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例の爆発騒動から一週間後、私は都内のあるホテルの一室でカフェモカ片手にノートパソコンの画面と睨めっ子をしていた。機械類は苦手だ、画面を見てると目がシパシパするし文字の羅列が多くて眠くなっちゃう。
あの日、言葉通り寝る間も惜しんで駆けずり回り、何とか東京行きの飛行機のチケットを手にした私は数年振りに母国への帰国を果たした。帰る家は無いので、次はどうしよっかなぁなんてふわふわ考えていたが、ここで一つ大事な事に思い当たる。
そうだ、ここ日本じゃーん!
止血と応急処置を施しているとは言え、銃で撃たれた傷をそのままにしておく趣味はない。流石に「撃たれちゃいましたー」なんて普通の病院に診せられるか?無理でしょ。いやどこの国であっても無理な話ではあるが。
なので空港から真っ先に向かったのは、縁あって知り合った六本木のお医者さんの所。多分非合法で、所謂"闇医者"という奴だが詳細に首を突っ込んで来ないので都合がいい。法外な治療費を取られたが、そこそこ財布が潤ってる私にとっては何の痛手でもなく、意外と丁寧に治療してもらってハイお終い。
ここまでを約三日で済ませた私は本当によく頑張ったと思う。いつもならまた海外に飛ぶのだが、あれだけ騒ぎを起こした手前長距離の移動は少し気が引ける。いずれにせよ"ボンテン"についても詳しく知りたいし…。
と、言う訳で現在は優雅にホテル暮らしをしている私。その日暮らしで各地を放浪していたものだから肌荒れも隈も疲労も凄まじかったが、約一週間のエステとサロン通いと早寝早起きのお陰か、みるみる健康的な姿になった。つい先日まで手榴弾片手にどんぱちやっていたなんて誰も思うまい。
そして合間で"ボンテン"について調べていたのだが、探れば探るほど「ヤバい」の一言に尽きる。残念ながら天性といって良いほどの機械音痴なので某Wikiqebiaとサーフェスウェブで見ただけだが、それでも日本最大の犯罪組織と呼ばれるに相応しい物騒な内容だらけだった。
ここで疑問に思うのが、何故私はこんな大きな組織の交渉材料なんて呼ばれたのかである。ターゲットとかも言われてたが、もしかして金蔓っていうのも賞金首的な?自分で言うのもアレだが、只のニートで浮浪者だぞ…言ってて本当に悲しくなるが。
いやーほんと分かんない。どこかで梵天とやらの組織に喧嘩売った?それは無い…とは言いきれないけども。
眉間をぎゅっと抑えながら、私は座っていた柔らかい上質な一人掛けのソファに身を沈めた。考えるのは好きじゃない。
カフェモカを飲もうとカップを傾けるが、ほんの数滴ほろ苦い液体が舌に乗っただけで、既に空になっていたようだ。時計を見れば午後の3時。時間的にもちょうど良いやと、私はルームサービスのメニュー表を開く。
その時だった。
コンコン、と小気味いい音を立ててドアがノックされる。…まだルームサービスは頼んでないんだけどな、多分ホテルの人じゃない。
腰まで伸びている髪を結わえながら、「はぁーい」とわざとらしく声を出しながらドアへ向かう。警戒は怠らないがここはそこそこランクの付いたホテルで、セキュリティも警備もしっかりしてる。変な人じゃないと思うけど、治安の悪いご時世だしどうだろうか。
「何ですかー……あ」
いつでも動けるような体勢を取りつつもドアを開けた私は、そこに立っていた人物を見てぽかんと口を開けた。
仕立ての良いスーツに身を包み、揃いの髪色をした2人の男性が特徴的な垂れ目でじぃっとこちらを見下ろしている。ワァ相変わらず愉快な髪型してんな。見覚えのあり過ぎる、と言うか一時期は生活のあれこれで良くお世話になっていた兄弟がそこにいた。
「蘭くんと竜胆くんじゃん。おひさぁ」
「………うッッそだろ」
「………まじで依生ちゃん?」
「ウン。えー何、スーツめっちゃ似合うけどマトモに仕事してんの?ウケる」
「云年振りの再会で第一声がそれかー」
「変わんねーなぁ…」
「そう?ありがと」
「褒めてはねーんだわ」
