「ライブってさあ、やっぱりペンライトとか持って行った方がいいのかなあ」

 ぼんやりと問いかけたその言葉に、友人は啜っていたゼリー飲料を口から離し、そうだねえ、と答えてくれた。

「まあでもだいたいのライブは物販でペンライト売ってるよ。てか何? なまえちゃんライブ行くの? 珍しくない?」 
「初めてだよ。だから何もわかんないし聞いてみたの」

 言いながら私もぱくりとおにぎりを口に含めば、今時珍しいねえ、とゼリー飲料を一気に啜る。

「それで、何のライブなの?」

 聞かれた言葉にびくりと思わず肩を揺らす。……いや、でも別に言っても変なことじゃないだろう。だってただのライブだし、あんな有名アイドルのライブなんて行ってる人たくさんいるだろうし。もぐもぐと口の中で白米を噛み砕いてから、ごくりと思い切り呑み込んだ。

「『Knights』」

 瞬間、友人は喉から変な音を鳴らし、飲んでいたスポーツドリンクのせいかごほごほとせき込んだ。女子とは思えない咳き込み方だよソレ。

「なっ、はっ、ない、『Knights』!? あんた好きだったっけ!? てかそんなプレミアチケットどこで」
「へ!? あ、いやえっと友達が! チケット一枚あるから一緒に行こうって! こ、この間生で見た、っていうか仕事したし!? ライブも見てみたいなあって!」

 ガッと両肩を掴まれて、ゆさゆさと身体を前後に揺らされ、視界がぐわんぐわんと揺れる。どこでなんて質問に、もちろん本人に誘われた、なんてこと言えるはずもなく。すごい剣幕の彼女の前にとっさに嘘を並べ立てれば、ぴたりと視界のブレが止まる。彼女を見れば瞬き一つせず、まるで銅像にでもなったかのように動かない。もしもーし? とびびりながら未だ肩に置かれたままの手に触れた瞬間だ。物凄い勢いで手を掴まれ、そして両手で固く包み込まれた。

「何それ! なああああにそれ!! 羨ましすぎなんですけど! はーやっぱり無欲の人の元にそういう話が舞い込んでくるんだ……!!」
「え、や、えと、なんか、うん、ごめん……」

 はああ、と驚くほど大きなため息をついた友人に、とりあえず謝罪をしてしまう。ていうかプレミアチケットって……『Knights』のライブってそんなに倍率高いんだ。これ、もしかしたらあのレッスン代よりも実質高くついているのでは……?

『ライブですか?』
『そ。一週間後の土日。どっちか空いてる?』
『一週間後、って……そんな近々なんですか!? えっこんなとこで私のレッスン受けてていいんですか!?』
『だからその稽古に今から行くっつってんの。てか質問に答えてよねえ〜?』
『あ、日曜……の夜なら大丈夫だと思う、けど、じゃなくて! そしたらライブのチケット代お支払いします!』
『はあ? それじゃこのお金の代わりになんないでしょ〜? このお金を今ここで受け取るのと、俺のライブに来るの。どっちかを選ぶ選択肢しかあんたには残されてないんだけど、わかってる?』

 先日の瀬名さんとの会話を思い出して、そして目の前の悔しそうにしている友人を見てため息をつきたくなる。結局私はライブを選んだわけだが、行きたくても行けない人がいるのに私なんかが行ってもいいのだろうか……と無駄に罪悪感が生まれてしまう。
 そんなことを考えていたら、いつの間にやら周りにはわらわらと何人も友人たちが集まっていた。この子次の『Knights』のライブ行くんだって、なんて軽率に発された友人の言葉に、確か筋金入りのファンの子がすかさず会話に入り込んできた。

「いつ!? 私も日曜の夜だけなんとか取れたんだけど!」
「え、あ、おんなじ……」
「そうなんだ!! えーなまえちゃん誰推しなの? 私凛月くんなんだけど! あっ、でも大丈夫だよ、同担拒否とかじゃないから! むしろ同担歓迎だからね!」

 あまりの興奮っぷりに、別の友人たちがどうどう、とまるで動物をあしらうかのように彼女を宥める。彼女、この間のMV撮影で実物みた時やばかったもんなあ。あのまま死んじゃうかと思った。普段大人しい子の突然の豹変っぷりはすごい。というか、推しかあ。推しって、要は一番好きなメンバーってことだよね。
 私の返事を待たず、周りの子たちが次々に好きなメンバーを挙げていく。私はなんて言おう。特にいないとか、みんな好きとか適当に言ってもいいんだけど。

「……瀬名さんかな」

 そう言ってしまったのは、なんとなく、だったと思う。どっちにしろ、他のメンバーをたくさん知っているわけでもないし。まあ推しかどうかは実際のところわかんないけど。
 私の放った言葉に、すぐさま泉くんいいよね! なんて熱のこもった言葉が飛んでくる。私も泉くん好きーなんて別の子が言ったかと思えば、あの曲のあの振りが〜なんてマニアックな話をし始める。だ、だめだ、わかんない。

「泉くんはバレエやってるのもうちらにとっちゃポイント高いよね〜あとやっぱりファンサが最高なんだよ、ファンサの鬼!」
「そうなの?」
「そうだよ! 私たちファンに向かってお姫様とか言ってくれるんだよはーー最高! まあ凛月くんには敵わないけど!」

 熱量がすごい……。ていうか瀬名さん、そんなこと言ってるんだ。全然想像がつかない。いやでもテレビでも言ってたっけ? あんまりちゃんと見たことないから記憶がない。撮影の前に観た動画では言ってなかったと思うけど、もう私にとってはあのシニカルな瀬名さんの印象しかないから、考えてみようとしても頭の中には暴言しか浮かんでこない。
 あまりにもピンと来ていない私を見て、凛月くんファンの友人は痺れを切らしたように叫んだ。

