真綿の帳

芽吹いたばかりの若葉の息吹を丸めて珠にしたのなら、こんな具合になるのだろうか。
掌の上で緑の繭をころころと転がしながら、私は埒も無い事を考える。とはいえ、言えば笑われそうだったので胸の底で思うだけだ。
障子の外の緑へと視線を転じた。季節は初夏の頃、木々は青々と茂り滴るような深緑へと移り変わる青葉である。瑞々しく、目まで染まりゆくような常磐の色。その色合いは柔らかな新芽と言うより、初々しくも溌剌と活発といった方が似つかわしい。
新緑と称するには、最早少し時期が過ぎてしまった。ならば、これはあの時期の名残ともいえる色なのか。

「そんなに気に入ったのか」

子どもを宥めるような声でマダラが言う。まさに真新しい玩具を与えられた子どものようだっただろう。確かに珍しいものとはいえ、余りに大人げない。流石に恥ずかしくなってしまい、私はそっと持ち主の掌へと戻した。

「綺麗だから、つい」
「気に入ったならお前にやる」
「いい、珍しい物でしょ」
「珍しいと言ったところで、ただの繭だろ。これだけじゃ何も織れやしねえ」

マダラが持ってきたのは天蚕と呼ばれるヤママユガの繭である。養蚕で採れる真白の繭と違い、眩しいまでに鮮やかな萌黄色をした、それだけで惚れ惚れする程に美しい代物だ。
蚕には少しだけ馴染みがある。忍稼業である我々一族が養蚕を行う事はほぼないが、年中行事の一つとして儀礼的に糸紡ぎが続けられているからだった。その年採れた少量の絹糸でもって織り上げた布を氏神に奉納し、女の裁縫の上達を願うだとか何だとか。兎角そういった呪い事のような胡乱な風習が好きな一族なのである、現にマダラなどはその筆頭だろう。悪習だとは流石に言わないが、何の意味があるのだろう、と私やイズナなどは鼻白んでいるのが正直なところだった。が、これほど美しいのならばそのままにしておくには余りに惜しい。

「糸、紡がないの。折角綺麗なのに」
「やりたいならお前がやればいい、ほら」

そう言ってマダラがぞんざいに放り投げるものだから、私は思わず慌てて受け止める。危なかった。全く乱暴である。溜息のような安堵の息を吐き、ぽとり、と掌に落ちた新緑の雫をまた眺めた。
――そういえば、いくら美しいとはいえこれは蛹である。羽化はしないのだろうか。思い至れば少しばかり不安である。虫は余り好きではないのだ。
何か言いたげな顔を汲み取ったのか、マダラが肩を竦める。実は待ってたんだけどな、とそのまま続けた。

「中で死んだみたいだな。所詮は生き物だ、そういうこともあるんだろ」
「蚕って弱いんだっけ。これもそうなの」
「種としてそうなのかもしれねえが、曲がりなりにも野生だろ。飼われてるやつより丈夫だと思ってたんだが」

マダラがどこか物憂げに目を伏せる。彫の深い目元に淡い影が落ちていた。なにか思うところあるらしい。

「まだ餓鬼の頃に、桶から一匹盗んできたことがあっただろう」
「ああ! そういえば、そんな事もあったね」
「どうなったか覚えてるか?」
「えっと、……どうだっただろう」

悪童だったイズナならばいざ知らず、余り悪戯などをしないマダラがと思えば意外ではあったので覚えてはいたが、おしら様とも呼ばれる大切な蚕をみだりに持ち出したりなどすれば大層叱られただろう。巻き込まれるのが嫌だったのと、矢張り虫が苦手だったため。私は積極的に関わろうとしなかった記憶がある。そのため、事の顛末は知らなかった。

「育てようとしたんだ、生きたまま茹でられるのが可哀想だとか思ってな。今思えば馬鹿な話だ」
「それで?」
「羽化はした。ふわふわした雪みてえでな、あれは可愛かったな。だが、蚕の成虫は口も無ければ飛べもしないだろ。外に逃がしてやろうとしたが逃げねえんだ。葉っぱに止まらせても落っこちちまう。で、結局そのまま箱の中で死んだよ」

子供の頃の話を思うままに話すマダラは、なんだかいつもより幼く無防備に見えた。初夏の燦燦と降り注ぐ白い日差しの中にいれば、陽炎のように揺らいでしまいそうでもある。儚いと言ってもいい。繋ぎ止めるように、私は無意識の内に手を握っていた。

「大人達に聞いても叱られるだろうから聞けなくて随分悩んだな。何が悪かったのか、とかな」
「そういえば、なんだか落ち込んでたっけ」
「まあな。大分引きずった」

マダラが苦笑する。繊細な彼らしい。

「羽化して自分が無力な事を知り絶望するのが幸せなのか、何も知らずに茹でられて神への供物となる方が幸せなのか」
「……マダラはどっちだと思うの?」
「さあな、いくら考えたところで分からねえよ」

養蚕を一口に残酷と言っていいのかは判断しかねるが、蚕というのは人の独善を煮詰めたようなものだとは思ってしまう。だが、それはある側面では進化の過程ではあるだろう。彼らは安住の棲み処と安寧の一生を得るために口や羽を犠牲にした。そうある限りは人に守られ、種を繋いでいくことが出来るから。
そうあることでしか生きられない生涯がある。それを一括りに不幸せだと決めつけるのは確かに横暴であるようにも思う。幸せの充実など当事者以外の余人には計り知れない。ただ繭の中で死んでいくだけが苦しみも知らずにいいのかもしれない。だが、矢張り一等悲しく思うのも勝手な人間の性である。

「ただ、そうやってしか生きられないなら仕方ねえ。それなら、せいぜい足掻くしかないだろ」
「そうだね。……ねえ、明日の出立も早いんでしょ、こんなところでダラダラしていていいの? 頭領様」
「だからだ、相変わらず野暮な奴だな」

呆れたように笑い、膝に頭を預けたマダラは静かに目を閉じる。薄い目蓋に手を重ね、寒の戻りで冷えた肌を、そしてその下で弱弱しく疼く眼球さえあたためるように覆ってしまう。優しい彼には生き辛い世間だろう。いっそ、すっぽりと覆い尽くす繭玉へと隠してしまいたい。苦しみを知ってしまうくらいなら、何も知らずに真綿の中で守られていてほしいのだ。
呆れるほどに横暴で、傲慢な願いだろう。手前勝手な私欲に満ち溢れている。時節や彼の立場を思うなら、不遜とも思える祈りだとは分かっていた。
だがせめて、今だけは。何もかも忘れて安らかであってほしい。
何の慰めにもならないとは知りながら、私はただ守るようにその頭を抱き締めていた。


(2021/04/20)


back