とりあえず入れば?と2人を室内に招き入れ、私は内線の固定電話をルームサービスに繋いで適当に3人分のアフタヌーンのティーセットを頼む。お酒とも迷ったが、2人が仕事中だったら悪いし止めておく。
部屋がシングルなので大人が3人も収まれば、そりゃあ狭く感じる。蘭の方はベッドの腰掛けて「あ"ー…」とか言いながら天井を仰いでいるし、竜胆の方は先程まで私が座っていた一人掛けソファに掛けて俯いている。きっとお仕事頑張ってお疲れなのだろう。あの不良っ子が…とちょっと感動した。
「ルームサービス頼んだ!」
「自由か?直ぐにココ出る予定だから別に良かったのに」
「私が食べたかっただけだからいーの」
「何頼んだ?」
蘭の隣に腰を掛ければ、ベッドのスプリングがぼすんと跳ねた。まだ天井を仰いでいる蘭を見ながら、竜胆の問いに「ケーキ」と答えれば「重ッ」と一言だけ返ってくる。
最後に見た2人は出会った時と変わらず喧嘩をしていたから、こうも社会人としての身なりを見せ付けられると少しばかり焦ってしまう。浮世離れで行き当たりばったりの生き方だったから、余計に。勿論それに後悔はないが、ただ少しだけ置いて行かれたような寂しさが残る。
不意に「依生ちゃん」と名前を呼ばれ、振り向けば天井から私に視線を移した蘭と目が合った。声色は落ち着いていて優しいが、その目はじとりとした圧を含んでいる。
「オレらに言うことあるよなぁ?」
「あー…連絡出来なくてごめんね?」
「他には」
「会えて嬉しい」
「あとは?」
「スーツ似合うねぇ」
「それで?」
「竜胆くんと髪色お揃いなんだね」
「…で?」
「…竜胆くーん助けて」
「無理」
「無慈悲じゃん」
じとーっとした感情の読めない視線に気圧されて、思わず竜胆に助けを求めるがバッサリと切り捨てられてしまった。この薄情者め。
不意に寄り掛かるような重みが肩に乗る。首を動かそうとしたが頬に当たる髪がくすぐったくて、私は小さく笑みを零した。安堵のような呆れのような深い溜息を吐きながら、蘭が額をぐーっと私の肩口に押し付けている。どことなく子供のようなその仕草に「なあに」なんて声を掛けながら、彼の背中をぽんぽん叩く。
「依生ちゃんが生きてるー…」
「おーい勝手に殺すな」
「いやーさすがに今回ばかりは焦ったんだけど?音信不通だし、死んだと思ってた」
「それはマジでごめん。携帯壊れちゃって、まぁー使わないし別にいらないかなって」
「依生ちゃんホントに文明人?」
「少なくとも拳で解決する野蛮人ではないよ」
「そーかぁ説教は拳がいいのかー」
「痛い痛い冗談だって」
覇気のない拳を振り上げ、ぽかぽかと私の太腿を叩く蘭。あの、まじで左脚に響いて痛いんだけど?蘭の手首を取り、そのまま自身の太腿の上で固定させる。珍しく大人しい所を見ると本気で焦っていたのだろう。
あっちこっちふらふらする私だが、波長が合うのか2人には冗談抜きで妹みたいに可愛がられてたから。…いや正直「戸籍謄本貸ーして」と言われた時はドン引いたけども。貸せるわけないでしょ。
「…兄ちゃんばっか狡ィ。オレも」
「あーはいはい竜胆くんもおいでぇ」
「はァー?何だよその言い方バカにしてんだろ。言っとくけど勝手に海外飛んだの許してねーからな」
「彼女面止めてくんない?」
「…?兄ちゃんですけど?」
「その何言ってんだみたいな顔やめて」
竜胆はくらげみたいな髪をゆらゆら揺らしながらソファから立ち上がったと思うと、私の隣に座って蘭と同じように肩口に額をぐりぐりと押し付けてくる。何だコレ。そこそこタッパのある兄弟はまるで猫のように擦り寄ってくるが、成人済み男性なので別に可愛くはない。と言うか重いしくすぐったい。
「ねぇー…そろそろ重いんだけど」
「オレらの愛はもっと重いぞー」
「ウワッ無理返品します。つーか竜胆くんは割とまじで離れて」
「兄ちゃん贔屓は良くないと思う」
「そうじゃなくて、左脚撃たれて完治してないの。膝当たってちょっと、てか結構痛い」
「ハァ?撃たれたって、いつ?」
