「こんにちは...」
遠慮がちに開かれた店の扉から見慣れた顔がでてきた。
「名前さんじゃないですか」
彼女−名前は光言宗の僧。そして私の契約僧、壬生貞比呂の同期だ。
「やだな、アキラちゃん。私のことは呼び捨てでいいのに....」
「ごめんね、つい癖で...。貞比呂、今出掛けてるの。すぐ帰って来るはずだから待ってて。」
名前は静かに首を横に振った。
「でも、コーヒー貰おうかな。」
「分かった。」
名前は寂しそうな笑顔を作って、私に言った。
名前、どうして寂しそうな顔をするの?
「はい、どうぞ」
私はカウンター越しに、名前いるテーブルへ置く。
「ありがとう」
そう笑った名前にかつての明るさは無かった。
「名前...左腕大丈夫なの?」
「うーん。」
考えこむ名前の服の左腕には有るはずの膨らみ、形が無く薄っぺらさを感じる。
数日前、名前と私と貞比呂で町へ出掛けた時、不意に屍に襲撃された。私は気がつけ無くて、貞比呂が背後から襲われそうになった。その時、名前がいち早く気がついて貞比呂を庇い、左腕を失った。
「大丈夫...って言ったら嘘かな。あるのが当たり前な物が無くなったもんね。そうだよね。」
彼女は自分に言い聞かすように言った。
「私が弱かったからこうなったんだしね。」
「そんなことない。名前は貞比呂を守ってくれたし、悪いのは私だよ。私が屍の気配に気がつかなかったから...だから」
事実、名前は悪くない。なのにどうして自分を責めるの?
「アキラちゃん優しいのね。...ごめんね。さて、暗い話は終わり!」
彼女は立ち上がり、いつの間にか飲み終っていたコップをキッチンまで持ってきて洗いはじめた。私が洗うよと言ったが、嫌な思いさせたお詫びと返された。
「何か話そっか。アキラちゃん、何か聞きたいことある?」
「名前はさ、なんで貞比呂に気持ちを伝えないの?」
彼女はバッとこちらに振り向く。顔は真っ赤だ。
「ど、どうしてそうなるの!?」
「バレバレよ。景世も知ってる。そんで、ガッカリしてた。」
ははは、と彼女は笑う
で、どうしてと再び聞いてみた。
「今の関係が崩れるのが嫌だからかな。」
「ありきたりな返答。そんなこと心配するような人だった?」
「それどういう意味かしら」
と名前はわざとらしく怒った顔をする。
その顔を見て思わず私は笑った。
つられて名前も笑い出した。
ほらちゃんと笑えるじゃない。
「本当はね。貞比呂に会わす顔が無いなと思ったの。」
名前は無い左腕を掴む。
「実はさ、医者が『応急処置が無かったら死んでいたかも』って言ったの。それを聞いた時、あぁ貞比呂に助けられたんだって思った。私さ、その時気がついたの。何時も貞比呂に護られてて助けられて....私はそれに甘えていた。私は貞比呂の足手まといになってたんだって。
私は何一つ貞比呂を助けてあげられて無いなって.....。」
「そんなことないよ。」
「え?」
「名前はさ。考えすぎだよ。貞比呂が笑って過ごせてるのも名前のおかげなのよ。気づいて無いかもしれないけど、名前のそばにいる貞比呂、いつも幸せそうな顔してる。だからさもっと頼りなよ。貞比呂に言えないなら、私がいるし...景世達もいる。」
「頼る?」
「全部一人で抱え込むのもうやめよう。」
名前はヘタリと座り込んで泣きはじめた。
私は優しく背中をさすった。
「ごめんね。見苦しいもの見せて....。」
数分後、彼女は泣き腫らした顔で私に謝った。
「いいの、いいの。名前、楽になった?」
名前は静かに頷いた。
「名前の役に立ててよかった。」
「それじゃあ、そろそろ行くね。ありがとね、アキラちゃん」
そう言って出て行った彼女の笑顔はかつての明るさを少し取り戻していた。
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「はぁ、帰ったよ。」
私がため息をつきそう言うと、カウンターの奥から貞比呂と景世が出てきた。
「いやぁ、ヒヤヒヤしたわぁ」
「ふぅ.....」
「全くいい大人がなにやってるんだか。」
私はギロリと二人を睨む。
全くこの二人は・・・。
「俺は別に関係ないぞ」と景世は口を尖らせて、貞比呂を見る。
名前が来る数分前....
二人は、カウンターの奥で話していた。その時彼女が来て、貞比呂は、景世を掴み慌てて隠れた。
そしてそこで終始話を聞いていた。
と言うより、聞いてしまったと言うわけだ。
「しっかし、良いなお前は...。俺が名前ちゃんにアピールしたって相手にしてくれないのになぁ。一体どんな手を使ったんだか...。」
「確かに、盗み聞きする無神経な奴なのにどうして名前は好意を抱いたのか....。」
私は哀れな目で見た。こんなへタレのどこがいいんだか。このへタレに名前はもったいない。
「なっ、別に盗み聞きするつもりは無かった。ただ合わせる顔が無いと思って....」と言いかけたが景世にデコピンをされ、遮られた。
「お前も心配しすぎだ。もっと素直になれば良いんじゃないか?」
「っ....!!」
全くそのとおりよ。いままで隠れて名前の話の何を聞いていたんだか・・・。
景世は貞比呂の背中をポンと叩いた。
「あぁ、いいな。思われてて。再びアタックしてみようかな?」
そう言った景世に俺は笑って言ってやった。
「お前には絶対やらねぇ。」
本当に貞比呂も名前も不器用なんだから。
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2010.06.19
(2012.3.12 修正)
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