薄明

 よるがあけるね。
 彼女は白線のうえを歩きながらささやいた。東の空はもうずいぶんと明るい。群青の絵の具をひとしずく水に落としたような、青より青いあお。夜とも朝とも言えない、この僅かな時間だけに許された色だ。あおは迅くんの色だね。美術の時間、彼女はそう言っていた。
「迅くんは」
「うん」
「……どうして、迎えにきてくれたの?」
「自分で呼んどいて言う?」
「言っちゃった」
「言っちゃったか〜」
「へへへ」
「ちゃんと歩いてよ」
「うん、」
 顔をあわせるのは卒業式以来だった。ずっとおなじ街に住んでいるのに。かつての同級生は迅を振り返ることなく白線を辿る。ふらふらとした歩みにあわせてロングコートの裾がひらりとゆれた。ちいさな子どもみたいだ。無邪気なままにこころをかき乱すところなんか特に。
 この酔っ払いめ。こくりと言葉を飲み込めば、凍てついた夜の名残りが肺を刺す。
「……初恋だから」
 白く烟る吐息にさえまぎれる幽かな声だ。だれに聴かせるつもりもない、数年かけて丁寧に潰したもの。でも、迅が迎えに来なければ彼女はサークルの先輩とやらにふらふら着いていくから。遠ざかってあげた迅におめおめと選択肢を与えるから。――諦めたかったのに。
「わたしもだよ」
 ちかり、とひかりが瞬く。あおを掠めた未来、くちびるからこぼれた音は意味を成さない。
 よるがあけたね。花の蕾が緩むようにささめく声が、迅から夜を攫った。