私の隣の席の人は、少し変わっている。いや、変わっているというより、不思議といったほうがいいのだろうか。まあとにかくニュアンス的にはそんな感じなのだ。とにかく彼は、いい意味でも悪い意味でも「普通」にカテゴライズされない部類だと思う。現に今だってそうだ。ヒーロー基礎学の授業が始まってすぐに、彼は机の中をごそごそと漁ったあと、あ、と小さく声をあげてからぴたりと動きを止めた。彼の机の上にはノートしか出ていない。あれ、まさか、と私が事態を察したとき、彼がちらりと私を見た。やっぱり、と、私の疑念は確信に変わった。
「轟くん、教科書忘れたなら見せようか?」
そう言って開いていた教科書のページの半分を轟くんの机のスペースに置くと、悪い、と彼は一言言って、それから何事もなかったかのように授業を受け始めた。このやり取りを見ても、誰も彼を変わっているとはいわないだろう。そりゃあ私だってこれだけなら変わっているなんて思わない。私が何故そう思うのか、それは彼の性格や、普段の行動からである。
轟くんはクラスの中で所謂一匹狼というやつだった。とはいっても、別段とっつきにくいとか、近寄れないオーラが出ているとか、そういうわけではない。確かに上鳴や切島などと比べたら話しにくいし、あのエンデヴァーの息子ということから最初は近寄れなかったけど、実際そんなにこちらが一歩引く必要はない。彼は愛想はないが、話しかけたらきちんと答えてくれるし、今だってこの雄英を特待生で入ったにも関わらず、教科書を忘れるというミスを犯す。しかも素直に私に見せてくれと頼めばいいのに、それを自分からは言い出さない。プライドが高いのか? 何にせよ、彼は色んなものがちぐはぐで、やっぱり改めて考えてみても、不思議だとしか思えなかった。
そもそも、もともと私は彼の隣の席になる予定ではなかった。A組になってから初めての席替え、くじ引きの結果、私は本来切島の隣のはずだった。切島とは仲が良いし、隣じゃーんよろしくね、と話していると、すぐ後ろでアア!? とチンピラみたいな声が聞こえた。こんな声を出す人、うちのクラスには一人しかいない。振り向くと、そこにはやはり爆豪が吊り上がっている目をさらに釣り上げて、それこそチンピラのように鋭い目つきで不満の対象を見ていた。そうか、爆豪の隣は轟くんになったのか。彼ら二人は仲が良いほうではない…と思う、というか、爆豪が一方的に轟くんを嫌っている。やっぱり目立つかから、なのかな。一方で轟くんはどうでもよさそうなのが逆にかわいそうだけど。
「爆豪隣とか、轟くんかわいそうだねえ」
「ンだとテメエウルッセェブッ殺すぞ!」
ぼそりと呟くと、すかさず飛んできた怒声。地獄耳かよ。あーこわこわ、ヒーロー志望とは思えないくらいの言葉遣いだわ。私も爆豪の前とか傍から見ればかわいそうだと思う。くるりと前に向き直り、はあ、と小さくため息をついた瞬間。
「いった!?」
バシン、というかドスンというか、とにかく明らかに女子を叩くレベルではない音が響き、同時に頭に激痛が走る。いったいいったいいったいふざけんな! 涙目になりながらじんじんと痛む頭を抱えて、いつの間にか私の真横に立っていた犯人の爆豪を睨みつけた瞬間、ひらりと私の頭から何かが落ちてきた。あれ、これは、席替えの番号の紙?
