「そういえば、今日は購買のセール日らしいね」

 お弁当の包みを広げながら、友人はそう言った。クラスに人がほとんどいないのはそのせいか、と納得しながら、私もバッグからお弁当を取り出す。
 箱根学園の購買部は年に一度の大セールを行う。安くなるものは主に飲食物で、定番のパンや飲み物、お菓子などその種類も様々だ。二割引からなんと半額になるものもあって、その太っ腹な割引率に飛び付く人は大勢いた。
かと言って誰しもがそうというわけではない。現に私がそうなのだから。私は去年も一昨年もセールには行かなかったが、噂によると物凄い人、物凄い競争率で、商品を引っつかみ合い奪い合う、なんともバイオレンスな戦場らしい。手にしてもレジに持っていくまでもが色々大変だそうだ。
去年ぼろぼろになってようやく一つのパンを手にして教室に帰ってきた友人を思い出す。私はそこまでして安さを求めなくていいかなあ。
 
 今はまだ昼休みが始まったばかりだし、みんな購買へダッシュしてるころだなあなんて思いながら、私はお弁当の蓋を開けようとした。
 その時、どたどたと騒がしく聞こえてきた複数人の足音に、私は顔を歪める。ああもううるさいな、もうちょっと大人しく走ってくれよこちとら食事タイムなんだよ。今日のおかずは楽しみにしてた甘い卵焼きと、煮浸しと…。
 しかしその時、背後から突然誰かに腕を掴まれ、考えはそこで強制終了させられた。

「…は?」
「悪いけど、この子ちょっと借りるぜ」 

 聞き覚えのある声。隼人、と名を呼ぶ間もなく、彼は私を無理やり立ち上がらせた。友人は何かを察したのか、へらへら笑いながら頑張ってなどとのたまっている。とりあえず隼人と話そうと振り返ろうとした瞬間、身体がふわりと宙に浮く感じがした。
なにこれ、どうなってるの。頭で理解する前に、隼人は私を持ち上げたまま急いで教室を出た。

 教室を出るといつものチャリ部四人組がいて、隼人が合流した途端に四人一斉に走り出した。ああこの方向は…。行き先をなんとなく理解したものの、何故私が隼人に持ち上げられてるかわからないし、そもそもなんでこんなことになっているかわからない。ていうか女の子を持つには普通お姫様抱っこでしょ! なんで捕らえられた熊みたいに担がれてんの!

「なまえチャン、そうやって担がれてると熊みたいだネ」
「靖友うるっさい!」
「お前も相当だぞ」

福ちゃんにツッコまれて一瞬押し黙るが、いやこれは騒がずにいられないでしょ! ていうかやっぱり私は熊か! 熊なのか!

「まあたしかに普通女子を持ち上げるのはお姫様抱っこだと思うがな!」
「うわあなんか尽八と同じ思考だったのが腹立つわでも正論だわ! ていうか隼人降ろしておろして! これめちゃくちゃ恥ずかしいんだけど!」

 周りから感じる視線に、どっと顔が熱くなる。これなんて羞恥プレイだ。ただでさえこの四人が揃っていると目立ちまくるのに、私を担いで校内ダッシュなんてそりゃ好奇の目で見られるに決まってる。
 それはどういう意味だなんて先ほどの言葉に対して騒ぐ尽八をよそに、返事のない隼人をちらりと見ると、彼は私に向かってお得意のウインクをしてから再び正面に向き直った。
…いや降ろしてよ! そんなんじゃ誤魔化せないよ!

 しばらくして私の足が地についたのはたくさんの生徒が集まっている廊下のど真ん中だった。ざっと見た数100人以上はいるだろうか。あれ、てっきり購買に行くと思ったんだけど…。しかしこの周りの生徒のぎらぎらした目つきや雰囲気は、まさに出撃前のそれそのものだ。

「ねえ、これセールの為に集まった人たちだよね? なんでこんなとこにいるの? いやそれ以前になんで私連れてこられてんの? なんかもう訳わかんないんだけどどういう」
「質問ばっかのガキかオメェは! つーか今までセール行ったことねェのかヨ」

言葉を遮られたことに多少怒りを覚えながら、その問いにこくりと頷くと靖友はまるで信じられないというような顔をしてから小さく舌打ちをした。全く悪いことをしていないのに何故だか責められている気分になった。

「確かにこれはセール目的の集団だ。商品を手にする競争率も物凄く高い。だからみんなチャイムが鳴った瞬間に走り出すのだが、そうすると教室の遠い人が不利だろう? だからこうしてあそこにスタートラインが設けられたのだ」

