「ユキはさあ、女の子との憧れのシチュエーションとかある?」
「お前は急に何を言い出すんだ」

 部活が終わったあと。くっちゃべりたいがために鍵締めを申し出た私は、部室でお菓子をつまみながら同じくくっちゃべり仲間のユキに尋ねた。部活やクラスの話題からの急な話題転換。しかもなんともいえない絶妙な話題のチョイスに、ユキは顔をしかめる。
 しかしそんなことを気にすることもなく、私は続けた。

「ほら、よくあるじゃん。ひざ枕ーとか」
「ハア? んなもんねーよ」
「ええー夢がないな! 健全な男子高校生だったら普通は何かあるでしょうに! 例えば誰もいない教室内でセッいった!!」

言いかけた瞬間、ユキにバシッと思いっきり頭を叩かれる。痛い。痛すぎる。あいつ絶対本気の力で叩きやがった。じんじんと頭に響く痛みを手で抑えながら、私は鋭くユキを睨みつけた。

「何すんのよ!」
「お前が変なこと言おうとするからだろうが!」
「ひっど! てか普通女の子には叩くにしてももっと力弱めてやるでしょ痛すぎなんですけど!」
「は? どこに女の子がいるって? オレには不健全なウルセエ野郎しか見えねえけどな」
「ここに! いるでしょ!! 華の女子高生が!!」

 いつの間にか椅子から立ち上がっていた私たちはぎゃーぎゃーと騒ぎ立てる。ああもう、誰がこのハコガクチャリ部の「女子」マネージャーの座に君臨してると思ってるんだ! 別に可愛らしい女子扱いしてくれなんて言わないけど、(そんなの私が反吐が出そうだ)そんな言い方はあんまりだろう!
 ユキと向かい合ってお互い睨み合う。私に比べてユキが余裕そうなのがなんだか癪に障る。また何か言ってやろうと口を開いたその時。

「はいストップ」

 突然私たちの間に割り込んで、塔一郎は大きくため息をついた。ずっと近くで様子を見ていた彼は、見かねて仲裁に来たのだろう。そうされるとなんだか馬鹿らしくなってきて、私は頬を膨らませながら目を逸らした。

「君たちは本当によく喧嘩をするね」
「…私悪くないもん」
「あーくそ馬鹿らしい」
「はいはい」

 私とユキは度々このようなくだらない言い争いをする。そう、自分でもくだらないとわかっているのだ。それでもついつい口が出てしまうのは、私も彼も、きっとまだ子供だからなのだろう。

「ねえじゃあさあ、塔一郎はなんかある? 憧れのシチュエーション」

 だいぶ落ち着いたトーンでそう尋ねると、彼はまさか自分にその話題が振られると思っていなかったのか、えっ、と驚きの声を漏らした。うーんとしばらく考えるような動作をして、それから小さく首を横に振った。

「ボクもそういうのないな」
「あーだよねえ。塔一郎はそういうタイプだよねえ。それもいいと思うよ」
「おいオレの時と反応がちげぇんだけど」

こめかみにシワを寄せるユキからつんと目を逸らす。塔一郎はまあまあ。と苦笑いを浮かべながら言った。

「でもそういうのって普通女子が結構あるもんじゃないかい?」

そうして私を見る。…あ、これはまさか、塔一郎はユキと違って私を女子扱いしてくれているということか! ユキと違って! そのあとにまあ、と何か言いかけて目を逸らしたことは見逃してやろう塔一郎!
 私はふ、と鼻で笑うと、まるでどこぞのカチューシャ先輩のように二人にむけてビシッと指を指した。

「私は持ってない!」
「いやここまで言っておいてねーのかよ!」

きっとこの無駄に得意気な言い方とかそっくりだろう我ながらモノマネ女王にでもなれるんじゃないかという素晴らしいクオリティの発言にユキは大声でツッコんでくれた。
 私も散々言っておきながら、生憎そんなものは持ち合わせていない。だって中学は部活に夢中だったし、高一からこいつらとずっとバカやり続けながらマネをしてるのだ。そもそも恋愛なんてする暇もないし、そんなシチュエーション考えてるくらいなら他校の選手のデータを取っている。結局私も彼らも特に変わらないのだ。

