テストも終わり、赤点組も無事に…とは言い難いが、とにかくクラス全員で林間合宿に行けることが確定し、とにかくA組は浮き足立っていた。数ある学校行事の中でも一大イベントだ、そりゃあ誰だってそうなる。かく言う私も例外ではなく、来たるそのイベントについてそれはもう心躍らせていた。
「はーもうやばい! 本当楽しみすぎる!」
「だねー! まあ三奈ちゃんは赤点補習あるけどね!」
「なまえちゃんほんといい性格してるよね!」
わいわいとみんなで騒ぎながらも、話題は自然と移り変わっていく。ということで、今度みんなで林間合宿の買い物に行きませんか!? そんな透ちゃんの提案に私は即座に肯定の返事をしようとしたが、あ、とふと思い出す。そういえば、週末は家族でお出かけしようって言ってたんだっけ。みんなと買い物には行きたい、でも家族との約束が先約だ。残念ながら行けないことを伝えると、えーと残念そうな声をあげるお茶子ちゃんが可愛くて、やっぱり買い物行こうかと思った。いや行かないけど。
「轟くんも買い物行かない?」
「週末は見舞いだ」
緑谷くんの誘いを、きっぱりと断る轟くん。そっか、轟くんも行かないのか。というかお見舞い、って。誰が周りに入院している人でもいるのかな。そんなことを思いながらぼんやり轟くんを見ていると、突如頭にのしりと重みがかかる。
「あ、ならさあ、なまえと轟で別の日に買い物行けば?」
「は?」
頭の上に乗った耳郎の肘が重くて、頭が上げられない。けど、彼女の顔がやけにほくそ笑んでる気がする。というか声に笑いが含まれてる。くそ、こいつなんか楽しんでるな。しかしそんな一声でなぜか周りにいる人たちがいいじゃんそれ! と本人達を置き去りにして盛り上がる。待って、私何も言ってない。別に私は嫌なわけじゃないけど、でも轟くんの都合が
「……行くか、みょうじ」
「え」
「買い物」
……良いようです。
*
まるでアミューズメントパークのように広いショッピング施設。この間みんなが行ったショッピングモールはUSJのときのヴィランが出没した影響で封鎖されているので、仕方なく電車で少し遠いところまできた。これでもあそこより少し規模が小さいが、ただの合宿の買い物には十分すぎるくらいだ。しかし来てから気づいてしまったのだが、男と女だ。服などもあるし、買う店が確実に違う。別行動にして、あとでその辺で待ち合わせしようか? と提案すれば、それじゃ一緒に来てる意味無いだろと言われてしまった。それもそうだ。
とりあえず共通の日用品を同じ店で買って、それから私の行きたいお店に付いてきてもらうことにした。私の買い物長引くよ? と事前に伝えると、女の買い物なんでそんなモンだろ、と一蹴された。聞けばお姉さんの買い物に散々付き合わされているらしい。それ逆に申し訳ないよ、とやはり別行動を申し出ようとしたが、轟くんは有無を言わさずずんずんと歩いて、私が行きたいと零したお店に入っていってしまった。最近わかってきたけど、轟くんは結構強引だ。
「ごめんね轟くん、いっぱい付き合わせちゃって」
「お互い様だろ」
ベンチに座って抹茶入りの冷たい緑茶を飲みながら、彼は自らの隣に置いた紙袋に視線をやった。お互い様と言っても、共通の店で買ったものを除いて、彼の買い物に付き合ったのはあの紙袋の中に入ってる服一着のみだ。基本着るものは持ち合わせているものでいいらしい。男子ってそういうものなのかな。私はタピオカミルクティーを啜りながら、表情の変わらない轟くんを見る。そういえば、お互い電車で現地集合で来たけど、轟くんのお家ってどこにあるんだろう。遠いのかな。急速に仲良くなったとはいえ、彼の知らないことがありすぎる。お姉さんがいるということも知らなかったし、そう思うと、今まで避けてきた話題のことが気になってしまう。