 尽八が指さす方を見ると、前の集団がある一線で止まっている。いやあれスタートラインっていうかただの昇降階段と壁の境目じゃん。ていうかなんだそのどうでもいい理由は。こいつらはどんだけセールに命かけてんだ。

「…まるでレースみたいだね」

 果てしなくくだらないと思いながらとりあえずそう述べると、そうだ、と隼人はいつの間にか取り出したのかパワーバーを咥えながら言った。

「レースみたいなもんさ。このセールは、混雑を緩和するために、校内全体を通して廊下にワゴンが置かれている。購買部室じゃ人が入り切らないからな。そしてそれは商品のジャンルごとに区別されてるんだ。
まず最初にあるのは調理パンエリア。次にあるのが菓子パンエリアだ。その次が飲み物、菓子系統で、最後にそれを持って購買部室のレジで会計したらゴールだ」
「いやもうなんかツッコミどころ多すぎて意味わかんないんだけど。ていうかなんで私が連れてこられなきゃいけないの」

 連れてこられる動機はないはずだ。多分。それよりそんなセール聞いたことないぞ! 友人たちは毎年こんな過酷なことをやってのけていたのか!
脳裏に思い浮かぶ彼女達にもんもんと尊敬の念を送っていると、福ちゃんが突然ぽん、と私の肩を叩いた。

「最後のセールレースだからな。今まで俺達四人で商品を勝ち取ってきたが、今年はマネージャーのお前にもいて欲しいんだ」
「いやなんかいいこと言ってくれてるっぽいけどおかしいからね!? セールレースってなんだよなんか響きいいな!」

けれど私の混乱する思考と裏腹に四人の目は真剣そのものだった。…仕方ない、ここまで来ちゃった、というか連れてこられたんだし、協力してやるか…。

「わかったよ。手伝ってあげる。で、私は何をすればいいの?」
「お前はただ付いてきてくれればいい」

 予想外の返事に私はえ? と言葉を漏らす。それじゃあ手伝うというか一緒にいる意味無いよね。どういうことなの、そう言う前に、今度は尽八に肩をぽん、と叩かれた。訳が分からない。
 その時、周りの生徒がざわつき始めた。どうやらスタート時間一分前らしい。すると福ちゃんが私達四人に向かって大きく叫んだ。

「今日のオーダーだ。新開は最初の調理パンエリアを制覇。東堂は次の菓子パンエリアだ。俺は最後の飲み物、菓子エリアを制覇する。そして今日のエースはお前だ荒北! 俺達が勝ち取った商品を持ってレジへ届けろ!」
「オーダーまであるんだほんと徹底してるね!? ていうか靖友がエース? 福ちゃんじゃないの?」
「最悪の事態を想定してのことだ」
「購買の買い物で何が起きるっていうのさ…」
「きっとすぐにわかるさ。…狙ってるのは、俺達だけじゃないってことだよ」

私たちだけじゃない? 当たり前だろう。見渡す限り周りは人だらけなのだから。なんだろう、何が起きるかもしれないというのだろう。彼らの目に見えているものは、いつも私にはわからない。
 さあ、スタートだ。隼人の言葉と同時に、集団が一斉に動き始めた。謎を残したまま、私は隼人に手を引っ張られながら必死にみんなについて行くことに専念することにほかならなかった。
 そうして戦いの火蓋は切って落とされたのだ。

 しかしなんて早く走るんだ! 手を引っ張られながらひたすら足を動かす私は、もつれそうになる足をなんとか踏ん張る。もともと私はそんなに運動が得意じゃない。女子の中でも速いとはいえないほうなのに、男子のスピードなんてついていけるわけがないのだ。
いつの間にか私たち五人は集団の先頭にきていて、後ろを引き離していた。なんてこった、こいつらは自転車がなくても速いのか!
開始直後だというのにぜえぜえと息が切れる。ああもう、自分の体力のなさが嫌になる。引っ張られる手が痛いなんて文句も言えやしない。

「なまえ、大丈夫か? 興奮しすぎだぞ新開」

走りながら話しかけてくれた尽八の問いに首を横に振る。ハッとして振り返った隼人は申し訳なさそうに悪ィ、とぴんと張られた手を緩めた。

「でもさ、わかるだろ? 来てるぞ、…あいつらが」

 瞬間吹いた、背後からの鋭い風。よく知っている、あいつらの雰囲気。そうか、来ることをみんなわかってたんだね。

「やっぱりいましたね、新開さん!」
「おー泉田、来ると思ってたよ」
「ケッ二年ボーズが」
「そんなこと言ってられるのも今のうちですよ、荒北さん」
「遅かったな、葦木場」
「いや、ちょっと後ろが詰まってて…」

