JOJO

うらはら

 もそり。

 動く気配がした。隣に、私以外の温度があった。すぅ、と脳みそが冷めていく。ぬるま湯のような意識が覚醒していく。私を微睡みから引き剥がしたのは、強烈な違和感だった。ひとりではない、違和感だった。

「ん………」

──いる。

 不躾にも、そんなことを思った。普段なら、私が目覚める頃にはとっくに布団など冷めきっているというのに。驚きに、目が瞬く。夢でも見ているのかと、そう思うほどに、私にとってはその事実が衝撃だった。規則正しく上下する胸板、枕にされた筋張った腕、私より少し高めの体温。そして僅かに残った、硝煙の、香り。あぁ、いる。本当にいる。

グイード・ミスタは、生きている。

 それは、穏やかな眠りだった。ちらりと見上げただけで、その間抜けな顔が映る。そう、間抜けな顔が。いつもなら、私の方が彼にこんな間抜け面を晒しているのだろうか。よくよく考えて、この状況に違和を感じる。なんでいるんだろう。

 そう、思う。目線だけを動かして、時計の針を確認すれば──およそ、九時。私がいつも目覚める時間。彼はとっくに出掛けている時間。別に昨晩夜更かしをしただとか、大きな仕事があったとか、そんな記憶はない。寧ろ私がいつものように眠りにつく頃、彼は既に夢の中だった。その、はずだ。

「………んん…」

 ふと、彼の手が所在なさげにさまよった。何かを、探しているようだった。何を?──きっと、自分以外の、体温を。端的に、自意識過剰に言ってしまえば。私を、だろう。

 モゾモゾ彼の手のひらが動く。目は、閉じている。面白い。こちらが露骨に距離をとれば、ぐっと伸ばされる。狭い狭い鬼ごっこ。彼は本当に眠っているのだろうか。そう思うほど、執念に、彼の手は体温を求めて私を追ってくる。

「…………」

 その手が私の腹部に到達する前に、人差し指で、ほんの少し、触れてみた。興味本位だった。彼のリアクションを確かめたいだけだった。

 そう、それだけ。

「!」

 硬い皮膚に触れた人差し指が、がっしりと掴まれた。かと思えば、ゆっくりと、感触を確かめるように、指を絡ませて、手を握る。──これで眠っているというのは、流石に嘘だろう。呆れのこもった溜息をつくと、こちらが気づいたことを察したのか彼はパチリと目を開け悪戯っぽく笑った。

「はよ」
「……意地が悪いわね」

 起きているならば、そう言え──と言外に訴える。しかし彼が寝起きであるのは確かなようで、彼の瞳はまだるっこく、眠たげだった。ほんとうに、わけのわからない人。眉を顰めてジトりと睨みつける私の視線に気づいているのかいないのか、彼は上機嫌に私の髪を指先で弄び始めている。

「今日、用事あんのか?」
「特に」

 普段よりもずっと穏やかな表情の彼を尻目に、端的にそう答えて、私は目を閉じた。理由は至極単純である。

 眠いからだ。

 寝起きのミスタの観察に飽きてしまった私の体は素直に、従順に眠気を訴えている。お互いの体温が狭いベッドの中で飽和して、ぬるま湯のなかに引きずり込むのだ。悪いのはミスタである。こんなあったかい体温で、ずっと、くっついているから。

「寝んの?」
「ん」

 素っ気なくそう答えて、私はベッドに潜り込む。そんなつもりはなかったけれど、少し、距離が縮んだ。その上彼が腰を引き寄せるものだから、私達は、ほとんどゼロ距離である。暖かくて暖かくて、意識が消えて無くなりそうだ。
どくり、どくりと心音が心地よく私を包む。ミスタの音だ。彼の、生きている音だった。

──あぁ、もう限界だ。

 引き落とされる。うつつの世界から引き剥がされる。引きずり込まれる。莫大な安心感が、眠気となって、私を真っ黒にしていく。意識がブラックアウトする直前、彼が、ぎゅうと私の手を握った。

「せっかくの休みだしさァ、もっかい起きたらどっか行こーぜ」
「んー」
「ほんっとに眠そうだな……それ肯定してる?」
「ん」
「へへ、そっか……じゃ、おやすみ」

 今度は、額に柔らかい感触。目を開けずともわかるこの感触は、一体何度目だろう。きっと、片手では数えられないほどだ。──さて、また目が覚めたら、何処へ行こうか。そこまで考えて、私の意識は完全に眠りの中に落ちる。いつまでも寝ていたいという表の私とは裏腹に、私は少し、次の目覚めを待ち遠しく感じていた。

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