「なあ、みょうじ」
そんなときだ。突然轟くんに名前を呼ばれる。ほんの少しそんな声が重たく聞こえたのは気のせいだろうか。元々轟くんを見ていたせいでぴったりと目が合って、なんとなく逸らせないまま、どうしたの、と強ばってしまった声で答えた。
「俺の話、聞いてくれるか」
それはあまりにも唐突だった。けれど、断る理由なんてなかった。私は小さく頷くと、轟くんはゆっくりと、ひとつひとつの言葉を確かめるように言葉を紡ぎだした。
すべて話し終えた頃には、タピオカミルクティーの氷がほとんど溶けていた。轟くんはふう、と一息つくと、それからじっと私を見た。
「悪ィな、重たい話して」
「い、いや、大丈夫…」
そうは言いながらも、私の心臓はどくどくと静かに早まっていた。轟くんは、今まで聞くに聞けなかったお家の事情も含めてすべて話してくれた。お父さん…エンデヴァーとの対立、顔の火傷跡、自分の想い、歪んだ感情。そしてその複雑な想いを、体育祭のトーナメントで緑谷くんに掻き回されたこと。けれどその後お母さんに会って、自分の想いを清算したこと。轟くんの背負っていたものは、私が想像していた以上に重たかった。
「この間のお見舞いっていうのは、お母さんのだったんだね」
「ああ。体育祭の後から、週末に通ってる」
そう言う轟くんは表情こそ変わらないが、どこか嬉しそうにも見えた。一方で私は、そんな彼が自分のことを私に話してくれたことがとっても嬉しかった。嬉しかった、けれど、どうして彼は私なんかにそんなことを話してくれたのだろう。私なんかただの、偶然隣の席になった…ただの、クラスメイトなのに。そう思ったら何故かぎゅっと胸が締め付けられる感覚がして、その苦しさから逸脱するように私は口を開いた。
「轟くんは、どうしてそれを私に話してくれたの」
すると彼は一瞬ぴたりと動きが止まる。え、なんか私変な事言ったっけ。しかしそんな思考は、彼の次の発言と行動によって瞬時に振り払われた。
「……そうだな、みょうじだから、な」
言いながら、彼はゆったり目を細め、その口で弧を描いた。轟くんの笑顔は珍しい、というかむしろ初めて見たかもしれないけれど、それがあまりにも綺麗で。先ほどとはまた違ったように胸がきゅ、となる。自身の体温が上昇しているのを感じて、私はようやく自分が持つ彼への気持ちを理解してしまった。ああこんなの、ずるい。私だからという意味がどういうことかだなんてわからないけれど、彼の笑顔を見るに悪い意味ではないのだろう。どっちにしろこれ以上意味を詮索してしまえば、私はまともな表情を維持出来ないと思うからやめておく。
「なあ」
「へ!?」
そんな私の心の葛藤もつゆ知らず、轟くんはもういつもの声のトーンに戻って話しかけてきた。なんかびっくりしておっきな声でちゃったよ恥ずかしい。しかし彼はそんなこと気にしないようで、マイペースにその長い指をぴっと指した。
「それ、一口飲んでいいか」
「えっ」
指しているのは私の隣に置いたタピオカミルクティー。量はそんなに減っていないものの、もうすっかり氷も溶けてしまっている。
「え、あ、ど、どうぞ」
働かない頭で私はそれを轟くんに差し出すと、彼は刺さったままのストローに口をつけた。え、待って口をつけた? ちょっと待ってよそれって。
「これ、ちょっと味薄くねぇか?」
そりゃ氷溶けちゃったからねなんてツッコミもできない。自覚したあとにこれは破壊力抜群ってやつですよ。ああもうどんな顔して轟くんの顔見ればいいの! なんで私こんな乙女的思考してるの! ていうか私たち、これから一緒にそこそこ長い距離電車乗って帰るんだよね? ああ、もうほんと、やばい。