自転車競技部次期レギュラーの二年生。だからこんなに四人とも熱くなってるんだなあなんてのんびり考えていたとき、

「悪いなまえ、離すぞ!」
「え? っちょ!」

 隼人から発せられた言葉を理解する前に、離された右手の感触。そんな急に対処できるわけがない運動音痴の私は、慣性の法則で前につんのめりそうになった身体をなんとか尽八に支えてもらって体勢を立て直した。そうひて今度は彼が私の手を握る。
いきなり何を、そう抗議しようとした口は、顔を上げた瞬間に硬直した。
 隼人と泉田を纏うぴりぴりした空気。ああ、この感じ、何度か体験したことある。

「…こんなとこまでレース再現しなくてもいいんじゃないの」

ぼそりと呟くと、福ちゃんはいつもと全く変わらない声色で言った。

「仕方ないだろう。自転車乗りの性というやつだ」

それはそれは、めんどくさい性ですねと思いながら呆れるように笑う。しかし、それが彼ら。それでこそ彼らなのだろう。やっぱり私も彼らと同じバカらしい。

「アンディ、フランク! いきます! 意地でもコロッケパンは死守しますよ! アブゥ!」
「新開ー! 焼きそばパンはしっかり取ってくるのだぞ!」
「心配いらねーよ尽八。箱根学園の廊下にも鬼が出るって噂…知ってるだろ?」

 数メートル先の調理パン売り場を見据えて、隼人と泉田は一斉に飛び出した。本当のレースじゃないから、目的はきっと先に売り場にたどり着くというよりも、商品を沢山手に入れるというところだろうか。いや、それでも猛スピードの二人は売り場への一番を狙っているのだろう。
いやそれにしてもどんだけ本気出すんだよ!! 泉田はコロッケパン好きなのか! 尽八はなんで焼きそばパン!? 炭水化物だからなの!?
ただ、この廊下はそんなに距離があるわけでもない。あっという間に二人は売り場にたどり着いた。どちらが先なのかは…見えなかった。あとで聞いてみよう。

 両脇いっぱいにパンを抱えた二人と合流する。これからあれを抱えて走るのか、大変だなあ。しかしそんな私の考えもあっという間に次の光景によってかき消されることになった。なんと隼人は福ちゃんと靖友に、泉田は葦木場一人に全てのパンを託したのだ。
そしてそのまま私達は走り続けた。今戦った二人を、その場に残して。

「あとは頼んだぜ…」
「任せましたよ…」

背後からそんな二人の声が聞こえて、私は思わず振り返る。落ちたというのか。二人はこのパン戦争に全力を尽くして、勝ち取ったもの全てを仲間に託したのだ。けど私には託してくれなかった。
私はキッと前を見据えた。他のみんなも、パンを持って前を見ていた。ちなみに抱えられたパンを見る限り、焼きそばパンは一つもなかった。

 私は前を走る尽八を見る。彼もパンを渡されなかった。ただ、きっと彼が今パンを持っていないのは恐らく、

「じゃあお先失礼しますね、東堂さん」

これからの勝負の為だろう。黒田は全く悪いと思っていないだろう顔で私たちの横をすり抜けていった。きっと、これから尽八も勝負に出るのだろう。
 私は自ら繋がれた手を離す。すると尽八は驚いたのか、すぐさま振り返った。へへん、私だって学ぶんだぞ。さっきみたいに慣性の法則にやられてたまるか。
すぐさま空いた私の手を掴んでくれた福ちゃんにありがと、とお礼を言うと、私は再び尽八を見て言った。

「いっぱい取ってこなきゃ許さないからね。私ミルクパンがいい」
「…任せろ、俺を誰だと思っている?」

にやりと不敵な笑いを浮かべた。そしてすう、と大きく深呼吸をすると、それは静かに、私たちの中から飛び出した。

「俺は自転車がなくても音もなく加速する。走ることにも動きにロスがないからだ。疲れた敵は気づかない。気づいたときは…俺は彼方だ!」

 隼人といい、尽八といい、どうやら彼らの足で走ることは自転車に乗っている走りが通用するらしい。あっという間に黒田を追い抜かした尽八は、ひと足早く菓子パン売り場につき、パンを手に取り始めた。黒田も遅れて到着したが、明らかに尽八の圧勝だった。
けれど、なんだか引っかかる節がある。黒田はスポーツ万能で足も速いはずだ。いくら尽八のスリーピングランニングとはいえ、ここまで差がつくものなのだろうか。

