かの天祥院英智に言わせてみれば、「冒険欲というのは人間の本能だよ。誰だって探求の芽を踏み潰され、それを慈悲もなく根っこごと抜かれてしまったら、花が咲く前に滅び落ちてしまうだろう」などと小難しい言葉でのたまうのだろうか。何が冒険欲だ。そんなのくそくらえだ。彼のそんなもののせいで、私とKnightsのみんなは、レッスンもプロデュースも休んでこうして電車に乗り込むハメになったというのに。

「ねえ、まだ着かないの……?ただでさえめんどいのにさあ。せめて連れ出すなら夜中にしてくれる……?」

ずっと私の肩に遠慮もなく頭を乗せて寝ていたくせに、起きた途端これだ。むしろ文句を言いたいのはこっちだというのに。だるそうにあくびをする凛月の頭を振り落としてやろうかと思ったが、元凶を辿れば彼を責めるのもお門違いだ。

「まあでもホント、こればっかりは凛月ちゃんに同意よねえ。なんでアタシたちがわざわざ王さまを迎えに行かなきゃならないのよ」

珍しく嵐ちゃんが不満そうにため息をつく。しかし本当にその通りなのだ。私と、泉と、凛月と、嵐ちゃんと、司。どうして五人で横並びに電車の座席に座っているのか。すべてはレッスン室に置いてあった一枚の手紙から始まった。

『うっちゅー☆愛するおれのKnightsとなまえ! これ見たらすぐに港に来てくれ! ええとなんだっけ? おまえらが前やった夏のライブ? Trickstarとやったって言ってたライブの辺りの場所! おれもいつもみたいにそこから動かないように努力はするからさ! じゃあよろしくな!』

鞄の中から取り出してその手紙を改めてもう一度読むと、なんだか彼の高笑いが聞こえてくるようで頭が痛くなった。差出人こそ書いてないが、こんなことを手紙で寄越す人物なんて一人しかいない。どうして彼がわざわざこんな手紙を寄越したか、そんなこといくら考えてもキリがないことなんか初めからわかっている。

「まあ、自分勝手な王さまがいつもみたいに勝手にいなくならないで、手紙書いただけマシだけどねえ」

私が持つ手紙をちらりと横見して、あからさまにイラついた泉が言う。マシとか、そんな口調で言われても全く説得力がないし、現時点でそこそこ遠出の旅になってしまっているんだから私には痛手でしかない。何がって主に財布が。
 もう夢ノ咲を出てしばらく経った。コートを羽織らないと外に出られないこの季節だ。電車の窓から見える太陽は今すぐにでも沈んで見えなくなりそうだった。オレンジ色の光が差し込むこの電車の車両には、私たち以外の乗客はほとんどいない。それもそうだ、平日のこんな時間に海へ向かう方面の電車に乗る珍客なんて私たちくらいだろう。

「これが電車の車窓から見える夕日というものなのですね!MovieやPictureで見るよりも美しいです!」
「かさくんは呑気でいいよねえ」
「なっ……違います! 私だってLeaderには呆れているのですよ! 大切なLessonの時間を潰してまでこんなところに……」

先ほどまであまり乗ったことのない電車というものに、きらきらと目を輝かせていた司が並べる、説得力のない言い訳で荒んだ心が少しだけ癒される。別に金銭面の問題さえなければ、私も彼の指定した場所に行くことは構わないんだけどね。
 再び肩に重みがかかる。日も落ちるというのに凛月が再び眠りについたらしい。がたんごとんと規則正しい電車の揺れが次第に心地よくなってくる。つられてか、次第にまぶたが重くなる。目的地まで一本だし、まだかかるし、少しくらい……。そう思った頃には、もう既に視界が暗くなっていた。



「ちょっとなまえ、もう着くから起きなよ〜?」

 遠くの方からぼんやりと聞こえた泉の声。やっぱり私は寝てしまっていたらしい。ゆさゆさと揺さぶられて薄目を開けると、飛び込んできたのはがらんとした車内ではなく、綺麗な銀色の髪の毛だった。

「……うあっごめん泉!」
「別にいいけどさあ。あんたの肩で未だに寝てるくまくんも起こしてくれる?」

どうやら私は右隣の泉の肩に頭を預けてしまっていたらしい。左隣にいる凛月は相変わらずだから、泉に二人分の重みがいっていたはずだ。本当にごめん泉貴重なモデルの肩で寝させてくれてありがとう。

「おーい凛月ーもう着くってさー」
「うるさいなあ、起きてるよ」
「えっ起きてるならなんで」
「こうしてればセッちゃんに二重の重みがいくかなあって……」
「は? なにそれチョーうざいんだけど」

さすが凛月、というような行動に思わず苦笑いが浮かぶ。しかし気がつけばすっかり辺りは暗くなっていたらしい。外の暗さに反してやけに明るく感じる車内で、まもなく着く目的地の名前をアナウンスが告げた。

「……で、Leaderはどこですか」

 暗闇に広がるのは、人っ子一人いない砂浜と、どこまでも続く海。ただそれだけ。冬の海というのは恐ろしいくらい静かで、小さな波の音だけが僅かに聞こえる。指定されたこの場所に、当の手紙の差出人はどこにもいなかった。

「あのバカ……」
「確かに努力はするって書いてあっただけで、移動しないとは書かれていなかったものねェ」
「そもそも王さまのことだから、自分でも知らない間に場所移動してるでしょ」

はあ、と多方面からため息が聞こえる。しかしそれがそこまで重たく聞こえないのは、私も含めみんななんとなく予想していたことだからだろう。誰も彼がこんなあっさり見つかるだなんて思っていない。