「ああでも、クラスの子たちが前なんか騒いでたの聞いたよ」

 ふと思い出して告げる。この間クラスの女の子グループが似たような話題で盛り上がっていた。私は別段あの子達と仲がいいわけでもなく、ただ大声で話す彼女達の声が嫌というほど耳に入ってきただけだけど。
甘甘なシチュエーションをきゃいきゃいと甲高い声で話す彼女らのなかで、一番同意をされていたのが、

「壁ドンだって」 

一回でいいからやってみたいよねなんて騒いでいた彼女達をぼうっと思い出す。ユキは納得したようにああ、と声を上げて、女子はそういうの好きそうだもんな、と呟いた。
 けれど私はそんな少女漫画チックなものに全く魅力を見い出せない。というかそもそも壁ドンという言葉が気に食わないのだ。

「ていうかさ、壁ドンってもともとの意味違うんだよ! そもそもアパートとかで隣人がうるさいときにその壁をうるせえよという意味で叩いてやるという」
「お前の雑学はもうわかったよ」
「ひどい最後まで聞いてよ」

 また軽い言い争いに発展しようとするが、そんな不毛なものをいくら続けても仕方が無いともうわかっている為、はあ、とため息を吐いて気持ちを押しとどめる。
 一方で塔一郎はそんな私たちをきょとんと見つめていた。恐らく彼のことだ。壁ドン知らない? そう尋ねると、彼はこくりと小さく頷いた。

「ね、じゃあさ、塔一郎こっちきて」

 ちょいちょい、と彼を手招きしながら、私も自ら移動する。塔一郎は不思議そうにしながらも従ってくれた。そうして彼を壁と私の間に立たせて、私と向かい合わせる。彼は本当に何も知らないのだろう、まるで訳が分からないというように頭にクエスチョンマークを浮かべていた。

「塔一郎」

 私はどん、と勢いよくに壁に左手をつき、塔一郎の顔を覗き込んだ。

「これが壁ドン。どう?」

さて、彼はこれからどんな反応をするだろう。慌てるだろうか、それとも逃げ出すだろうか。いずれにしても面白い反応を期待して、私は自然と釣りあがる口元を自重することもできない。にやにやしている私の表情は、さぞうざったらしいんだろうなあなんて客観的に自分を見る。

 しかし次に彼がとった行動は全く予想外のものだった。塔一郎はまっすぐ伸びた私の左腕を掴み、それを難なく持ち上げると、今度は私の右肩を押す。くるりと身体の向きを反転させられた私は一瞬で塔一郎と立ち位置が変わってしまった。
 そうして今度は塔一郎の左手がどん、と壁に付かれて私の顔の真横に来る。ぐい、と一気に顔の距離を縮められて、私は驚きやら何やらで声を出すことすらできなかった。

「ごめん、さっきの話、憧れのシチュエーションあったみたいだ」
「…なに」

息がかかりそうなほどの近さに、びくりと身体が固まる。段々と顔が熱くなっていくのを感じて、思わず顔を横に向けた。しかし空いていた彼の右手に軽く顎を捕まれ、正面に向き直させる。目が合って、さらに体温が上昇するのを感じた。

「こうしてなまえを照れさせることかな」

 そうして挑戦的に笑う彼に、私は小さな声でくそ、と反論にもなっていない言葉を吐くことしかできなかった。
 向こう側で呆れたようにこちらを見るユキの視線すら熱を高める材料になる。

「どう?」

 そんなこと聞かれても、なにか言うことなんて出来ない。どうも何も、こっちは心臓の速まる鼓動を押さえつけることで精一杯だ。けれど少し、ほんの少しだけ、壁ドンもいいかななんて思ってしまったのは内緒にしておこう。



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>柳葉魚さん