 私たちが菓子パン売り場に近づいた時、二人は先ほどの隼人や泉田のように勝ち取ったパンをそれぞれ靖友と葦木場に渡した…というか投げた。相変わらず私には渡されなかった。どういうことだ。手伝うよ、と告げても靖友には舌打ちされるし。
 なんか信用されてないみたいで嫌だなあ。尽八と合流…というのは間違いだろう。落ちる彼の横を抜けた瞬間、彼は小さく呟いた。

「なまえ、頑張れよ」

 何を、そう聞き返す間もなく尽八の姿は遠くなっていった。頑張れ、というのは走ることだろうか。そういえば走り始めた当初よりなぜか身体は辛くない。慣れてきたのか? そんなことがあるかわからないけど、とにかくマシになるならなんだっていい!

 最後に自転車競技部以外の人間を見たのはいつだろうか。勝負は完全に私たち三年と二年と一騎打ちになっていた。残っているのは私と福ちゃんと靖友、そして葦木場だけだ。
お菓子飲み物エリアで戦うのは福ちゃんと葦木場になるだろう。私は福ちゃんと繋いでいた手を離す。もう引っ張られなくても走れるようになっていた。我ながら自分の適応力の高さにびっくりした。

「葦木場、お前はその大量のパンを抱えて勝負に出るつもりか。俺は強いぞ」
「問題ないです。俺、人より抱え込めるんで」

 そうして飛び出した二人を目で追う。さすが福ちゃんは速い。王者の主将なだけあって普段からの体力づくりが生かせれているのだろう。かと言って葦木場も負けず劣らずに、その長い身体を活かして大股で走りを進める。しかしよくあれで抱えたパン落ちないな。
 ここからお菓子エリアまでそう距離はない。かくして二人は売り場にたどり着いた。先に着いたのは…葦木場だったろうか。
 私達も徐々に二人に近づく。なんとなくだが二人の会話が聞こえる。

「お前はさらにこのまま一人でレジに行こうというのか」
「…一人じゃ、ないですよ」

 信じられないような彼の発言に、私は思わず後ろを振り返る。私たちを追う、一人の見知った姿。そんな、彼は菓子パンエリアで戦ったはずなのに。

「…黒田!?」

 驚異のスピードで追いかけてきた黒田は、私と靖友が福ちゃんと合流すると同時に、葦木場と合流した。そうか、彼が尽八よりやたら遅かったのは、ここで追いつく為に体力を温存していたからなのか!

「遅かったね、ユキちゃん」
「ちょっと色々あってな。パンは落としてないな? よし、こっからが届け屋黒田の本領発揮だぜ!」

 運ぶのは人じゃなくてパンかよ! というツッコミすら頭に浮かばなかった。
葦木場は持っていた商品を黒田に渡すと、そのまま黒田と共に最後のゴール、レジへ向かう。一人が会計係で一人が荷物係だ、そうすれば負担は格段に減る。当たり前のことなのに、彼らに洗脳され完全にレースだと思い込んでしまっていた私は自らを呪った。二年の作戦なんてもんじゃない。複数人でレジに行くなんて行動、世の中では常識なのだ。

「荒北!」
「わかってるつーの! つーかベプシ少ねェよ福ちゃん!」

福ちゃんから商品を渡されながら、靖友は悠長に文句を垂らした。いやそもそもこの走りの振動でベプシなんか開けた瞬間破裂するんじゃ、と言うツッコミよりも、私の頭は前の二年二人でいっぱいになっていた。このままでは確実にレジでの会計が二番手になってしまう。いや、それでも構わないのだが、彼らは今まで一番を目指してきたはずなのだ。

「なまえ、…任せたぞ」

悶々とした私の背中を、福ちゃんはどん、と力強く叩いた。任されるのは靖友じゃ、そう思う間もなく靖友に声をかけられ、私は彼に着いていくことに専念した。
 なんとか二人に追いつく。さすが靖友の足の速さは褒められたものだ。野球をしていただけはある。しかしここからが最終局面。靖友は既に疲弊していて、足を温存していた黒田とは勝負するのすら辛いだろう。しかしそんな状況にも関わらず彼は煽るように二人に叫んだ。

「それで出し抜いたつもりかよ二年共ォ!」
「出し抜いてるはず、いや、出し抜きました。俺達の勝利は確定したようなものです」
「ハッ! わかってネェ…全然わかってネェ! やっぱお前はまだまだ甘チャンだな、黒田ァ!」

その途端、靖友は持っていた商品全てを私に渡した、いや、押し付けた。咄嗟のことで驚きながらも、なんとか落とさないようにバランスを取る。ていうかなんでここで私に渡すの!? どういうことなの! 葦木場と黒田も驚いたように私を見ている。一番驚いているの私なんですけどね!