「なまえちゃんお願いだからライブまでに勉強して! 過去のライブDVD貸すから! いやていうか押し付けるから! 観て!!」

熱量が、すごい。

*

 ライブ当日。リハが終わり、同じく参戦予定の友人が一緒に行こうと声をかけてきてくれたが、適当に理由をつけて慌てて断る。彼女には申し訳ないけれど、そうしたら嘘がバレてしまうのだから仕方がない。
 急いで会場の最寄り駅へ向かってみれば、駅の改札口は人で溢れていた。アイドルのライブはロックバンドとかでよく聞くような激しいライブじゃないようで、おめかししている女の子たちがたくさんいる。バッグには『Knights』のモチーフキーホルダーが飾られていたり、何本ものペンライトがバッグの中から顔を覗かせていたり、まだ駅なのに、既にここが会場なのかとも錯覚させた。
 近くでイベントがある為、駅内混み合っておりますと鼻声の駅員さんのアナウンスが響く。これはトイレも列やばいんだろうなあ。スタジオで行ってきてよかった。
 駅から会場までたどり着けるか方向音痴の私には些か不安だったが、ライブに向かうだろう女の子が次々同じ方向へ歩いていくので、彼女たちについていけば間違いないだろう。やがてしばらく歩いたころに、信じられないくらいの人が視界に入ってきた。大きな建物に、列整備のスタッフさんと思われる叫び声。どうやらここが会場で間違いないらしい。
 開演まではまだ時間があるということで、物販列に並ぶ。かなりの人が並んでいるが、仮設のレジが大量にある為、列の進みは思った以上に早かった。ペンライトと、あとは友人におすすめされたタオルを購入する。それからなんとなく、ライブの為に毎回デザインが変わるという、各メンバーをイメージしたネームキーホルダーを買ってみた。買って開けてみないと中身がわからないというランダム性。すぐさま開けてみれば、出てきたのは「LEO」と書かれたオレンジ色。瀬名さんじゃなかったかあ、なんて思ったが、瀬名さんのキーホルダーが出てきたところどうすればいいかわからないから、これでいいのかもと思ってしまった。

 キーホルダーをバッグにしまい込み、人混みの中を歩く。開場自体はもうしているはず。私は普通の一般受付ではなく、関係者受付って書いてあるところに行ってと以前瀬名さんに言われたから、こんなに人が多いところではないはずだ。そう思ってひたすらにその文字を探せば、少し離れたところにぽつんと人がいないスペースを見つけた。人と人の隙間から僅かに見える、関係者の文字。恐らく受付はあそこで間違いないのだろう。
 無事にそこに辿り着き、お兄さんに名前を告げる。するとお兄さんは何かリストのようなものと照らし合わせて、それから確認しました、と一言言った。席番の書いたチケットをもらい、あとは普通に入って頂いて大丈夫ですと簡単な案内だけされる。そこから再び私は人混みの中に戻り、流れるままに歩いていく。そうしてチケットをもぎってもらい、無事に会場入り。会場の案内を頼りに席に辿り着いて初めて、それがとてもいい席だということがわかった。円形の360度ステージの真正面だ。間違いなく関係者席というものだろう。だって、ほら、たぶんあそこに座ってる人ってテレビで見たことある……なんかヤバイとこ来ちゃったな私。
 チケットで席番を確認しつつ、自分の席を探す――が、あれ、と思わず声が出た。恐らく私の席に誰か座っている……再び席番と照らし合わせるが、確実に合っている。たぶん、あの人が間違ってしまっているのだろう。

「すみません、座席間違ってないですかね? えっとたぶん、そこ私の席だと思うんですけど……」

 そう声を掛ければ、男の子はえ? と驚きつつも自分のチケットを出す。するとやはり間違っていたようで、ああ! と彼は大げさなくらい声を上げた。

「すいません、俺の席隣でした!」
「あ、いえ、大丈夫ですよ」

 言いながら、彼はすぐに座っていた席を譲ってくれる。すみません、と私も荷物に気を付けながらその席に座ると、彼は私が座るのを待っていたようで、すとんとその隣の席についた。
 この男の子も、見たことあるなあ。アイドルだった気がする。誰だっけ、なんて考えても多分私は一生名前なんて出てこないから、せめてユニット名だけでも思い出したい……なんてちらりと横を見れば、なんとこちらを見ていたらしい彼とばちりと目が合った。

「あ、え、や、すいません! 誰の関係者なのかなって思って……」
「ええと、瀬名泉さんです。ちょっとした……知り合いで」
「そうなんですね! 俺も都合がついたから、幼馴染の――凛月の様子観に行こうと思って」

 その言葉でハッとする。そうだこの子確か、新進気鋭のアイドルユニット、『Trickstar』の一人だ。朔間凛月くんと幼馴染って、前に見たバラエティで言っていた記憶がある。ええと、名前何だったかな。
 そんなことを考えていれば、会場内の注意アナウンスが響く。もうすぐ始まるのだろう。徐々に暗くなる照明に、私はごくりと唾を呑み込んだ。

『うっちゅ〜☆ みんな、準備はできてるか〜?』
『『Knights』のライブへようこそ、お姫様たち』
『今から俺たちが、最高の夢を見せてあげる……♪』
『目を逸らしたりなんてしちゃダメよぉ♪』
『私たちが、最後までお姉さまたちをEscortさせて頂きます』

 流れたメンバーの場内アナウンス。湧き上がる声援、ステージ上に眩しいくらいに当てられた光。夢のようなライブが、始まる。