それから、真緒くんは大雑把に話してくれた。どうやら瀬名さんと真緒くんは同じ高校出身らしい。というか、彼らの母校は有名なアイドル養成学校で、(夢ノ咲学院という名前は確かに聞いたことあるような気がする)『Knights』も『Trickstar』も、高校在学時から既に結成されていたユニットらしい。今テレビに出てる有名アイドルユニットって結構俺たちの世代が多くて、学院からそのままユニットを引き継ぐのはわりと普通になってるんですよ、と真緒くんは言った。わりと有名な話らしいけど、如何せんテレビを見ないものだから初聞きである。しかし、彼も皆も普通のように言っているらしいが、それってよく考えたらとてもすごいことだ。だって例えば学年の違うユニットだったら、後輩は学校に残されていても、先輩は社会に出て活動しているってこと。時間だって合わせるのが大変だし、高校を出て一度リセットしたいとか、そういう考えの人も多いはず。それでも今までずっと、しかも人気アイドルとして活動できているということは、きっと相当な絆があるということだ。
「真緒くんは瀬名さんよりも年下なんですか?」
「はい、一つ下です。ええっと……」
「みょうじ。みょうじなまえです」
「みょうじさんは瀬名さんと同い年ですか?」
そう聞かれて、え、と思わず言葉に詰まってしまう。そういえば、瀬名さんっていくつなんだろう。聞いたことなかったし、疑問にも思わなかった。顔がいいからだろうか。いや関係ないか。
黙っている私を見て察したのか、真緒くんがほんのり苦笑いを浮かべる。
「失礼ですけど、みょうじさんってファン以上に瀬名先輩のこと知らないですね……」
「テレビあんま見ないし、瀬名さんと知り合ったの最近だからね……返す言葉もないです」
本当にそれに関しては何も言えない。彼に関して知っている事なんて、それこそ名前と顔、職業、連絡先、それから友達に貸してもらって見た前回のライブDVDでの情報くらいだ。つまり、調べればすぐわかるようなことすら私は知らない。
真緒くんから瀬名さんの年齢を聞けば、なんと彼は私の同い年らしい。てっきり勝手に年上だと思っていた。しっかりしているし。ということは、真緒くんは私の一個下となる。よ、良かった。これで年上なんて言われたら、また彼の敬称を「さん」に戻さなければいけないところだった。
「ていうか話戻るけど、ごめんね。真緒くん、私に気を遣って追いかけて来てくれたんでしょ? 先輩と後輩なら、凛月くん以外にも他のメンバーに会いたかったんじゃない?」
「いや、まあ連絡は取れるし、会おうと思えば会えるから大丈夫っすよ」
年下だとわかった途端にですますを崩し、タメ口になってしまうのは私の悪い癖かもしれない。けれど真緒くんは一切気にした素振りもなく、優しく笑ってくれた。……推せる。なるほどこれが推すという感覚なのかもしれない。真緒くん、きっとこういう笑顔でファンを作っていくのだろう。なんだか『Trickstar』のライブ映像も見たくなってしまった。誰かDVD持ってないかなあ。
そんなことを話していたら、あっという間に駅についてしまった。どうやら真緒くんと私の家は逆方向のようだから、ここでお別れだ。もしかしたらまたどこかで会うかもしれないね、なんて言ったら、じゃあその時は俺も、みょうじさんに色々聞いちゃいますね、という返事が戻ってくる。彼は初対面の私に瀬名さんとの具体的な関係も含めて、色々聞くわけにはいかないと思っていたのだろう。だから来るかもしれない、来ないかもしれないその時に向けて、私は大きく頷いた。
真緒くんと別れて、一人で電車に乗り込む。混んではいない、けれどそこそこに人が入った車内。ちらほらと空いている席に腰かけてスマホを取り出し、電源を付ける。ライブ会場に着いたときから既に電源を切っていたし、それから触ってもいないから、画面を見るのが久々のような気がする。実際大して久々でもないし、そういうのがスマホ依存の思考なのかもしれないけれど。
電車が一駅過ぎた頃、ようやく長すぎる起動が終わる。画面を付けてみれば、メッセージアプリにいくつかのメッセージが飛んできていた。バイト先のグループライン、バレエ団の友人……それでも大した連絡事項はなくて流し読みしていると、一番新しい通知が一件。
『今日はありがと』
「……謝罪じゃないんだ」
誰から、だなんて見なくてもわかる。ぶっきらぼうなそのメッセージが頭の中で彼の声で再生されて、ふふ、と笑いがこみあげた。実際のところ、彼も私が本当に怒っているだなんて思っていないのだろう。だからこその、改めてのお礼。
