今日の撮影も終わり事務所に戻ろうと信号待ちをしていた。
周りは仕事終わりのサラリーマンや学校帰りの学生であふれ返っていた。
ふと隣を見ると見たことある人がいた。
以前一緒に仕事をした315プロのアイドル硲さんが隣に立っていた。

「こんにちは硲さん。」

「こんにちは名前くん。」

一度ほどしかあっていなかったが覚えてもらえていたようだ。
硲さんって元教師ということもあってすごくシュッとしてるな。
うちの事務所に欲しい。315Pちゃんはどこで見つけてきたんだろう…いろいろと考えていると硲さんが声をかけてきた。

「そういえば、この前のイベントの演出素敵だった。」

「あ、はい。ありがとうございます。いらっしゃってたんですね。声をかけてくださったら関係者席ご用意したしたのに。」

「いや、お金を払って見ないと失礼になる。レーゾンデートルからは学ぶことがたくさんある。」

「ありがとうございます。」

自分のプロデュースしているアイドルが褒められると照れてしまう。
自分が頑張ってよかったと思える。

それに硲さんのいる315プロも無名から一気に人気アイドルプロダクションになってすごいのに全然鼻にかけてないところが好感をもてる。
うちのアイドルにも見習ってほしいものだ。
硲さんの爪の垢を煎じて飲めっと今度言ってみよう。

そういえば、硲さん元教師だったと聞く。ってことは授業を教えていたのか…
いやぁ…いいな。硲さんみたいな先生が担任だったら。
思考をいったん止めてふと視線を向けると硲さんが驚いた顔をしていた。
何かあったのだろうか…。
もしかして…いまの言葉、口から出てた?

「今、私なにか喋っていましたか。」

「あぁ。」

「ちなみにどのあたりから口に出してたんでしょうか・・・」

「うちのアイドルに見習ってほしいぐらいからだろうか」

「oh,shit!!」

なんてこった、恥ずかしい。

よくレーゾンデートルのメンバーに、プロデューサー独り言話すの気持ち悪いよ〜と辛辣な言葉を投げかけられていたのに、注意を怠っていた。
硲さんに気持ち悪い奴と認識されただろう。
オワタ。

信号が赤から青に変わり横断歩道を渡りだす。

「すみません。プロデューサ―としていろいろ分析してしまうのが癖で…。」

「いや大丈夫だ。」

「だが、名前君のように努力ができる生徒を持てたら誇りだっただろうな。」

「は…。」

いま、人気アイドルS.E.Mの硲道夫さんに褒められた。
絶対気持ち悪いと思われる場面であったのに褒められた。
もしかして幻聴するレベルでヤバいやつになったのだろうか…いやそうではないと信じたい。

「君は何事にも屈せず常にアイドルの為に奔走している。そういうところは素晴らしいことだと私は思う。ただ自分のことをもう少し大事にしたほうがいい。」
「あ、ありがとうございます。そして善処します。」

やっぱり聞き間違いではなかった。

ファンに自慢したいくらいうれしい、卒倒するレベルですよ。

そんなことを頭の中で考えていたため周りに注意がいかず、人と肩がぶつかってしまいバランスをうまく取れず体が傾いた。

「大丈夫か」

「あ、はい。ありがとうございます。」

硲さんが腰を引き寄せたことによって転ぶことは回避したが、すごく距離が近い。
よりによって腰に手が回っている。
これを見られたらファンに殺される。
きっと冷静な顔をしているが私は内心大慌てであった。

横断歩道を渡りきったところでそっと離された。

「私はこっちに用事があるのでお別れですね…すみません。危ないところありがとうございました。」

「いや、当たり前のことをしただけだ。気を付けて歩くように」

それではと別れようと会釈をしようとすると突然、硲さんが頬に手を伸ばしてきて親指で目の下をなぞった。

あまりにも突然のことで私は動けなくなる。

「隈ができている。アイドルのこと中心に考えるのは君の美点だが自分のことも労わるように。」

それではまたといって硲さんは去って行った。

硲さんってあんなキャラだったのか…イメージと違うからドキッとしてしまった。
これがギャップ萌えってやつか…。

そんなことよりファンに見られてたら死刑確定ですよ!…今日から後ろに気を付けて歩かないと。

そう思う反面、心配してくれたことに嬉く感じた撮影終わりの午後。