☆エレベーターガール



 異世界への行き方をご存知だろうか。

 10階まであるエレベーターに一人で乗り、4階、2階、6階、2階、10階の順にボタンを押し、移動する。この時、誰かが乗って来た時はやり直しなので注意しよう。
 最後の10階に到着した後、「5階」を押し、移動する。すると、ここで一人の女性が乗ってくる。そうなると成功している証しだ。話しかけてはいけない。焦らず「1階」を押し、移動する。
 しかし、1階には向かわず上へ移動する。扉が開けば、おめでとう。その先は見事に異世界だ。

 ───とまあ、一時流行った都市伝説の一つなのだが。
 突然何かと思うだろうが、少し考えてみてほしい。5階で乗ってきたこの女性、その後どうなったのだろうか。
 たとえば、成功して都市伝説挑戦者が異世界へ旅立ったとしよう。それに女性は付いていくのだろうか、それともエレベーターに残るのだろうか。
 たとえば、挑戦してみたはいいもののやっぱり怖くなって途中でエレベーターを降りる人がいたとして、女性はそれに付いていくかそのまま取り残されることとなる。
 幽霊だから、そのまま消えるのではないか? 尤もな意見である。だがしかし、幽霊は成仏できないから幽霊として現れるのであって、基本的には「場所」や「モノ」に留まっているものなのだ。
 つまり。挑戦者に取り憑いていない限り、女性はまだエレベーターの中に───。


→→→→→



「すみません、5階でお願いします」
「…………はい」
「ありがとうございます!」


 狭いエレベーター内に響く耳障りの良い声。どうしてこうなったのだろう。
 昇降機ボタンを前に、女性は頭を抱える。顔が隠れるほど無造作に伸びきった黒髪が指に絡まることも気にならない。というかそれどころじゃない。
 ちらりと己の斜め後ろに目を向ける。立っているのは一人の青年である。
 短めに切られた茶髪とぱっちり開いた瞳、柔らかそうな目尻。落ち着いた雰囲気を持ちながらも少し幼さを残したその相貌。
 まさに好青年。
 ふと青年と視線が交わったような気がした女性は慌てて目をそらす。気まずさからか、背を丸めて更に縮こまってしまう。
 どうしてこうなったのか。女性は一から記憶を整理することにした。

 そもそも、女性は幽霊である。
 「異世界に行く方法」という都市伝説に出てくる謎の女性の正体が、彼女なのだ。
 異世界に繋がるのは10階、ということになっているが、実は5階もまた異世界へと繋がっており、女性はその世界の住人なのである。
 数年前、丁度10階建てのこのマンションで都市伝説を実践した少年がいた。
 ネットに書かれている通りにボタンを押し、順調に事は進んでいった。その時に女性はこのエレベーターに乗り込んだのだ。
 冗談半分で実践していた少年は、女性が乗ってきたことで表情は強張り、それまで軽快にボタンを押していた指が止まった。
 1階を押せば、なぜか上へ動くエレベーター。やめるタイミングはこれが最後。
 少年は耐えきれなくなったのだろう。叩くように1階を押し、少年は走ってエレベーターを後にした。一度も振り返ることはなかった。
 女性は呆然とその背中を見送った。え? 放置? 放置なの??
 こうして女性はエレベーターに取り残され、都市伝説を実践してくれる人間を待っていた。5階で繋がる、元の世界に帰ることを夢見て。

 女性は深くため息を吐く。
 あれからもう何年経っているのか。
 今に至るまで挑戦者が現れることは一度もなく、都市伝説を知っている人がいるかも怪しい程であった。
 自分の姿が見える人もいなかった。存在を主張するためにボタンを勝手に押してみたりもしたが、不気味がられるだけで終わってしまう。
 そこで現れたのが、あの青年だった。
 目が合ったとき、それはもう出るはずのない涙が溢れそうだった。漸く、漸く帰れるのだと。
 挑戦者はもう諦めている。やり方は教えるから、あの5階へ繋げてほしい。


「あの───」
「すみません、5階でお願いします」
「アッハイ」
「ありがとうございます!」


 駄目だった。とても良い笑顔で言われてしまえば、素直に5階に案内するしかなかった。
 違う、そうじゃない。5階は5階でもそこじゃないんだ。
 青年を降ろした後、女性は「次こそは」と意気込んだ。しかし、結局切り出すことができずに青年を5階へ誘うだけの存在になっていたのだった。

 逡巡しているとあっと言う間に5階に到着した。何時間にも感じた昇降時間だったが、実際は10分もかかっていないのだろう。
 エレベーターを降りていく青年を見つめながら、次こそは必ず言うのだと決意を新たにする。
 すると、青年がくるりと女性の方へ振り向いた。
 睨みつけるように青年の背中を見ていた女性は、思わず肩をビクつかせた。予想外の青年の行動に動揺を隠せない。
 そんな女性に気づいているのかいないのか、青年はふわりと微笑んだ。


「いつもありがとうございます、お姉さん。またよろしくお願いします」


 軽く会釈をして、今度こそ去っていく背中。
 女性は呆然とそれを見送る。


「…………………………え」


 思考停止。理解不能。容量不足。処理が追いつかない頭で、女性は一つだけ確信していた。
 また暫くは帰れそうにない。