JOJO

All for me.

※死ネタ

 老衰っていうのは、イイ。
 
 この世でもっとも安らかな死こそが、老衰だと、俺は思っている。
 自分の将来を頭からケツまで想像するとき、その最期が病気を患って延命治療の果てにもがき苦しんで死ぬだとか、交通事故にブチ当たってミンチになってしまうだとか、悲惨ものをイメージする奴なんて少ないだろう。大抵の場合、ベッドの上で安らかに、眠るように死ぬってのが人類大半の、理想的な終わり方だと思う。俺だってそうだ。どうせならキッチリ大往生して、綺麗な奥さんとの間に設けた子供だとか、はたまた孫だとかに看取られて死にたいモンだ。

 だから、俺はその人のスタンドを『やさしい殺し方だ』と思ったのだ。

………………

 俺は、パッショーネの中でも随分裏方にある仕事――死体処理という任務をこなすチームの人間だ。仕事の頻度はまちまちで、多い時は一日に数人だったり、少ないと一ヶ月に一人、なんて時もある。仕事の依頼はいつもメールで来るので、俺は携帯電話の着信音を切ったことは無い。

 今日はシャワー上がりだった。
 タオルを首にひっかけて、喉が乾いたなとジュースでも飲もうと思った矢先に、耳慣れた音がした。携帯電話の画面を見ると、それはやっぱり依頼の通知で。

「(深夜一時だぞ、今)」

 とか、そんな腹の立つことを考えながら、俺はジュースを一気に飲み干して着替え始めた。
 よくよく考えれば、俺が片付ける死体を作った奴だってこんな時間に仕事をしているのだ。なんら不平等ではない。大変なのは、みんな同じだ。

 仕事道具はスタンドだけでいい。
 俺はラフな格好で身一つのまんま、家を出た。

 ちなみにこの仕事、給料はあまり良くは無い。こういうグロテスクな仕事って、社会一般からすれば特別に高い報酬が貰えるってイメージがあったが、パッショーネは違うらしかった。それを期待していた俺は、ほんのちょっぴりガッカリしたが、別に毎日三食キャビア弁当を食いたいってワケじゃあないから、別に今の給料でも構わない。依頼がくる時間は散々だが、それでも一ヶ月に一回の仕事でもひと月食っていける分の報酬はくれるっていうんだから、ありがたいものだ。俺は、毎日せかせか働いている人間よりは、随分楽に生きていると思う。

「あ、」

 仕事場――随分汚い路地裏で、くずおれる肉塊を見て、俺はつい口から音を漏らした。

 舌に残ったオレンジジュースが、じれったい苦味を訴える。俺はそれを噛み締めながら、ゆっくりと、音を立てないように、しゃがみ込んだ。

「(またこの人の仕事か)」

 それは、傍からみれば老人の浮浪者にしか見えなかっただろう。コケた頬に、顔にまだらに浮き上がる茶色い染み。手はしわしわになって骨ばって、服の隙間から見える胸元は肋骨が浮き上がっていた。
 どうみたって、生活に困ったホームレスの老人が、ついに汚い路地でブッ倒れちまった光景にしか見えないだろう。脳天にぽっかりと空く銃創さえ、無ければ。

「(あ、これ昨日テレビでやってたブランドだ)」

 俺は、遺体の首が引っさげたネックレスを見て、「多分二十代から三十代の男だったんだろうな」と思った。

 俺がパッショーネから受けている仕事は、当たり前だが、普通の遺体じゃないことが多い。氷漬けになっていたりとか、内側から車が飛び出して爆発しているとか、鉄分欠乏で血の色が黄色になっちまっている遺体もあった。それが、パッショーネの中でも圧倒的に裏方仕事をしている『暗殺者チーム』が作った死体だと、俺は仕事を初めて三年目に教えられた。

 殺した人間の、スタンド能力の詮索はしない。
 
 わかってはいても、こうやって血を片付けたりとか、遺体の傍に物が落ちていないかとか、確認している間に頭は勝手に考えてしまうものだ。俺は風呂上がりにミルクを飲まなくて良かったな、と考えながら、首をこきりと鳴らした。
 死体の匂いに加齢の匂い。胃が勝手に持ち上がるのは、人間はどうあっても『死の匂い』に慣れないのだと言い聞かされているような気がした。

 この遺体を作ることができるスタンド能力なんて、想像するのは容易だった。多分、老いを加速させるスタンドとか、その辺りだと思う。
 スタンドは本人の性質が強く反映されると言うから、俺は勝手に、その遺体を作る暗殺者は優しい奴なんだろうなと、思っていた。