「コイツがただのお守りとでも思ったかァ? フクちゃんは最初にこう言ったさ。もしも何かアクシデントがあれば、荒北、お前はエースアシストとして、エースのなまえを発射させろってな!」
「ま、待って靖友私聞いてない!」
「走れなまえチャァン! 俺達の勝ち取ったものを手にレジへと繋げ!!」
「なんだそれええええええええ!!!!!」

 先ほどの福ちゃんに押しより遥かに力強く背中を押され、私は訳がわからないまま走り出した。レジまでほんのあと数メートル。こんなぎりぎりのところで勝負に出たのは、私の足が遅いのを見越してだろうか。
 始まる前にフクちゃんが言っていた最悪の事態ってのは、黒田が追いかけてきた「予想外の展開」だったのだ。そこで私を出してもいいように、今まで戦わず、商品すら渡されず、ただ見守るという役割に徹していた私はまだ戦えるってか。ああもう、だから私は運動得意じゃないっての!
尽八の頑張れが脳内にリピートする。頑張れも何も、意味わかんないけどここまできたら頑張るしかないでしょ!
私は決意を固めると、背後を気にする余裕すらないくらいに全力で走り出した。

 目の前でにこにこと勾配のおばちゃんが笑っている。私は持っていた商品全てをレジ台に置いて、はあ、と大きく息を吐いた。
見事一番を手に入れた。自分でも訳が分からない感動に包まれながらも、おばちゃんはそんなこと気にする様子もなくひたすらに商品の値段を電卓で計算している。
 そんな光景を見て、私はふと思い出した。あれ、そういえば私、

「あれー先輩じゃないですか」

 その聞き覚えのある声に、私は救いを見た。なんで彼がここにいるのか、どうせ四限昼寝しててサボってて、今起きて教室に戻ろうとしたとかそんなとこだろう。いやそんなことはどうでもいい!

「真波! ごめんお金貸して!」

 パン! と両手を叩く。後輩にこんなこと言うなんて我ながら情けなくて涙が出そうだが、ここまで必死にやってきたことを無駄にはしたくない。
真波はそんな私を見て驚いたように目を見開いたが、んー、と考えるようにしたあと、いつものようにあざとく笑った。

「いいですよ。でもその代わり、今日の部活サボらせてくだしい。今日すごく天気がいいから、一人で山登りたいんですよ」

ああそうだ、真波山岳はこういう男だった。堂々とサボらせてくださいなんて頼むやつ他に見たことないぞ。
けれど、出された交渉に私は頭を捻る。ぶっちゃけ、買えなきゃみんなに何言われるかわからない。でも、後輩のサボリを許可するなんてこと、先輩が…マネージャーが、許していいことなのだろうか。
…いいわけない。良いわけがない!

「…サボリはだめ。許可しません」
「ええー先輩のけち。じゃあお金貸しません」
「ああもうそれでいいよ、ありがと真波」

終わった。すべてが終わった。
その時、あの、と背後から声がかかる。いつの間に来ていたのだろうか。そこには葦木場と黒田が私をじっと見て立っていた。私はそんな二人の前に手に持っていた商品を差し出す。だって私は買えないから。

「泉田にも言っといてね。葦木場、黒田。…私達、箱学自転車競技部三年の積んだこのパンたちを…頼んだよ」

そう告げると二人は何か噛み締めたようにそれらを見ながら、私の差し出した商品を手に取って力強く頷いた。

*

「で、結局買えなかったのか」
「ごめんなさい」

昼休みが終了する間際に四人に取り囲まれるように私は座っていた。だってしょうがないじゃん。お金なかったんだから!

「そこは真波に金を借りるべきだったな!」
「いやおかしいでしょパンのためならサボリ許可すんのかあんたらは! だいたいみんなが私にお金渡してなかったからでしょうが!」
「お前が持ってると思うだろ」
「理由も知らず強制連行された私がお財布を持ってるとでも!?」
「ウルセーよ! クッソ、俺のベプシがッ!」
「あーもう! 私だって! ミルクパン食べたかったんだからね!」

 叫びも虚しく、昼休み終了を告げるチャイムが鳴る。今から教室へ走っても五限には間に合わないだろう。はあ、と大きなため息が漏れる。
こうして私たちのパン戦争は終わりを告げたのだった。