美しい人

うちはイタチを構成するものは、全てが美しく整っていた。濡れたような黒髪も、繊細な指先も。何もかもが完璧なバランスを保ち、何物にも侵されずに真っ直ぐに立ち続ける、揺ぎ無い美しさに包まれていた。その中でも、特に綺麗なのは目蓋だろう。なだらかな曲線を描き、艶やかな睫毛に縁取られた薄い皮膚。

「わたしね、貴方の目蓋が好き」

細い指で髪を弄んでいるイタチが首を傾げる。口元には困ったような笑みが浮かんでいた。

「どうしたんだ、急に」
「何でもないの。ねえ、目を閉じて」

イタチは優しい。わたしの何気ない我侭も、いつも何も言わずに素直に許してくれる。
薬指で眼球をなぞるように撫でると、くすぐったそうに眉根を寄せた。そっと唇と寄せると、微かに怯えるように薄い目蓋が痙攣する。弱いよわい皮膚なのだ。しなやかに強い彼の、隠された脆い一面を垣間見た気がした。

「物好きなやつだな、なまえは」
「イタチを選んだ時点で、今更じゃない」

くすくすと笑って答えると、仕返しとばかりに唇に噛み付かれた。甘噛みだから当然痛くはないが、少しくすぐったい。深い眠りに落ちる前のイタチは、時々こんなイタズラをしてくる。一緒に居るようになって気がついたが、本当の彼は甘えたがりなのだ。
痛々しいほど白い首に腕を回し、その胸板に頭を預ける。そっと耳を澄ませると、囁くように刻む鼓動が聞こえた。

「イタチは、生まれ変わったら何になりたい?」
「可笑しな事を聞く。どうかしたのか?」
「何となく」

覗き込む瞳を避けて、目を閉じる。さっきよりも心臓の音が近くなった気がした。

「生まれ変わっても、やっぱりサスケ君のお兄さんになりたい?」
「そうだな……」

続く言葉はすぐには出てこないようだった。形の良い唇に隠された舌の上で、出すべき答えを温めているかのようだ。透き通った双眸は、きっとどこか遠くを見つめている。
息を潜めていたわたしに、イタチが口付けを落とす。思わず呼吸を止めた。額にひんやりとした唇の感触が伝わった。

「何もかも捨てて、なまえと生きてみたい。そう思うよ」
「本当?」
「嗚呼、本当だ」

イタチは聡い人だから、わかってしまっていたのだろう。優しいから、何も告げずともそう言ってしまうのだろうか。
何故だか無性に泣きたくなった。涙のように生暖かい叫びが、喉の辺りまで競り上がって息苦しい。嗚咽のような吐息が零れそうになる。唇を噛み締めて、もう一度目を閉じた。

「わたしも、イタチと同じかな」
「そうか」

ありがとう、呟くような声が聞こえ、暫くすると規則正しい寝息が聞こえた。イタチの心臓は、今も弱々しく鼓動を刻み続けている。溜め息が零れた。完璧な曲線を描いて閉じられているまぶたは、そっと息を吹きかけると消えてしまいそうなほど頼りなかった。

「今度は、ずっと一緒にいたいなあ」

生まれ変われるなら、貴方の眼球になりたい。そして、美しいものだけをその弱い網膜に描いて、薄い目蓋に抱かれていつまでも傍にいたいの。


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