こんなに席替えで緊張しているのは私が今まで小学校から続けてきた席替え人生の中で初めてだと思う。すう、と息を吸って、ボックスの中から迷わずくじを引く。書かれた番号は11番。すぐさま黒板に視線を移し、11番を探す。目に移ったその番号は、ど真ん中の列の、一番前。つまり、教卓の目の前。最悪だ、教室人気ワースト1の席になってしまった。……いや、けれど問題はそこじゃない。せめて、せめて彼と、……轟くんと、近くの席だったら。席に戻って、先にくじを引いた轟くんに話しかける。

「轟くん何番?」
「9」

きゅうばん。言われてすぐさま探そうとすると、轟くんが黒板の一点をぴっと指さした。一番後ろの、一番端っこ。私と正反対の、人気ナンバーワンの席。物理的にも精神的にも、一番遠い場所だった。はあ、と心の中で大きなため息をつく。今みたいに隣の席なんて贅沢は言わないが、せめて斜め前とか、そういう場所にしてくれたっていいじゃないか神様。

「離れちゃうね」
「そーだな」

私の言葉に即座に返事をする彼は、私と違って何も思ってないんだろうなあと思う。当たり前なんだろうけど、その気持ちの違いにもため息をつきたくなった。
 思えば、この席で色んなことがあった。今となってはあの時の爆豪に感謝するしかない。きっと私は轟くんの隣の席にならなければ、彼を深く知ることはなかっただろうし、彼を好きになることもなかっただろう。……いや、それはわからないか。どっちにしろ、私は轟くんを好きになっていたかもしれないな。
 じゃあね、なんてあくまで適当に言葉を発してから、荷物を持って移動する。着いた自分の席は、なんというか、思った以上に教卓から近かった。隣は誰だろうと視線を向けると、どさりと勢いよく椅子に座る音。

「隣なまえちゃんじゃーん! よろしくねー!」

三奈ちゃんはそうしてかわいい笑顔を向けてくれた。あ、これは結構嬉しい。一方で相澤先生は思いっきり眉間にシワを寄せていた。「うるせえのが前に来た……」ってちょっと先生思いっきり聞こえてるよ。振り返れば、轟くんは口田くんの隣だった。なんかあの組み合わせかわいいな。遠くなってしまったのは残念だけど、気軽に話せる仲にはなったんだし、まあそんなに悲観することはないだろう。隣が三奈ちゃんなのも嬉しいしね!
 そうして席替えの興奮がだんだん収まってきて、ようやく教室内が静かになり始めたときだ。なんだか後ろの方がざわざわと再び騒ぎ始めていることに気づいた。不思議に思って振り返ろうとした。しかしその行動は未然に終わる。私の視線は、いつの間にやら三奈ちゃんの隣に立っていた轟くんに釘付けにされた。

「芦戸、悪ぃが席代わってくれ」

信じられない言葉に、思わずえ、と声が出る。なんで轟くん、あんないい席を手放してこっちに来るのとか、いやていうかわりと静かでクラス中の視線が集まってるのによくそんなこと言えるねすごいねとか、なんかもう頭の中はごちゃごちゃだ。三奈ちゃんはなんて言うんだろう。そう思って彼女に視線を移すと、三奈ちゃんは一瞬驚いた顔をしながらも、すぐににやにやと意地悪そうに笑った。

「いーけど、その理由を聞かせてもらわないと代わるわけにはいかないなー」

そんな三奈ちゃんは本当に楽しそうで、理由を尋ねつつも、その理由を既にわかっているようにも見えた。あえて、轟くんに言わせようとしているのだろうか。教室内が彼の言葉を待つように静まり返る。なんで相澤先生が何も言わないのかとちらりと見ると、先生はだるそうに、少し不機嫌そうに欠伸をしていた。一方で尋ねられた轟くんは一瞬怯みながらも、はっきりと、その言葉を口にしたのだ。

「みょうじの、隣がいいから」
「……へ!?」

突然出てきた自分の名前に、みっともない声をあげてしまった。なにそれ、どういうこと。それって、それって。

「しょーがないなあ。ま、なまえちゃんも轟と隣じゃなくなって寂しそうだもんね!」
「え、ちょ、三奈ちゃん!?」

何暴露してるのこの子! ていうかそんなに寂しそうになんかしてない! 三奈ちゃんはさっと荷物をまとめて、じゃあねなまえちゃん、なんてまるで一仕事終えたとでも言うように去っていく。代わりに、轟くんが今の今まで彼女が座っていた席にぽすりと腰掛けた。
 ……やばい。なに、どうしたらいいのこれ。相澤先生はようやく終わったとでも言うように話し始める。けどまあ相変わらず話の内容は入ってこない。ぐるぐると視線を動かしていると、荷物を片付け終えた轟くんとぴったり目が合った。

「と、轟くん」

とりあえず、小さく名前を呼ぶ。先程の三奈ちゃんの言葉についての言い訳はまだ思い浮かんでないけど、何か言わなきゃ。

「……意味」
「え?」
「俺がお前の隣の席がいい意味、わかるか」
「えっ、と」
「俺には、お前がそんな反応をする意味が……自惚れじゃなければ、わかってる」

そう言う彼は私から一切視線を逸らさない。私だって、逸らせない。轟くんのせいで、きっと私の顔は真っ赤だ。涙だって出そう。心臓の鼓動はひどくうるさくて、それこそ隣の彼に聞こえてしまうくらい。そんな私の「反応」の意味を、彼は知っていると言った。それって、つまり。

「ヒーロー殺しのとき、無事でよかったと泣いてくれたお前を、ずっと守っていきたいと思った」

あのとき。ぼろぼろになっていたみんなを……轟くんを見て、口から溢れ出た言葉。あの後触れられた彼の手の暖かさは、今でもよく覚えている。

「なまえ」

 名前を呼ばれる。下の名前を呼ばれたのは突然呼ばれたあの日以来だ。轟くんの声と、向けられる視線が、焼けそうなくらいあつくて、それがさらに私の体温を上昇させていく。自惚れじゃなければ、と彼は言った。そんな轟くんの顔は、いつもより赤みが差している。そんな、まさか。

「なまえが、好きだ」

まさか、が確信に変わる。

「わたし、も、すき」

たどたどしく、ゆっくりと言葉を紡ぐ。ふっと笑った轟くんの顔も、この世の全ての人が羨ましがるような魔法の言葉も、ぜんぶぜんぶ、夢じゃない。

「……教卓の目の前で公開告白してイチャつくとは、いい度胸じゃねえかバカップルども」

 しかしそんなふわふわした気持ちも、掛けられた一声ではっと我に返る。……本当に馬鹿だ。だって今ここは教室で、クラス全員がいて、教卓の目の前で、先生がいて。気づいた時には遅かった。次の瞬間、私たちは祝福と冷やかしの言葉を、クラス中から浴びせられるはめになる。

 

 私の隣の席の人は、少し変わっている。推薦で雄英に入ってきて、個性の強さ、使い方、何においてもピカイチ。幼い頃の暗い過去を乗り越えて、今、しっかりと前を見据えている。しかし意外と天然だったり、状況を読まずに告白なんかしてきたり。きっと、一番最初の席替えのときの私に言ったら、信じてくれないだろう。それでもいい。隣の席の焦凍が私の恋人であることは、夢じゃない。紛れもない、事実なのだから。