「女の子に暴力振るうとか本当信じられないしなにこの紙」
「誰が女の子だよ」
「質問答えてよ何この紙」
「そのまんまの意味だよどんだけ頭足りてねェんだ」
なんだ、こいつは人の神経を逆撫ですることしか言えないのか。イライラしながら落ちてきた紙を改めて見ると、そこに書かれていたのは爆豪が引き当てた席の番号。まさか、と自分の机の上を見る。そこには私が引き当てた番号が書いてある紙が置いてある、はずだった。
「ちょ、爆豪返してそれ私の!」
「は? 騒ぐなこれは俺のだ。みょうじはソレだろ」
「違うし! 何静かに誤魔化そうとしてるのさ!」
コイツ、あたかも最初から私の番号を引いた素振りで私と席を交換するつもりだ。別に交換自体は別にいい、むしろ最初に(暴言暴力なく)言ってくれたら、私だって素直に応じる。けど頭叩かれたし、爆豪の我が儘に私が巻き込まれることが単純に気に食わない。
「素直に交換してくださいって言いなよ、そしたら交換したげるから」
「なんで俺がテメェなんかにそんなこと言わなくちゃいけねえんだよ」
「だって人にもの頼む態度じゃないでしょ!」
「頼んでねーよ俺はここの席だ俺がそうしたいからそうなった」
「なにそのジャイアニズム!」
「おーいもうどっちでもいいから早く席着け」
そんな私たちの言い争いを見兼ねたのか、相澤先生がだるそうに声をかける。瞬間、爆豪は私を押しのけて、今まで私が座っていた席に腰掛けた。
「じゃあもう面倒臭いから爆豪そこで。みょうじはその後、轟の隣な」
「なんで!」
「その方が楽に収まるだろ。黙って席着け」
相澤先生は私の味方だと思ってたのに! 爆豪を見ると、やけにご満悦な顔をしながらもにやにやと意地の悪そうに笑っている。もうだめだ、悔しいけどこれは私が大人になるしかない。はあ、とため息をついてから、すごすごと爆豪の席だった場所に座る。周りを見れば私を哀れな目で見る顔でいっぱいだった。どうせ私は可哀想な被害者だよ。くそ、不用心に紙を机の上なんかに置いとかなければよかった。
ちらりと轟くんを見ると、彼は他のクラスメイトとは違い、なんともいえないような顔で私を見つめていた。
「…ごめんね轟くん、隣でこんな騒がしくしちゃって」
「いや、…なんか大変だったな」
「あはは、もう仕方ないよ。まあ私も意地張って嫌だって言ってたわけだし」
「そうなのか?」
え? そこに反応する? 轟くんはきょとんと目を丸くして、驚いたように私を見た。
「俺が隣だから嫌だったんじゃないのか?」
「へ?」
何だ、突然何を言い出すんだこの人は。確かに轟くんとはそんなに話す訳では無いけれど、別に嫌っている訳ではない。慌ててそんなことない、嫌なんかじゃないよ、と否定すると、轟くんはそうか、とまた一言静かに言って、それからまた静かに前に向き直った。
轟くん、意外とそういうの気にする人なのかな。私が否定して、安心したのかな。けれどその横顔を盗み見しても、相変わらずその表情は読み取れない。それでも私はこのときから、彼を不思議な人だと思うようになったのだ。
「オイ、プリント」
ぼうっと考えていたとき、爆豪の声ではっと我に返る。どうやら前からプリントを回してくれていたらしい。ごめん、と一言謝ってプリントを受け取ると、いつものごとく舌打ちが聞こえた。もう爆豪は舌打ちを語尾につけてもいいくらいだと思うよ。
「なんか言ったか」
「なんも言ってない思っただけだよ別に爆豪の悪口じゃないよ」
「そう言った時点で悪口だって認めてンだよクソが」
「ばくごーくん静かにしてくださーい授業中でーす」
けたけたと笑いながら言うと、ヴィランでも見るかのような目でギロリと睨まれた。やばい、これ以上煽らないでおこう。そろそろ相澤先生の目が怖いし。
「…なあみょうじ」
「ん?」
さあプリントに取り掛かろうとしたとき、突然轟くんに名前を呼ばれる。
「お前なんつーか、妙なヤツだな」
「何をもってそういったかわからないけど、轟くんに言われたくない」
私が妙だったら轟くんなんて一体どうなっちゃうのだろう。轟くんは私の言葉に心底驚いたようで、俺のどこが妙なんだ? と至極真面目に聞いてきたから、そういうところだよ、と私はシャープペンをカチカチしながら親切に教えておいてあげた。