかもしれない。死人に口なし、とはきっとこういう事を言うのだろう。

「…まぁいっか。次は地獄で会おうね」

溶けかけたハロハロを飲み干し、容器はそこら辺にポイッと捨てる。肌身離さず付けているレッグホルスターから軍手を取り出し、それを着けてから元友人が握っていた回転式拳銃リボルバーを取り上げた。シリンダーを確認すれば残っている弾は二発。

「んーもう一声欲しかったなぁ…あ、食べれないパイナップル見ーっけ!」

死体漁りは趣味ではないが、服の中や近くに落ちてた鞄を漁れば、中から手榴弾グレネードが一つと閃光手榴弾スタングレネードが二つ。
マフィアとは言え小さな組織だったし、ここまで充実した武器を持てる程懐は広くなかったはず。にも関わらず下っ端の元友人ですら持っていたのは、もしかして背景に別組織が…と、ここでやけに店内が静かな事に気が付いた。先程までの喧騒が聞こえない代わりに、肌にピリピリと緊張が伝わる。

「ッやば」

中々カウンターから出て来ない依生に、相手方は痺れを切らしたらしい。いつの間にか裏口に回られていて、さっと視線を動かせば逃げ道にと考えていたバックヤードの方からちらりと人影が見える。
これには流石の依生も焦りを感じる。今しがた拾った閃光手榴弾のピンを抜き、カウンターの向こう側へと思いっ切り投げた。突然の強い光を前にして上がる叫び声を聞きながら、依生は残った手榴弾と閃光弾、リボルバーを素早く手に取って裏口へと走る。見た所回り込んだのは二人だと思うが、ビンゴ。叫び声を聞いてこちらに駆けてくるが、既に依生は動いた。

「ッマテ、ハナシキク!!」
「んー?」
「ボンテン!!サガスシテル!!」
「へえーそっかぁ」

急に店内に雪崩込んで来て、どんぱち銃撃戦始めた奴らの言う事なんか聞く価値もない。何か日本語で叫んでいるような気もするが…ハナシ?ボンテン?依生には知らない言葉である。
走る足を止めず、途中で軽く身を屈めて落ちてたフォークを拾う。か弱い女なので使える物は使う主義なのだ。
昔、それを言ったらげらげら笑いながら「それがヤバいんだって」「普通の女の子はそんな事しない」と言ってくる愉快ヘアー兄弟もいた。

「通して、ねっ」

待ち構える相手は二人。ワァ屈強な身体してるなー、とそれだけで尻込む私でも無いので、走る勢いを殺さずにそのまま手前にいる男の前に滑り込む。多分私が女だからと油断していたのだろうなぁ、甘いなぁ。驚いた二つの眼がこちらに向く前に、私は脇腹に向かって躊躇いなく拾ったフォークを刺した。
勿論そこまでのダメージを期待していた訳ではない。不意な痛みに少しよろけた隙を突いて男を追い越し、振り向きざまに太腿に一発食わせ、唖然としているもう一人の男も追い越して前に見えた裏口のドアへ一直線に駆ける。

「キケッ!オマエ、コウショウザイリョウ!」
「え、何それ物騒〜!」
「ボンテン、キョウテイ!」
「だから知らないってば」
「…So!If we don't give you to BONTEN,we're dead!Understand!?You're a target!No matter where you run,you'll be useless,so come with us!!」
「んー…?」

大分入口の方が騒がしくなってきた。きっと閃光弾を当てた奴らが起きてきたのだろう。
戻ってきた喧騒と早口過ぎる他言語に上手く聞き取れた自信は無いが、要は"ボンテン"が私を狙ってる?何それ知らなーい。

あまりにも切羽詰まって言うものだから足を止めて聞いてしまったが、騒ぎ自体は結構大きく起こしてしまったのだ。立ち止まっている暇はない。恐らく相手方二人が乗っていたであろう車がすぐ側に止まっているのを目線で確認し、近寄るなとばかりに威嚇で男の足元に発砲する。まだ何か喚いているが、立ち去るべくその男に背を向けた。…その時だった。

「Hi!!Stop!!」
「イッッ、てェ……」

左の脹ら脛に焼けるような痛みが走る。軸足じゃないだけラッキーだが、これは多分、骨と筋までは行ってないが結構抉られた。少しふらつきながらも素早く体勢を整えて、振り返りざまリボルバーを構えて銃口を向ける。
弾は空だが、まぁ威嚇くらいにはなるでしょ。発砲したのは私が撃った方の男で、なるほどー…これは怒ってるのかな?
もう一人が羽交い締めにして何とか押さえているが、男はフーッと肩で息をしながら血走った眼でこちらを睨んでいる。捕まったらタダでは済まなそうだなぁ怖ーい、なんて。

「痛いんですけど?」
「S-sorry,he took it upon himself to…」
「知るかっての」

こいつが勝手にやったと騒いではいるが、でも目の前の男2人は仲間同士なので。
…なんと私の手元には持て余した手榴弾と閃光弾あります。目の前には敵、後ろには出口と車。ならばやる事は一つしか無い。

「はい、これあげる」

そう言って構えていた空のリボルバーを男に投げる。反射的に受け取ったのを見てから、ついでとばかりにピンを抜いたそれを投げ付けて、そのまま裏口のドアを蹴破って店を飛び出す。振り返らずに走って数メートル先にある車のドアに手をかけた瞬間、凄まじい爆発音と共に背中に熱風と何かの破片がバチバチと当たる。

間違いなく閃光手榴弾の音ではない。むしろ爆発…あれ、私が今手に持ってるのって閃光の方の手榴弾じゃない?もしかして、

「あちゃー、間違えちゃったな」

とりあえず残された閃光手榴弾は要らないので近くの茂みにポイッと投げ捨てた。お世辞にも綺麗とは言えない車に乗り込み、やはりと言うべきかラッキーと言うべきか、掛かったままのキーを回してエンジンを動かし、思いっ切りアクセルを踏む。見ればガソリンは少ないが、どうせ乗り捨てるつもりだったのである程度距離が取れれば良い。
サイドミラーを覗き込めば、裏口からは細く黒い煙が数筋立っている。まぁそこまで威力がある奴では無かったし、これ以上の被害は…と思ったら地面が震えて、先程とは比にもならない二度目の爆発が起きた。

「…………ワァ」

そういや、ここ数日は雨降らなくて乾燥してたなぁとか。店内は酒瓶が割れてびちゃびちゃになってる床があったなぁとか。そもそもあの店、弾薬とか普通に置いてあってマトモな店じゃなかった気がするなぁとか。
BGMに某シティをハントするエンディングテーマが流れているような気もしないでも無い。私別に悪くないよなァ…とは言い切れないこの状況に、大きく溜息を吐くしかなかった。

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