 老衰ってのは、イイ。
 俺はそう考えている。

「こんなもんか」

 自分のスタンドで死体を処理したあと、写真を撮っておく。報告書を書く時に必要になるからだ。カメラ機能がついた電話なんて、発売当初はどういう発想だよと思ったが、持ち運びがデジカメよりずっと楽だから、俺は仕事に愛用していた。

 携帯をポケットにしまって、違う道を通って家へと向かう。時間帯のせいで、人通りはほとんど無いと言っていい。俺はこの広い街並みが一瞬俺だけのものになったような気がして、ちょっと機嫌が上向きになる感覚に酔いしれた。

 ――しかし、ふと思う。

 多分、あの遺体を作った暗殺者も、この時間にどこかの道を通ったのだろう。もしかしたら、今俺が歩いている道だとか、俺が家から仕事場に向かう時に通った道だとか、そこを歩いているかもしれなかった。
 俺は、暗殺者チームの奴らなんか、顔も名前も全く知らない。多分向こうのチームだって、俺の事なんか知りもしなければ知ろうともしない筈だ。

 なんだか変な感じだった。

 夜の風で、シャワーで温めた体はすっかり冷えている。その分頭も冷めきっていて、俺はブラブラと歩きながら、あの遺体を作った暗殺者のことを考えた。色んな姿を想像したけど、結局――当たり前だが――自分の納得のいく想像の形にはならなかった。
 俺はその日、オレンジジュースを飲み直して、寝た。

◆◆◆

 『至急』

 なんて言葉がくっつくメールなんて、久々だ。

 先輩から「俺はボンペイ、ジェットはヴェネツィア、お前はフィレンツェを頼む」と電話が来た時、俺は『同時多発テロかよ』と思った。死体ができるにしても、場所が離れすぎである。

「フィレンツェなら、列車が一番――」

 と、思ったところで。
 つけっぱなしにしていたニュース番組に速報が入った。『なんらかの事故』によって列車が急停止し、フィレンツェ行きは全て運休になる、と。

 俺はため息をついて、バイクのキーを探しに行った。

 メールをよく確認すると、どうやら今日の仕事はフィレンツェに向かう途中で緊急停止した列車にあるらしい。既に駅員に扮したパッショーネの団員が掃除をはじめているが、死体の掃除は全てこちらに一任する、と。

 時間はすっかり夕方で、俺は呑気に「今日の夕飯どうしようかな」なんて考えている最中だった。今日はもう仕事が終わっても家に帰らずに、外食して適当にその辺に泊まって帰ろう。

 俺が停止した列車まで辿り着いたとき、空はすっかり夜になっていた。

「死体処理の方ですね?」
「ん?あぁ、はい」
「実は、ブツがあるのは列車内じゃあなくて、車輪の方なんですよ。今から案内します」
「車輪……?へぇ、そうなんですか。どうも」

 バイクから降りて、扉が開けっ放しの列車に入ろうとしたとき、恐らくパッショーネの団員と思われる駅員に話しかけられた。俺は案内されるまま、長い列車の側を歩いていく。

「ホント大変でしたよ。スタンドで客が随分パニックになってて、うるさいやら説明のしようがないやら」
「え、相手がスタンド使いだったんですか?」
「みたいですね。なんか、自分の体がジジイになっちまったとか、赤子が老けたとか、意味わかんないことばっかり言ってて。俺は後から言われて来ただけだから、状況なんてわかんないってのに」
「……………………」

 ――えっ。

 その時の感覚といったら、もう。
 耳の中にいきなり暗闇のかたまりを突っ込まれて、前後不覚になっちまった、みたいな。言葉にするなら、そんな感じだった。

「あと、河に流された奴もいるらしいですよ。その捜索もしなくちゃあならなくて、ほんとやってられない」
「…………そう、なんですか」

 「こちらです」、なんて案内をされて、視界に飛び込んできたのは、車体と車輪の間に挟まって、ズタボロになった男の肉体だった。
「何があったらこんな状態で死ぬんですかねぇ。ボスに刃向かった末路って奴かな、ははは」
 男の話なんて、まったく耳に入らなかった。

「………………」
 俺は、この男に会ったことなんてない。ただ、一方的に存在を知っているだけで、髪の色も、目の色も、好んでいる服のブランドも、好きなものも嫌いなものも知らなかった。
 けれど俺にはどうしても、これが奇妙な再開に思えてならなかった。

