日曜日の午前中。すれ違う人々は十〜二十代の若年層メインだが、時には親子連れで会ったり、おばあちゃんと孫であったり。まさに様々な年齢層が行き交う中、その手には誰しもが何かしらの紙袋を抱えていた。それは人気ファッションショップのショッパーであったり、アクセサリーブランドの高品質なものであったり、はたまた国民的に愛されるキャラクターショップのものであったり。節操がない、といえば聞こえが悪いが、バリエーション豊かといえばそれまでである。とにかくそんな大型ショッピングモールという場所に、私は珍しくバレエ団のいつもの友人と訪れていた。
「しっかしなまえちゃんが買い物付き合ってほしいなんて言うの珍しいよねえ」
「ああうん、ちょっと洋服欲しくて」
さっそく色んなお店に目移りしている友人の言葉に、私も周りを見ながら無難に返す。
確かに、私は基本的に買い物等一人で行くタイプで、誰か人を誘ったりはあまりしない。むしろ今回が初めてかもしれない。それなのに何で今回彼女を誘ったからって、それはもちろん。
「何? まさかデート?」
「デッ……」
降りかかってきた横文字に、思わず仰々しく反応してしまう。デートじゃないデートじゃない! ふ、ふたりで出かけるだけ。あの後本当に日程を決めて、彼も何と本当にオフを取ったらしい。オフって、取ろうと思って取れるものなのかな。けれどそんなことよりも私にとっては「二人で出かける」という事実が衝撃すぎて、(というか今でも夢じゃないかと疑っているくらいである)あらゆる疑問なんてどうでも良くなってしまっている。
しかしそこまで一気に考えてからハッと我に返っても遅かった。発端の友人を見れば、ぽかんと驚いたような表情で私を見ている。恐らく冗談半分……いや、冗談のつもりで言ったのだろう。だって今まで私には、恋愛のれの字もなかったのだから。
「え、何その反応まさか本当にデートなの!?」
「や、えと、ちが、その、デートじゃなくて」
「聞いてない聞いてない! いつ彼氏出来たの!?」
「かっ彼氏じゃない! 彼氏じゃないから!!」
ずずいと詰め寄ってくる彼女を何とか窘めつつ、私はしどろもどろに事のあらましを説明した。もちろん、相手があの瀬名泉だということは伏せて。話を聞き終えた友人は、にやにやと笑みを浮かべながら言った。
「まさかなまえちゃんから恋愛の話が聞けるとはねえ……」
「やめて本当に……なんか恥ずかしいと同時に居た堪れなくなるから……」
「よし、じゃあ今日はとびっきり可愛い、なまえちゃんに似合う服探すぞー!!」
おー! と一人で意気込み、一人で突っ走っていく友人を見送って、私は小さく苦笑いを浮かべた。恥ずかしい。けど、ファッションセンスのある彼女に選んでもらえるのは心強いし、何よりああやって応援してもらえるようなことを言ってもらって嬉しい。(その分、泉のことを隠すために含めた嘘を申し訳なく思うが)お金はいつもより少し多めにおろしてきた。可愛い服、買えるといいな。
*
数時間後、私と友人の両手には大小様々な紙袋が握られていた。彼女のお陰で可愛く、しかもお財布にも比較的優しい値段で全身コーディネートを揃えることが出来た。彼女もちゃっかり自分の分も買ったり、私も当初の予定にはないものを色々と買ってしまったけれど、心は満足感でいっぱいだ。その分、コーディネートを安めで抑えることが出来た意味がなくなってしまったのだけれど。
一息つこうと、二人でショッピングモールに備え付けられた椅子に座る。荷物が重いのもそうだが、このだだっ広いモール内を何時間も歩き回ったのだ。足をはじめとして、身体全てがくたくただ。気が付けばお昼ご飯の時間なんてとっくに過ぎていて、お腹が空いているということにも二人して今更気づいた。
ご飯どうしようか、レストランがある上の階まで行くのめんどくさいよね、一つ下の階のフードコートにでも行こうか。
そんなことを話していた時、友人が思い出したようにあ、と呟いた。
「そういえば、このモールのすぐ近くに新しいクレープ屋さんが出来たんだって。フードコート行くのと労力そう変わらんと思うしさ、行ってみない?」
「ええ、ご飯じゃないじゃん」
「ご飯じゃないけどさ、でも確か甘くない系のやつもあったはずだよ。てかそんなこと言いつつも、ぶっちゃけ興味あるっしょ?」
「ある。食べたい」
「ハイ決定行こ」
結局、私だって「新しくできたお店」「クレープ」に弱い、ただの女なのである。どうせ行っても甘いクレープを食べるんだろうな、なんて数分後の自分の思想を読みながら、私たちはのろのろと立ち上がった。
クレープのお店というのは本当にモールのすぐ近くで、女の子たちがわらわらと溢れかえっていた。一見小綺麗なカフェ風のお店だが、どうやらイートインはないらしく、お店の前に設置されたいくつかのベンチは既に女の子たちで埋まっている。疲れた身体は正直まだ座りたいと懇願しているが、立ってでもクレープを食べたいという気持ちが勝ってしまった私たちは、迷うことなく購入の列へと並び始めた。