「とにかくさっさと王さま見つけて帰るよぉ。そんな遠くまでは行ってないだろうし、五人で探せば見つけられるでしょ」

泉のその言葉に、夜になって元気な凛月以外全員だるそうに動き始める。最近は凛月も昼夜逆転を改善しようとの心掛けているらしいが、やはりそんな簡単には直らない……いや、今はそんなことはどうでもいい。とにかく彼を見つけないと、私たちは帰れないのだ。
 冬の海はめちゃくちゃ寒い。しかもそれが夜ときた。今夜は満月。風情があるといってしまえばそれまでだが、この強烈な寒さの前では風情も何もなかった。冷えた空気がつんと鼻に通り、紛らわすかのように大きく息を吐いた。本当に彼はこの近くにいるのだろうか。
 そう思ったときだ。ふと、見慣れないものが視界に映った。あれはなんだろう。少し離れた海の上に、ぼんやりと何かが浮かんでいるように見える。あれは……コテージ? テレビかなにかで見たことがあるかもしれない。ここからだとよく見えないが、砂浜から桟橋のようなものが続いているように見える。何か理由があるわけでもない。けれど私の足は、自然とそこに向かっていった。

 近くまで来てみると、そこは確かにぽつんと浮かんだ水上コテージだった。……いや、正確に言えば「コテージだったもの」だ。元々家のような形ではなく、簡単な屋根と椅子のある海の上の休憩所、という感じだったのだろうけれど、きっと今は使われていないのだろう。屋根は一部しか残っておらず、渡るための桟橋もぼろぼろだった。
 しかし、そんな崩れてもおかしくない場所に、彼は立っていた。

「レオ」

 コテージにたどり着いてその名前を呼ぶと、彼は待っていたとでもいうようにぱっと瞳を輝かせた。

「おおなまえ! 待ってたぞ〜!」
「待ってたじゃないでしょこんなところに呼び出しといて。しかも砂浜にいないし」
「ココも大してかわらないだろ〜? それよりセナたちはどうした?」
「あっやば、何も言わずに来ちゃっ……」
「大丈夫。もう来てるよ」

聞こえた声に振り返ると、そこにはいつの間に来たのだろう、凛月を筆頭として、四人が呆れたように立っていた。

「たく、一人で勝手に離れたところまで行かないでよねえ!」
「心配しましたよお姉さま」
「凛月ちゃんが橋を渡るなまえちゃんを遠くから見つけてくれたのよ」
「吸血鬼は夜目が聞くからねぇ」

口々に言う言葉に小さくごめんと謝る。別にそんなに心配しなくていいのに、とも思うけれど、そんなこと言ったらまた色々うるさいだろうから黙っておいた。

「おいおいおまえら、おれの心配はしてくれないのか*?」
「王さまの心配なんてするだけ無駄じゃない」
「元凶はLeaderですしね」
「わはは! 厳しいな!」

 それにしても。レオが無心に作曲をしていないなんて意外でしかなかった。彼のことだ、見つけても作曲中で、話しかければ話しかけるなだとか霊感がだとか面倒臭いだろうと思っていたのに。それに、結局彼はどうして私たちをこんなところに呼び出したのか。そう思ったのは、もちろん私だけではないようで。そんな思いを知ってか知らずか、レオは珍しく落ち着いた声色で話し始めた。

「でも、ちゃんとおまえらが来てくれて良かったよ。夜の海におれのKnightsが揃えば、絶対いいメロディが浮かび上がると思ったんだ。けど偶然、海よりも断然似合う場所を見つけた」
「なにそれ、どういう意味」
「考えろ、なんていう程じゃない。そのまんまだよ! 屋根も、城壁も、どんなに周りがぼろぼろになっても、中心に据え置かれた大切なものは」

そう言って、彼はコテージの中心に配置された木の椅子の上にぴょん、と軽々しく飛び乗った。

「ちゃんと、守り抜いてるだろ!」

それが、おれのKnightsだ! そう得意げに笑った彼を、誰も責めることなんてできなかった。以前、裸の王さまと自分を卑下した彼も、騎士達の忠義と信念で本当の王さまになれた。
 こんなに振り回されたのに、悪い気はしてないのはきっとみんなも同じなのだろう。なんだか私まで笑みが零れてくる。……しかし、ひとつだけ疑問がある。

「ねえレオ。どうしてKnightsのみんなだけじゃなくて、私まで呼び出したの?」
「おれに答えを求めるななまえ! すぐに答えにたどり着いてしまうなんて勿体ない! 考えろ! 妄想しろーっ!」

尋ねた瞬間に先程までの穏やかな声色はどうしたのか、いつも通りのテンションになってしまって、少し聞いたことを後悔しそうになった。考えろと言われても、そんなのいくら考えてもわかるはずがない。ええ、としばらく唸ってみても、何も出てこない。そのとき、ちょんちょん、と肩を叩かれた。

「凛月?」

すると彼は無言で上を指さす。その方向を見ると、ぼろぼろになった屋根から満月の光が静かに差し込んでいた。

「つきの、ひかり」
「あっヒントやったなリッツ〜? まあいいや。そうだ、今日は満月。おまえは光だよ、なまえ」
「……光?」
「太陽みたいに大きく、眩しくない。けど、ああいう小さな隙間からおれたちを照らし出す」

そうして、レオは綺麗に笑った。言われたことを改めて頭の中でもう一度繰り返してみると、なんだかひどく小っ恥ずかしいことを言われたような気がして、私は気を逸らすように再び視線を上に向けた。差し込む光なんて、決して大きな光源になるほどのものじゃない。けれど、それは確かに私たちのいるこの場所に光を与えている。
 風が吹いた。冬の風は寒くて、冷たくて、温かくて。潤んだ視界では、月の光もみんなの顔も、ぼやけてよく見えなかった。