そして、今日がその日。つまり八月八日、の朝。例のバースデーボーイが教室に入ってくるなり、彼をわっと一斉に男女含めた何人ものクラスメイトが取り囲んだ。途端に聞こえる、大袈裟とも思えるくらいのおめでとうの嵐と、押し付けられるプレゼントの数々。散々もみくちゃにされた彼がようやく開放されたのはチャイムが鳴ってからで、私の斜め間の席についた東堂は「人気者は辛いな」といやに腹が立つ発言を嬉しそうに言いのけた。
さて、ここまで傍観を決めている私だが、決して彼の誕生日を蔑ろに思っている訳では無い。むしろ友達の誕生日だ、なんだかいい感じのプレゼントを渡したいとさえ思う。だからこそ、私は今日プレゼントを持ってきていなかった。いや、まだ買っていないといったほうが正しいだろう。繰り返すが彼は人気者だ。よってもらうプレゼントの数も多い。カチューシャやタオルなど、ありふれた雑貨じゃ確実に被ってしまうのだ。つまり、私は単純にオンリーワンなプレゼントをあげたいというわけ。別に彼女でも何でもないけれど、そういうことにはなぜだか昔からこだわるタイプだ。東堂の友達の中で最高のプレゼントの格付けがほしい。そんなことを思ってプレゼントを選んでいたらあっという間に当日になってしまったというわけだった。
「みょうじ」
放課後のことだった。帰宅部な私はさっさと帰ろうと準備をしていたとき、とっくに部活に行ったと思っていた東堂が声をかけてきた。
「お前、なんか忘れてないか」
「何を」
忘れ物なんかしてたっけ。そう思って机の中を漁ってみるが、置き勉している教科書以外めぼしい物はない。何を、ともう一回聞いてみようと東堂を見ると、彼はその綺麗な顔を歪ませてさぞ不機嫌そうに呟いた。
「プレゼント」
「うわ今更ながら図々しい」
そんな低い声を出せば、図々しいとはなんだ! と突然叫ばれる。うるさい。こいつが図々しいのは今に始まったことじゃないけど、まさか直接私に強請ってくるとは思わなかった。もうあげるのやめてしまおうかとも一瞬思ったが、それだったらじゃあ今まで私がプレゼント選びに費やしてきた時間を返せという話だ。やはりあげるに越したことはないだろう。
「今選んでんの。選んでる最中なの。だからもう少し待ってて」
「ならん」
「は?」
「俺は今日! お前からプレゼントが欲しいんだ!」
なんだそれ。どういう意味だ。ていうかわがままにも程があるだろう。選んでると言っているのに待てないなんて本当に面倒臭い。
「んなこと言っても今なんにもないし……」
まるで小さな子どものようなわがままになんて対応できるわけがない。とりあえず今日は適当コンビニでジュースでも買ってプレゼント代わりにしようかな。絶対納得しなさそうだけど、無理矢理納得させて帰っちゃえばいいか。そう思って東堂を置いてコンビニに向かおうとしたとき、ふとあることを思い出した。そういえば、確かバッグの中に。
私は背負っていたリュックを降ろして、お目当てのものを探す。やがてノートに埋もれて出てきたクリアファイルから、二枚の紙を取り出した。うん、とりあえずこれでいいや。ジュース代も浮くし。怪訝そうに見つめる東堂に、私はその紙をはい、と差し出した。
「これ、友達にもらった遊園地の割引券。二枚ともあげる」
私は行く人もいないし、誰かと行ってきなよ。そう付け足して今度は家に帰ろうとくるりと振り返った。その瞬間。
「みょうじ!」
最初に声をかけてきた時よりも大きい、けれどとてつもなく嬉しそうな声で、また名前を呼ばれた。そうしてそれと同時に手を掴まれる。なに、どうしたの。あまりに突然のことに驚いたが、次の彼の発言により私はさらに驚くことになる。
「これ! 誰と行ってもいいんだよな?」
「も、もちろん。だっていま東堂にあげたものだし」
「なら、お前と一緒に行ってもいいかっ?」
「え」
なんで、と問いそうになった声をぐっと堪える。空気の読めない私でも、それは聞かなくてもいいことだってわかる。それに私は東堂と行く理由こそないが、友達である東堂からの誘いを断る理由もないからだ。
「……いいよ」
手を繋がれたままそう言えば、握られた手がさらにぎゅっと強くなった。
「ありがとう! 最高の誕生日プレゼントだ!」
そうして思わずかわいいと思ってしまうくらいの満面の笑みでそんなことを言われてしまう。どうやら私は思わぬ感じでオンリーワンで最高のプレゼントの称号を手に入れてしまったらしい。けれどさすがにこんなんでいいのかな、と戸惑ってしまう。やっぱり今度ちゃんとしたものを用意しよう。そう思いながらも、温かい東堂の手と嬉しそうな笑顔に、なんだか私も嬉しくて、気がついた時には無意識に楽しみだね、と呟いていた。