色とりどりで、まるで宝石のように煌びやかに見えるクレープのメニュー表をどれにしようかな、と熱心に眺める。我ながら小さな子どもがおもちゃ売り場にいるときのようだな、と思いながらも、当時もあの頃も、目に映る全てが魅力的に見えたし見えるのだから仕方がない。あっさりと食べるものを決めた友人に対し、購入ギリギリまで悩んだ私は結局、というか予想通りにストロベリーカスタードというなんとも甘いクレープを選んでしまった。
「どうしよ、椅子空いてないし、その辺で立って食べよっか」
「んーそうだねえ……」
店員さんから渡されたクレープは、その綺麗で可愛い見た目が美味しいという事実を物語っていた。正直、今すぐに食べてしまいたい。が、今時の女子(と言っていい年齢なのかはわからないが)らしく、写真を撮ってSNSにあげるなんてこともしたい。様々な葛藤を抱えつつ友人の言葉にぼんやり返事をすれば、彼女は呆れたようにとりあえずあっち行くよ、と歩いて行ってしまった。
そうしてほんの少しだけ離れた、人の邪魔にならないような場所で私たちは立ちつつクレープを食べることになった。身体は疲れているし荷物は重いが、舌の上に乗る甘さが身体中を巡るように癒しを与えてくれる。ああやっぱりクレープ食べに来てよかった。友人よ、連れて来てくれてありがとう。二人で女子らしく色々と話しながらクレープを食べ進めていく。私のも彼女のもアイスが入っているものではないので、ゆっくり食べても全く問題はなかった。
そんなとき、きゃいきゃいという女子特有の黄色い声が上がった。クレープと友人だけを見ていた視線をゆっくりと声の方に向けると、ここからそう離れていないところ、つまり先ほどのクレープのお店の周りに何人もの女の子たちが集まっていた。よく見ると女の子たちの後ろに隠れてテレビカメラや音響マイクなどを持った人たちも見える。どうやらテレビの撮影らしい。
「何だろ、芸能人でも来てるのかな」
「ね、ちょっと見てみない?」
「やだよめんどくさい。私まだ食べてるし」
相変わらずミーハーな友人の言葉に断りを入れれば、彼女はええーと不満そうに口を窄ませた。見に行きたいなら一人で見に行ってくれ。そう言えば彼女は大人しくお店の方へ歩いていく。いつの間にか彼女の手にはクレープは残っていなかった。いつ食べたんだろう、ていうか食べるの早いな、私なんかまだ半分以上残っているのに。
友人がミーハーなのは今に始まったことではない。思えばあのMV撮影の時だって、熱心な『Knights』のファンじゃなかったくせにかなり騒いでいた。さて、見に行った彼女は一体どんな顔をして戻ってくるのだろう。知らない芸能人とかだったらあからさまに落胆して戻ってくると思うのだが。スマホを見つつ、クレープをぱくりと口に入れた時。友人は満面の笑みでこちらに向かって走ってきた。走るほどの距離もないくせに。まあでもその反応を見るに、どうやら芸能人は彼女の知る人のようだった。
「おかえり。誰だっ」
「司くんと泉くん! ヤバイよ、『Knights』の二人がいる!!」
「……マジ?」
泉くん。その名前を聞いて、思わずクレープを落としてしまうところだった。どうやらあの撮影は番組の一節のコーナーで、週替わりに『Knights』のメンバーが一人〜二人ずつ話題のグルメを紹介していくらしい。彼らそんなこともしてるんだ。
「ね、行こ! なまえちゃんも二人見たいでしょ! ていうか泉くん推しなんだし!」
「えっ、や、えーっと……」
「何迷ってんの行くよ!」
「え、あ、ちょ」
私が言葉を濁しているうちに、友人は問答無用で私の背を押してぐいぐいと人の集まる方へ引っ張っていく。確かに、彼女の言う通り私の「推し」が泉であるなら間違いなく人混みが何だろうがその姿を見ようと躍起になっていただろう。しかし生憎そういうわけでもないし、何より私の手には未だに食べ終えていないクレープがある。プロフェッショナルな泉によく言われることだ、「スイーツは脂肪と糖分の塊」「バレリーナなら口に入れるものに気を遣え」……これを食べているのを見られるのは、正直恐ろしすぎる。以前チョコをつまんでいた時でさえも、ねちねちとお小言を言われたものだ。
せめてクレープ食べ終えてからと思ったが、そんな暇も与えられず、私たちは女の子たちの波に紛れながら再びお店の前へと戻っていた。
「あー見えない! さっき人と人の隙間からちらっと見たからなあー!」
「し、仕方ないよ」
集団の前の方ではスタッフさんと思わしき人がこれ以上前に出ないようにと整理をして、注意を呼び掛けている声が聞こえる。この感じだったら恐らく私が泉に気づかれることはないだろう。ほっと胸を撫で下ろせば、スタッフさんの声が響く。どうやら撮影が始まるらしい。
