平行線もいつかは交わるらしい。けれどそれは、わたしたちの認識の前提を覆すような世界での話で、つまりわたしにとっては、少しもたがわず"ありえない"ことだ。この世は"ありえない"ことばかりで、死者が甦るのはありえず、物が空に落ちることはありえず、彼がわたしを好きになることもありえない。
彼が好きなのはわたしではない。
その"あたりまえ"を呑み込むのには、ずいぶんと時間がかかった。彼が好きなのはわたしではない。呑み込むたびにずくずくと痛むけれど、今ではすっかり慣れたものだ。
たとえばわたしが傘を忘れたとき。彼はわたしに傘を譲って、自分はあの子の傘に入れてもらう。
悪態をつきながら、「だって家の方向いっしょだろ」とか。その顔がこのうえなくうれしそうなのを、それに泣いてしまうのを、彼の傘が隠してくれて、あぁやさしいな、なんて。思ったりもして。どうしてわたしの家は、彼とおんなじ方向にないんだろうって、そんな言葉を呑み込んで、反対方向の家に帰る。
「きみってほんとう、ばかだよね」
埃っぽい社会資料室。地球儀を弾いて回しながら、幼馴染の男は言った。もう滅多に喋らなくなったのに、向こうから声をかけてくるのはひどく珍しいことだった。「うん、そうだよ」わたしが答えると、幼馴染は鼻白んだ。「なんだよ」不機嫌そうな声が言う。
「きみ、男の趣味、悪いな」
――反射的にそう返していた。彼女はぎゅっと眉を寄せて、僕を睨む。「悪くいわないでよ」刺々しい言葉が突き刺さる。僕はただ地球儀をくるくると弾きながら、でも、と心のなかで呟いた。でも、あいつ、きみが自分を好きってこと、知ってるんだ。知ってて、きみを傷つける。
「……仕方ないでしょ」
彼女がそっぽを向きながら小さな声で呟いた。
「好きなんだもの。べつに、好きになって、もらわなくても」
あぁ、そうか。きみのなかでは、ほんとうに全くもっていけ好かないことだけれど、きっとそれを幸せって呼ぶんだね。