「日本帰ってくる前。ちょっと変なの巻き込まれてるっぽいんだよねぇ、梵天?に首狙われてる?らしい。私もよく分かんないんだけど」
「……スクラッーープ」
「うん?」
「いやこっちの話。気にすんなー」
意味だけ捉えれば廃棄品だし充分不穏だが、それ以上に何か含みがあった気がする。ただそれよりも、私の脚を気遣ってかベッドに上がってもそもそと擦り寄ってくる竜胆が可愛…いや可愛くはないな。ベッドに上がるなら靴脱げ、あとちょっと私の腕踏んでる。
「依生ちゃんさー、そろそろ腰落ち着けようとか思わねぇーの」
「正直考えなくもないかな」
「お?珍しーじゃん。なんで?」
「いやぁ、2人がマトモに社会人してるの見たからーっていうのもあるんだけど」
「まぁ、ウン」
「今回はやらかしちゃったから」
「へぇ?何、ヤベー事やってんの?」
「んな訳無いでしょ!ちょっと手榴弾と閃光手榴弾間違えただけだし…あっ」
「何だよその"あっ"て」
「ヤバウケる。故意?」
「あれは事故」
ついぽろっと言っちゃったが、げらげら笑ってる左右の兄弟を見る限り気にはしてないんだろう。でしょうね、私も起こった事については気にしてない。強いて言うなら先に仕掛けてきたあっちが悪い…と思う。
とは言え、事実は事実でしかない。
家無し職無しの浮浪者…字面だけでも相当ヤバいのに爆発魔とか言われたら笑えない。放浪のついでに出来た伝手を辿れば、まぁ何とか食うに困らないくらいの生活は出来ると思うが…正直頼りたくない人ばかりなので却下。
左右に蘭と竜胆がいるのも忘れてウンウン考え込む私だったが、どうやらそれが気に食わなかったらしい。ひょこと目の前に2人が顔を出し、無言でこちらを覗き込んでくる。大変悔しいが本当に顔面が良いなこの兄弟。負けじと見返して少しの沈黙が過ぎるが、以外にもそれを破ったのは蘭と竜胆の方だった。
「また一緒に暮らすかー?」
「どうせ家捨てたままなんだろ。オレらそこそこ稼ぎ良いから、依生ちゃんの1人や2人くらいなら養えるけど」
「養われるのがヤならオレらの会社で働けばいーじゃん?組織に属するってのも意外と楽しいから、どう?」
「……どうって言うか、そもそも一緒に暮らした事ないし私は1人しかいないんだけど?」
…でも、と少し間を空けて一つ深呼吸をする。先程から香っていた2人の香水が少し強くなって、あぁそういえば、これは昔に私が好きだなんて言った香りだなと気付いて。…途端に黙って2人の前から居なくなった事に対して、じわりじわりと罪悪感が募る。
何かとヤバい兄弟なのは知っているし、身に染みて解っている。けど家族よりも"家族"をしてくれた過去があるし、2人には絶ッッ対言わないが兄に等しい感情は抱いているのだ。
「……履歴書っているかな」
「フフ、いらねぇから安心しなー」
「スーツ持って…る訳ねぇか。依生ちゃんだもんなぁ、似合うの選んでやるから後で買いに行こうな」
「ここぞとばかりに兄面するじゃん…」
「だってお前服のセンスねえもん、放っといたらクソダサくなるし」
「ただの一般市民と六本木のカリスマの感性が同じだと思わないで欲しい」
「一般、市民…?手榴弾使う奴が…?」
「いやだからあれは事故!」
わざとらしくすっとぼける竜胆に向かってイーッと歯を見せて怒るふりをすれば、彼はけたけた笑いながら私の頭を乱暴に撫でた。学生の時と変わらないやり取りにちょっと胸が温かくなって、私はされるがままになりながら少しだけ口角を上げる。
横からパシャリとシャッター音が聞こえて、ハッと視線を上げればニヤニヤした蘭がスマホを構えていた。何やってんだこの人、あと竜胆くんもポーズ取るな。私は眉間にシワを寄せて蘭の手からスマホを取ろうとしたが叶わず、逆にその手首を掴まれてしまう。
「まあそんな怖い顔するなって。久々にお兄ちゃんしてる竜胆と妹してる依生ちゃん見たんだから、ちょっとくらい良いだろぉ」
「良くないんだけど」
「兄ちゃんオレにも送って」
「送るな、消してよ」
「何で?可愛く撮れたけど」
「…恥ずかしいんですが」
「おー依生ちゃんデレ期?やっぱオレらと離れてて寂しかったかぁ、そーだよなぁ」