「今日はnew openしたcrapeのお店にやってきました!」
「見たところ、大人気みたいだねぇ」
「うわあ見てください! colorfulなcrapeがたくさんあります!」
そんな会話から始まった撮影は、本当にテレビの中でよく見るような雰囲気だった。これが本当に家にあるテレビに映って全国放送されるんだ……考えたらなんだか不思議な気がする。時折カットも挟みつつ、撮影は順調に進んでいった。(私はいい加減帰りたかったが、『Knights』のファンだと言っている以上、友人の手前で帰れなかった)泉も仕事だからかクレープをそれはもう美味しそうに食べてい(るように見せて)た。甘いものがあまり得意じゃない俺でもこれはどんどん食べれちゃう、なんて、泉のは得意とか苦手とかそういう問題だけじゃないでしょうに。
なんだかその仕事モードが失礼ながらも可笑しくてくすくすと笑っていれば、他の皆さんはどんなcrapeを食べているのでしょうか? なんて司くんが楽しそうに言っているのが聞こえた。あ、これ周りにいる私たちに目が向いてしまうかな。食べるスピードが遅すぎて未だに少しだけ片手に残っているクレープを見つめる。いやでも、他にもクレープ食べてる子いるし、まあ大丈夫だろうと。……そう思ってたのに。
「貴女はどんなcrapeを食べているのですか?」
「……へ」
気づかなかったのだ。周りにいる女の子たちは彼ら目当てで集まった子たちだということに。だからこそ、クレープなんか持ってない。この集団の中でクレープを手にしているのは、私含めたほんの数人だったということに。
司くんは明らかに私に話しかけている。気のせいなんかじゃない、現にスタッフさんが私を手招きしている。私の隣では友人が興奮したように私の背中を押している。え、いや、待って、これまずいでしょ! そう思ったときには、時すでに遅し。私は二人の前に引きずり出されてしまった。
「っ!?」
「あ、」
そうなれば、泉と顔を合わすのも当たり前だ。泉は私を見ると一瞬驚いたような表情を浮かべて息を詰まらせたものの、すぐに動揺を隠し、営業スマイルを浮かべた。
「それは何のクレープなんですか」
「え、あ、ストロベリーカスタード、です」
「strawberry! 先ほど私が食べたchocolate bananaもdeliciousでしたが、そちらも美味しそうです!」
「ちょっとかさく〜ん? 二つ目は駄目だからねえ?」
泉がそれっぽく笑いを取る。わかってますよ! なんていう司くんはめちゃくちゃ可愛い。可愛いけど、今の私にとってはそれどころじゃない。わかるのだ、泉の笑顔の奥にある責めるような表情が。聞こえるのだ、彼が私をお説教するような声が。
気が付いたら撮影は終わっていて、ありがとうございました、なんてスタッフさんに紙を渡される。どうやらテレビに出演してもいいかどうかの同意書らしい。断りたい、今すぐ断りたい。が、今の流れの都合上、出て頂けると有難いですなんて言われ。ついでに撮影が終わって泉と司くんがいつの間にかいなくなり、集団がなくなったことによって隣に来ていた友人に絶対出ろなんて圧をかけられて。渋々ながらも、私はそれに同意してしまった。あれ、本当に放送されるのかな。
「あーずるい! ずるかった! 私もなまえちゃんみたいにのろのろクレープ食べてれば良かったー!」
「あはは……」
心底羨ましそうに私を見る友人に向かって、私は乾いた笑いを浮かべることしかできない。頭の中は次彼に会ったときどんなお説教をされるかということでいっぱいだった。
「なに、泉くんと話せたっていうのに随分元気ないじゃん。推しと話すことが出来るなんて一生ないよ、ていうかそんな物凄い経験してる人なかなかいないよ!」
「まあ、うん、そうだね……」
「あ、そっか感動で嬉しすぎて放心状態ってやつか! 起きろー!」
ばしばしと私を叩く友人は、なんだか本当に嬉しそうで悔しそうだ。二人を間近で見れたことによる興奮と、自分もさっきまでクレープ食べてたのにというやつ。というか今思ったけど、咄嗟に持っていたクレープを彼女に渡せば、あんなことにはならなかったのかもしれない。まあ、今更後悔したって仕方ないけど。
ああ怖い。買い物してるときはあんなに彼のことを考えてうきうき気分だったのに、今じゃ恐怖の対象だ。だって泉のお説教、短いけど全てが的確で心に響くんだもん。
ちらりとスマホを見るが、もちろんメッセージなんか来てるはずもなく。……まあ、うん。今度何か言われたら、嘘でもあの後めっちゃ運動したって言おう。大丈夫、今日いっぱい歩いてるからカロリー消費してるし。無理くり自分に言い聞かせ、ふう、と小さく息を吐く。クレープは先ほど食べ終えたばかりだというのに、あのとろけるような甘さはもはや思い出せなくなっていた。