こちらこそ。そう打ってから、送信ボタンをタップしようとする――が、一瞬考えて、それからすぐにその言葉を消去した。
『かっこよかったです』
新しく打ち直して、送信。改めて言ってくれた言葉に、私も改めて返そうと思った。
しばらく電車に揺られて、乗り換えの為に駅に降り立つ。スマホをつけてみれば、先ほど送ったメッセージに既読がついていた。瀬名さん、どう思ったかな。当たり前でしょ? と笑う彼の表情が簡単に想像できる。でも、実際かっこよかったから。ライブで歌う瀬名さんを思い出し、周りの人に気づかれないように小さく笑う。心臓がいつもよりどきどきと早く鼓動を打っているのは、きっと疲れちゃったからだろう。自分自身へのよくわからない言い訳に納得して、スマホをバッグにしまう。
知らないうちに乗る予定だったはずの電車は行ってしまったようで、ホームにはまばらに人が取り残されている。吊るされた電工案内板によれば次の電車はすぐ来るようで、私は誰も並んでいない、ホームドア前に引かれた線の上にひとり並んだ。
*
翌日からは例の凛月くん推しの友人と共に皆を巻き込んでライブ感想会だった。私自らが話そうとしたわけでもないが、バレエ団の更衣室に入るなり挨拶より先に飛んできた言葉が「ライブどうだった!?」だ。これはもう、話し込むしかないだろう。『Knights』ファンの友人との感想会……しかし話せるのも着替えている間、休憩中の僅かな時間だけだから、その会は何日にも渡って続いた。凛月くん推しの友人が「ソロ曲のCメロの最後の伸びが最高だった……」って嘆いているのを、少なくとも五回は聞いた気がする。
調べていなかったことの反省を踏まえ、あれから私も『Knights』のメンバー、そして『Trick star』のメンバーについても検索した。ついでにどっちもアルバムを買った。だから私も負けず劣らず色々話していたら、皆にすっかり『Knights』ファンだね、と笑われてしまった。……まあ実際はファンと知り合いの中間地点みたいなものなんだけれど。(瀬名さんにはファンにはなれないと言われたし)でも前みたいに芸能人にこっそり会うことに対しての恐怖感のようなものはなくなってきていて、つまりそれは知り合いという認識が高まってきているということだから。やっぱり私は皆のようないちファンにはなれないのかもしれないなあ。こんなこと言うのは、あまりにも贅沢なのかもしれないけれど。
そしてこれは私の意識の話だが、あのライブを見てからレッスンの調子のいい日が増えた。バレエは日によって何となく自分の調子がいい日、悪い日があるが、圧倒的に「今日は動けるぞ」と思える日が多くなったのだ。これは彼らに刺激されて、私の意識や身体が引き上がっているのかもしれない。めちゃくちゃ良い傾向だ。
そしてそれはバイトにも通じた。皆頑張ってたんだから私も頑張ろう、なんて柄にもないことを思って仕事してしまう。いやまあ、仕事が嫌なことには変わりはないんだけど。
社員さんにも恋した? なんて言われたから、『Knights』に恋しました、とふざけて言ってみた。なんかすごい、私本当に彼らのファンみたいだぞ。実際ちゃんとした交流は瀬名さんしかないわけだし、やっぱりこれは知り合いじゃなくて、もうファンと言っていいのかもしれない。
その日は朝からちょっと嬉しいことが続いていた。朝イチに瀬名さんから「次のレッスン今週中に二回はしたいんだけど」というメッセージと共に、以前のような空き時間が送られて来ていた。レッスンが一回きりじゃないのは明確に言葉にされていなかったが、雰囲気で次回があるということをわかっていた。けれど実際こうして予定確認のメッセージが来ると嬉しいものだ。しかもちょうど二日間、ぎりぎり空いている時間があったのも幸運。その旨を素早く送って、リハへ向かう。
そして何とリハも早く終わったのだ。今は通し稽古ではないから役ごとに練習時間が割り振られているのだが、本来リハの後半が持ち時間であった私の役が、急遽一番最初に回されたのだ。ということは、夕方からのバイトまで空き時間が出来る。それがあまりに嬉しくて、一度帰宅して好きなことをして過ごした。そうして出勤だ。
人通りの多い道で人の流れに逆らって、バイト先であるコーヒーチェーン店に辿り着く。さっさと着替えて勤務につけば、今日のお店の混み具合もなかなかいい感じだった。忙しすぎず、暇すぎず。仕事をするには丁度良くて、なんだか今日は平和だなあと思っていた。
「いらっしゃ……」
目の前に現れた見覚えのある黒髪と、帽子からちらりと見える金髪を見てしまった、このときまでは。