約五分後。画面は静かに暗転していって、やがて停止した。次の動画が再生されるまであと十秒と表示されるが、その瞬間に泉は動画サイトを閉じる。

「うん、結構良かったんじゃないの」

 彼はそう、満足そうに言う。

「……うん、すごい良かった。『Knights』、かっこよかった」

 私もそう言う。本当のことだ、すらすらと口から出てきた。だって本当にかっこよかった。音楽も、演出も、『Knights』のみんなも。バレエとうまく組み合わさっていたし、どれもこれもプロの力を感じさせるようなクオリティだった。これが表題曲なんだもん、次のシングルはオリコン一位間違いないだろうな。
 少し、唇が震えた。

「全部すごかった。月並みな感想だけど、さすがアイドルって感じ。もちろん裏で動いている人たちの技術もすごいし、あとやっぱりバレエ団の先輩たちがすごいなって思って、それで、」
「……ふうん、そう」

 上手く言葉が浮かばないながらも、必死に伝えようとする。喉が熱くなる。泉はそんな私を見て少し目を細めると、それから静かに呟いた。

「じゃあなんで、そんな泣きそうな顔してるの」

 本当に、MVは良かった。だからこそ、その発言が理解できなかった。……というのは、やっぱり嘘が混ざってしまうのかもしれない。何もかも良かったよ、すごかったよ、素晴らしかったよ。……たったひとつだけを除いて。
 気づかないようにしてた、意識しないようにしてた。良いことを伝えようと思った。だから言いたくなかった。情けないし、恥ずかしかった。けど、指摘された瞬間に、それは実際に涙となって現れるのだ。

「……私ばっかり悪目立ちしてるなあって。一人だけ列から外れてたり、手の角度が揃ってなかったり、……他にもたくさん。私たちは、っバックダンサーというか演出の一部みたいなもの、だし。他の人には見てない、見えない部分だってある……のかもしれないけど、それでも、私だってこのMVを創り上げる、一部、だったのに」
「……別に気にならないし、この作品に悪影響を及ぼしてるわけでもないでしょ。列だってそんな大きくズレてるわけじゃないし、ていうかそんな目立つズレならその時点で撮り直し、もしくはそこが映らないようにスタッフが編集してる。採用されたってことは、そこまで大きなミスじゃないってことでしょ」
「でも! でも泉は気づいたんでしょ!? その言い方だと、私が悪目立ちしてるってことに気づいたんでしょ!?」
「悪目立ちっていうか、」
「駄目じゃん! それじゃあ駄目なのに!!」

 一度溢れた言葉は、次々と出て止まらない。何も考えられず、ただそれを口にすることしか出来なくなってしまう。泉はフォロ―しようとしてくれている。わかっている、彼は優しいから。でも今のは私には、どんな言葉もすべて自分を否定する盾で跳ね返してしまう。良くないことだってわかっている。全部全部わかっている。けど。
 きっと顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃなんだろう。ああ、きたないな、わたし。

「……もうやだ、なんで私こんなへたくそで、気持ち悪い踊りしかできないんだろ。なんで人に迷惑かけることしかできないんだろ」

 だからそう、本音がぽつりと零れてしまった。

「……本気でそんなこと思ってるの?」

 そしてまた、静かな声色がひとつ。

「自分が気持ち悪くて人に迷惑しかかけてないって、本気でそう思ってる?」

 隣を見れば、それは本当に私の知っている瀬名泉かと思わせるくらいの鋭い目つきをした彼が、私を見ていた。

「思って、」
「それさあ、あんたを認めてるひとたちを馬鹿にしてるって、見下してることだって気づいてる?」
「…………」

 ひゅ、と喉が鳴る音がした。冷たく刺さる泉の視線が、ちくちくと突き刺さる。わかってる、わかってるよ。MVに選抜してくれた先生方、私を映してくれたスタッフさんたち。私が作り上げてきたもの、私が築いてきた関係。今言ってしまったことはそれらすべてを、すべての人たちを私自身が否定してしまっているのと変わりない。そして何より、こうやって私のレッスンを受けに来てくれる、泉のことも。

「――呆れた」

 そんな言葉が、がん、と頭に重くのしかかった。

「プロって立場でよくそんなこと言えるよね。自覚あんの? ……結局、何も変わってないじゃん」
「……何もって、なに? 泉が私に関わったことで、私の踊りが上手くなるとでも思った?」
「はあ? 何それ、誰もそんなこと言ってないじゃん」

 違うちがう、こんなことを言いたいんじゃない。それなのに、私の口はぺらぺらと勝手に喋り出す。痛い、痛い。呆れられてしまった、もう取り返せない。そう思ってしまっているのかもしれない。自分で自分のことがわからない。

「頑張ってるよ、私だって。頑張ってるはず、なの。でもこんなこと言ってる時点でだめだって、もっと頑張らなくちゃいけないってわかってるよ! でも、私は情けない人間だからさあ、こうやってばかみたいに嘆いちゃうんだよね……! でも泉だって最初からそう思ってたでしょ。私なんか努力も何も足りてない、下手くそで場違いなやつだって!」
「何言ってんの? 黙って聞いてればさあ、勝手なこと言わないでくれる?」
「だってそうじゃん! 最初に会ったとき、私が言った「嘘つき」って言葉を、泉は否定しなかった! 私の努力も、実力も足りてない! 認めてなんかくれてない!!」

 段々と声が荒げられていくのが自分でもわかる。きっと言ってることはめちゃくちゃだ。泉は認めてくれているから私のレッスンを受けに来てくれている、と頭ではわかっているはずなのに。自分が言うことを聞いてくれない。心の中と発している言葉が何もかもすれ違っていて、うまいように伝達していかない。そうじゃない、こんなことが言いたいわけじゃない。なのになんで、なんで。
 息がしにくい。どれが本音でどれが嘘で、本当に言いたいことは何なのか。先ほどはあんなに気恥ずかしくて舞い踊るような気持ちだった泉とのこの距離が、今はとてつもなく居心地が悪い。自分が居た堪れなくて、どうしようもなくて、私はすくりと立ち上がる。ああそもそも、早く帰らなければいけないんだ。
 後のことなんてもう考えられない。荷物をひっつかみ、逃げるように私はスタジオを飛び出そうとした。

「なまえ!」

 けれど、そんな泉の呼ぶ声に思わずぴたりと足が止まる。いやだ、怒ってる。ううん、こんな私に怒る価値もないか。そうだよね、呆れてるって言ってたもん。そうだよ、呆れられちゃったんだ、私。

「……いい加減気づきなよ。確かにあれは嘘だった、けどそれは」
「っ泉!」

 その声色がどういうものなのか、今の私には予測できない。だからこそ、何も聞きたくなかった。彼の口から何かを聞いてしまうことが恐ろしかった。ずるいよなあ、私。何か言う言葉が決まっているわけでもない。ただ彼の発する言葉を遮りたかった、それだけ。
 相変わらず涙は溢れてきて、喉の奥はちりちりと焼けるように熱い。口を開けるただそれだけの動作が、ひどく重たいように思えた。

「ごめんね。――……ばいばい」

 だからきっとそれは、本当に言わなきゃいけないことだと私の中で判断したのだろう。単なる別れの挨拶か、それとも。もはや自分だって何もわからないのだ。振り返ることなんて絶対に出来ない。私はそのまま、震える両足を奮い立たせて走り出した。