プロローグ

01

 某SNSのメッセージに既読がついたことを確認して、私は画面を暗くした。そして、五か月前に機種変更をしたばかりのスマートフォンをポケットに仕舞う。顔を上げると、一面の海が飛び込んできて、耳のはしっこでカモメが鳴いた。もしかしたら、ウミネコかも。

「ごめんね。どうせなら、あなたも私と一緒に死んで」

 あなた、私みたいなものでしょう。
 呟いて、唇の端を上げる。

 たった五か月だとしても、バックアップで取り込んだ私の個人情報は、ぜんぶぜんぶコレに蓄積されていた。だから、コレを残していくワケにはいかなかった。もう最後の役割は――たった二人の大切な友人に、最期を告げるメッセージを送るという大役――果たしてくれた。だったら、きっと一緒に死んだっていい。ハンマーで粉々にされるより、きれいな海に沈んでいくほうが、きっといい。
 そんな傲慢を覚えながら、私は崖のはしっこに立つ。

 小さいころから夢だった。
 足がすらりと長くなって、髪がさらりと伸びる年ごろになったら、――花の女子高生なんて、年齢に、なったら。
 
 崖から海に飛び込んで死にたいと、そう思っていた。

 お気に入りのサンダルを脱いで、裸足で岩肌に立つ。ごつごつとした表面が足の裏に食い込んで、「痛いなぁ」なんて気ままに思う。風に取られた髪は思いのほかぐちゃぐちゃで、それから夏の日差しを受けた肌は、汗でベタついていたけれど、その点は、及第点だろう。
 それ以外に思うところなんてない。
 ただ、あとは、ここから落ちるだけなのだ。

 きっと、私のことを全く知らない人が見たら、私を思いつめたかわいそうな人、という目で見るに違いない。
 ううん。けれど、全然、全くそんなことなんてないんだよ。学校でイジメなんてないし、両親との仲もそこそこだし、お兄ちゃんだって、最近就職して初めてのお給料で焼き肉を奢ってくれた。私の人生は幸せだった。そりゃあ、細かいところを見ればいっぱいの後悔も失敗もあるけれど、絶望なんて、ほど遠い人生だった。
 
 だから、思いつめているなんて勘違いをされたくなくて、「これは私の夢なのだ」と、私は大切な人にメッセージを送った。きっと彼らならわかってくれるだろうと思った。両親や兄は――強がりだ、なんて思っちゃうかもしれないけれど。どこまでも近くて、どこまでも離れたあの二人なら、きっと。

 そして私は「幸せだったなぁ」なんてこと心の中で呟きながら、ふらりと一歩を踏み出して、落ちた。
 
 体が重力にひっぱられて、視界がくるんと回って。
 真夏の太陽の下で、真っ青な海に落ちていく。

 空は果てしない晴天だった。突き抜けて青い空に、見とれるほどきれいな入道雲がかかって、幼いころに見た映画のことを思い出した。
 
 意識がぶつんと途切れる直前に、けたたましい通知音を聞いていた。

×/×

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