 死んじまった彼からすれば、知らぬ存ぜぬ、傍迷惑な話だと思う。
 名前も知らない男だ。

 俺はしゃがみこんで、彼の体をまじまじと眺める。高そうなスーツはボロボロになって、片腕は捻じ切られたような捥がれ方をしていた。車輪に挟まっている足の方も、まともな形をしていないだろう。
 男は美しい顔をしていた。俺にソッチの気は無いが、文句無しに整った顔だと思った。多分、パッショーネになんか関わらなきゃあ、どこかで俳優とかモデルでもやってたんだろうなってくらいの、顔だった。彫刻みたいな顔を流れる血液は、半分くらいは乾いてしまっている。ほんの少しだけ開いた唇にそれが張り付いて、粉になって風にながされる。
 
 俺は、片方だけ開いたまんまになっていた目を閉じてやった。硝子のような目もこれまた美しかったが、その球体に宿っているのはもう死の色だ。

 やさしいひとだ、なんて、俺が勝手に思っていただけなんだろう。

 さっきの話によると、乗客を巻き込んでスタンドを使っていたようだったし、全ては俺のみていた幻想だったのかもしれない。無知蒙昧な妄想だったのかもしれない。それでも俺は構わなかった。俺は、名前も顔も知らない彼に対して、えも言われぬ憧憬を覚えていた。それだけが、俺に残ったただ一つの真実だった。

「じゃあ、俺は河の方を探してくるんで」
「あ、あぁ。こっちも、済ませておきます」
「お願いします」

 俺のスタンドの能力は、収納だ。
 スタンドで触れた全ての物体が、ピンポン玉くらいの大きさの硝子玉に変化する。俺はいつも死体をこの硝子玉に変えて、足で踏んずけて粉々にしていた。中には硝子を溶かして芸術品みたいにして、飾りたいってトンチキな依頼をされることもあったけれど、俺にそんな小洒落た狂気の趣味はない。

「どこに埋めようかな」

 彼の色は、夏の晴れた空によく似ていた。

――――――…………

 葬式は死者の為にあるんじゃあない。生者のために行うものだ。

 信心深い父が、祖母が亡くなった時にそう言っていた。死した体に意識なんてものはなく、捧げる花は彼らのものではない。ただ『死』が連想させる醜いイメージから遠ざける為に花で埋めて、美しく見送ってやるのだと。

 ただの自己満足だと。
 父はそう言っていた。

 俺は――言われてみれば、そうかもしれないと、思った。俺は神の啓示を受けた訳でも狂った頭をしている訳でもないので、死んだあとの世界なんてものはわからない。コミックでありがちな、霊体になって現世をさ迷っているだとか、そんな妄想はした事もない。だから、わざわざ死んでしまったものたちを丁寧に見送るのは、『最期にしてやれる献身』
が、人をほんのちょっぴりでも満足させるからだと思う。

 丁寧に送ってやったからもう大丈夫だ、とか。
 こんなことしか出来なかったけれど、もうお別れだから、とか。

 『してやった』という事実が大事なのだ。
 俺にとってそれは自己満足にしかなり得なかった。
 
 だから俺がこうやって、他に回収された遺体をわざわざ硝子に変えて、シチリアの海に足を運んでいるのも、酷いったらない自己満足だろう。

「………………」

 彼らのチームは九人もいた。
 皮膚の殆どが火傷に覆われた誰かと、もう人間の原型を留めていない誰かと、列車で亡くなっていた誰かと、河に流された誰かと、蛇の毒を食らって絶命した誰かと、喉に鋭利なものがブッ刺さった誰かと、このシチリア島で全身が機銃で撃ち抜かれていた誰か。それから、窒息死した誰かと、輪切りにされてホルマリン漬けになった誰かは、回収するのが少し大変だった。

 誰も名前なんて知らない、他人だ。

 俺は彼らのことをひとつも知らない。知っているのは最期の姿と、彼らが仲間であったという客観的な事実だけ。

 色とりどりの硝子の玉を、俺自身の手のひらで割り砕いて、海へと還す。きれいな欠片は海面を漂って、昼の太陽をくらって宝石みたいに輝いていた。

「あ、お兄ちゃん!ボール取って!」
「ん?あー、はいはい……よっ、と」
「ありがとー!」
「おーう」

 老衰っていうのは、イイ。
 俺を含め、人生の終わりを長寿を全うしてベッドの上に横たわり、奥さんだとか子供だとか孫だかに囲まれて大往生ってのが幸せだと想像する奴は殆どだろう。

 けれど彼らはそれを望まなかった。
 ぱり、と硝子の砕ける音が、自分の手のひらから聞こえる。俺はそれを海へと還す。

「今日の夕飯、どうすっかなぁ」

 俺は明日もきっと生きるので、
 見知らぬ誰かの、偉大なる死を悼む。

 それだけの話。

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