「この写真の依生ちゃん半目じゃんウケる。ロック画面にしとこ」
「あ"ーーーッもう!それで!?」
急に大声を出した私に、何だ何だと怪訝な表情をする2人。半目でも可愛いぞとフォローを入れてくれるが、竜胆くん違うそうじゃない。
「私、本当に2人の所行っていいの」
「おいでおいでー。家も用意してやるし、仕事も社訓さえ守れば怖い事はねーから」
「…うん。ついでに聞くけど仕事内容って」
「アー…業務は結構多いよな。あと営業とか、力仕事もやる。でも慣れれば楽だな」
「オレらは幹部だからやる事多いよなぁ」
「エッ幹部なの!?」
「そ!だからオレらの推薦ー…って感じか?になるから他の新人よりは仕事量多いと思うけど、依生ちゃんなら大丈夫だよなぁ?」
「ウーン…?頑張る」
「ヤバそうだったらフォローくらいしてやるから、な?安心しろよ」
「竜胆くんの口から聞くと不安しかない」
「傷口には塩が良いって聞くよなぁ」
「冗談じゃん。…でもまあ、ウン、2人がいるなら安心は出来るかなぁ」
零すようにそう言えば、蘭と竜胆は嬉しそうににこにこしながら私の手をぎゅっと握ったり頭を撫で回したりし始めた。完全に犬猫を可愛がるそれだが、逃げても叩いても無駄なのは経験済なので大人しく可愛がられておく。
しばらくわしゃわしゃされていたが、満足したのが2人の手が私から離れた。そして本当に、何なら本人か疑ってしまうくらい、今日一番の優しい笑みで蘭は言う。
「本当に良いんだな?」
「うん」
「社訓守れるか?」
「仕事だもん、守るよ」
「仕事した事ねぇ奴が良く言うわぁ…まぁこの際だからその放浪癖治せー?兄ちゃん的には結構心配すんだぞぉ」
「そっ…れは善処する、けど…もうそろそろ骨埋める場所くらい決めようとは思ってたから、うん、次からはこまめに連絡する」
「そーじゃねぇんだけど…いいや。仕事大変だからって逃げちゃダメだぞ」
「逃げない。そこまで無責任な事しない」
「………ふぅんそっかー」
少しの沈黙に、私はあれ?と首を傾げる。何か絆されてる気がするんだけど…とまた考え込む前に、2人がそれぞれ私の腕を抱えてベッドから立ち上がった。
先程までの優しそうな雰囲気はどこへやら、蘭はにやにやと、竜胆はにこにこと意地悪そうに笑っている。自然と引っ張られる形で立ち上がった私だが、ころっと変わった表情とその不自然さに気付いて強制的に思考が固まる。
「竜胆ぉー」
「バッチリだよ兄ちゃん」
「…あの、蘭くん?竜胆くん?」
「これなーんだ」
「小さい機械?」
「まぁそうなんだけど」
竜胆はじゃじゃーんと言いながら、私の腕を掴んでいるのと逆の手から小さなリモコンのような機械を出す。三角のボタンを押せば、直前までの会話がノイズも無く鮮明に流れ出た。
《手榴弾と閃光手榴弾間違えただけ》
《履歴書っているかな》
《頑張る》
《2人がいるなら安心》
《"社訓守れるか?" "守るよ"》
《"放浪癖治せー?" "善処する"》
《骨埋める場所くらい決めようと思ってた》
《逃げない。そこまで無責任な事しない》
…これボイスレコーダーと言うやつでは?
竜胆が小さな機械をポチポチ操作すれば、私の声が抜粋されて聞こえてくる。これは、何か知らないけどマズった…のか…?何だか悪意のある切り取りな気がするのだが、未だにどうなってるのか頭が追いつかない私は、ただぽかんと口を開ける事しか出来なかった。
「依生ちゃんの言質取ーり♡」
「ウワまた兄ちゃんポーズ取ってる」
「……………ワァ」
ようやく出てきたのは単語にもなっていない一言で、ここ最近急展開が多いなぁなんて思いながらぱちぱちと目を瞬かせる。
そんな様子を見て悪戯が成功した子供のようにげらげらと笑いながら、灰谷兄弟は私の腕をがっちりと掴み直す。ちょっとは抵抗しようと試みたがボイスレコーダーをちらりと見せられた私は、2人に引きずられるようにしてホテルの部屋を後にした。
あぁ、ケーキを食べ損ねた。
言質も取られ、逃げられない事を悟った私は引きずられながらも明後日の方向をぼーっと見るのだった。