Campanula/sec


 買い物が終わり、2人がスーパーを出たのは11時を少し過ぎた頃だった。卵の安売りは激戦であったが、何とか2パックをゲットし乙樹はホクホクな気持ちであったが、梨花は少し疲れてしまったようで、乙樹は少しだけ申し訳なく思った。

「……あの、瀬尾様。今日はありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ付き合わせてすみません」
「いえ、そうではなく……瀬尾様は私がスーパーで困ってたのを見て、助けてくれたのではありませんか?」
「嫌だなぁ、梨花さん。それは少し俺を買い被りすぎですよ」
「そんなことはありません、瀬尾様。お礼を……」

 そんなに露骨だったかなと乙樹は苦く笑う。まぁ、何はともあれ、乙樹にとっては終わってしまったことなのだからどうでもいいことなのだが。仕方ないと思って、鞄に入っていた物を梨花の目の前に差し出した。

「なら、梨花さん。これ受け取って下さい」
「え」
「渡すかどうか迷ってたので包装してなくてあれですが、誕生日はもう過ぎたと思いますけどプレゼントです。どうしてもお礼をというのならそうですね……それ、携帯にでも着けて下さい」

 梨花の手に置かれたのは、可愛らしくデフォルメされた白い猫のストラップだった。梨花はそれに一瞬目を釘付けにされたが、すぐにそれから目を外した。

「……私の誕生日、実は来月なんです。だからこれは受け取れません」

 え。と乙樹は一瞬息を止めてしまった。まさか陽葵は誕生日を間違ったのだろうか。いや、でも陽葵のプレゼントは梨花の髪にしっかりと存在を証明している。

「……陽葵様が私の誕生日を間違えていた理由はよく分かりませんが、お父様と仰っていたので多分あのお方が陽葵様をからかったのだと思います。瀬尾様、このことは陽葵様には御内密に願います」

 なるほど。確かに陽葵の父親はそういうところがあるという話を聞いたことがある。喰えない人だ、と。陽葵が感謝したいという気持ちを父親は汲み取ったのだろう。誕生日という理由があれば、感謝しやすいだろうと。実際には誕生日ではないので、なんの障害物もなく感謝の気持ちが直接伝わる。そうして伝わった感謝が梨花にはとても嬉しかった。だからこそ、真実を隠してでも陽葵の気持ちを受け取りたい、それが梨花の気持ちで想いだった。

「なら尚更、それ受け取って下さい。陽葵に言わないっていう証拠にでも取っておいて下さい」
「いえ、それは」
「梨花さんは誕生日プレゼントとして貰ったストラップを、大切にしようと使用してるだけですから、それを着けても大丈夫ですよ」
「……え」
「梨花さん、本当は可愛いもの好きでしょう? 俺を理由にしていいですから、着けていいですよ」

 梨花は少し顔を赤らめる。まさか気づかれていたとは思っていなかった。乙樹はその顔を見て、それを渡したことが間違いでなかったのだと笑う。確信に近いものはあったが、確信ではなかったから。

「瀬尾様。その、ありがとう、ございます」
「……なんのことか分かりません。ほら、梨花さん。そろそろお昼ですし、帰りましょう」

 オムライス作らないと姉さんに俺怒られますしねと乙樹は笑う。梨花はその姿を見ながら、手に持ったストラップを大切そうに握り締めた。

***



「おかえり、乙樹。ちょっと遅かったけどなんかあった?」
「いいや、何も。ところで姉さん、仕事は?」

 マンションのとある一室の扉を開けて、中から鍵を閉める。まるで出待ちをしていたかのように姿を見せた和佐に乙樹が問えば、「お姉ちゃんはお腹が空きました」と堂々と言ってくる。つまり、仕事は進んでいないという宣言であった。

「そうか。お昼はほうれん草のキッシュにしような、姉さん」
「乙樹くんや、嘘はいけないんだよ。嘘つきにはそれはもう辛い辛い罰が待ち受けているんだよ」
「じゃあ、姉さんには罰が来てもおかしくないな。朝にきちんと仕事するって言ったもんな。姉さんは嘘をついたのか、弟はとても悲しい」
「うわぁあああ! 乙樹くん、ごめんなさぁああい!」

 マンションのとある一室は騒がしい声が響き渡る。そこに住む姉弟の今日のお昼の献立が一体なんだったのかは__神のみぞ知る。



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