五つ並べた机の上に、無造作に教科書やノートを広げてからどのくらい経っただろうか。かちこちと主張するような時計の音と、心地いいシャープペンの音だけが教室内に響く。いつもよく聞こえるはずの放課後特有の運動部の掛け声や吹奏楽部の楽器の音は一切聞こえない。普段この時間は自転車を乗り回しているはずの彼らも、今日はひたすらプリントや教科書とにらめっこしていて、改めてテスト前だということを感じさせられた。

「あークソ! やってらんねー!」

 そんな中、突然雄叫びを上げて頭を掻き鳴らした荒北くんに、全員の視線が集まる。彼は持っていたシャープペンを乱暴に机の上に叩きつけて、そのイライラを物にぶつけた。

「そんなことしても仕方ないぞ、荒北」
「けどよォ福チャン! イライラすんだよ! なんでこんなことしなきゃいけねーんだヨ!」
「文句を言うな荒北。学生である以上勉強はしなければならんし、大切なものなんだぞ」

東堂くんが手に持ったシャープペンをびしっと荒北くんに向ける。しかし先端恐怖症の人間だったら震えてしまうだろうその行動も、荒北くんにとっては余計イライラを増加させるだけのようだ。
 そんな彼らのやり取りを見て、私も机にシャープペンを置く。今日ノートに書いた部分は数ページにも及んでいて、中指にはぷっくりとペンだこができていた。

「でも、確かに疲れたし、飽きちゃったよね」

勉強は得意じゃないし好きなわけでもない。やらなければテストが散々になって部活に影響を与えてしまうことなどわかっているが、さすがにぶっ続けは集中力が持たないのだ。それに同意したのか、休憩にするか、と福富くんが呟くと、東堂くんも静かにペンを置いた。一方で隼人くんは待ってましたと言わんばかりに、自分のカバンの中を漁る。なにか探しているのだろうか。
やがて目当てのものが見つかったのか、隼人くんはそれらをばらばらと机の上に並べた。

「…割りばし?」

 袋にも何も入っていない丸裸の五本の割りばし。よく見ると先端には一から五までの番号が書かれていて、それは席替えなどでよく見る、所謂割りばしくじというやつだった。一体なぜこんなものを取り出したのか、そもそもなぜこんなものを持っているのか。そんな疑問を察したのか察していないのか、隼人くんはにっと笑って言った。

「昨日テレビでやってるの見てさ、久々にやりたくなってわざわざこれ作ってきたんだぜ」
「ハア? 何すんだヨ」
「決まってんだろ、王様ゲームだ」

 隼人くんは自らの手の中に番号の書かれた方の割り箸の先を入れ、ずずいとそれを私たちに向けて差し出す。きっと彼はこの休憩タイムにやろうと、初めから目論んでいたのだろう。私は誰もとろうとしないその棒をひょい、と抜いた。

「何、みょうじチャンやるのォ?」
「うん、なんか楽しそうだし」

するとひこうか引くまいか悩んでいた東堂くんも割り箸を手に取る。続いて福富くんもくじを引いたのを見て、荒北くんも嫌そうにくじを引いた。最後に残った一本は未だ隼人くんの手の中。その余り物が彼に与えられたのだ。
 そうしてまるでみんなでタイミングを合わせたように、一斉にみんなで自分の番号を見る。私は五番。そう確認した瞬間、あ、と声が上がった。

「オレ王様だわ」

荒北くんが王冠マークの書かれた割り箸をひらひらと見せる。正直あまりいい予感はしない。
 荒北くんはきっと最初から命令を考えていたのだろう、考える様子もなくあっけらかんと言った。

「五番が王様にこのプリントの答え見せる」
「えっ」

思わず自分の番号を二度見する。その様子を見て勘づいたのか、荒北くんは私に向けて手を差し出した。しかしその手のひらにプリントを載せるのは、どうにも癪に障らない。

「それはナシだよ…」
「うむ、ならんよ荒北。そういうのは自分の力でやるものだ」
「アァ? 王様の命令は絶対だろ?」

同意を求めるように彼は隼人くんに視線を向けると、彼もまた、当然だというように深く頷いた。

「出された命令は絶対だ。つーわけでなまえ、靖友にプリント」
「ええ…」

もうこうなってしまっては仕方ない。私は終わったばかりのそのプリントをしぶしぶと荒北くんに差し出した。言っておくけど、合っているとは限らないからね。そう告げると、ヘーキだヨ、と彼は気にしていないようにプリントを受け取った。
 なんだか腑に落ちないが、二回戦を開始しようとする声を聞いて割り箸を隼人くんの手の中に戻す。やがて全ての割り箸が元に戻ると、隼人くんはそれらを後ろに隠しながら位置をランダムにした。そうして再び差し出されたそれらを、今度は荒北くんが一番初めに引く。次に福富くん、私、東堂くん。そうして最後に残った一本は再び隼人くんのものに。余り物でいいの? そう尋ねると、彼は残り物には福があるっつーしな、と笑った。
今度はせーの、と掛け声をしてみんなで一斉に番号を見る。今度の王様は。

「あ、らっき、オレだ」

 名乗り出て王冠マークを見せつけたのは残り物を選択した隼人くん。福があるっていうのは本当だったんだななんて思いながら、彼の出す命令を待つ。
一瞬、隼人くんがちらりと私を見た。その目に、荒北くん以上の何か、とてつもなく悪い予感を感じて、思わずぶるりと震える。いや、どんな命令でも、私が指名されるとは限らないのだから、身構えるには早すぎるだろう。
しかし次の一言で、私はやはり身構えとけばよかったと後悔するハメになる。

「んじゃ、一番が三番を押し倒す」
「ハア!?」

 がたりと大きな音を立てて椅子から立ち上がった東堂くんは、隼人くんに向かって叫ぶ。この反応は、まさか。

「お、尽八何番? 一番?」
「…なら三番は」

福富くんがじっと私を見る。これで荒北くんなら地獄絵図だが、…いや、どっちにしろ私にとってはある意味幸せな地獄絵図だ。だって例の三番は、私なのだから。

「…むり、無理だよ隼人くん。いくらなんでもそれはナシ」
「そうだぞ! なまえだってその、色々あるだろう!」
「いーや、王様の命令は絶対だって言ったろ?」

にやりと隼人くんが意地の悪い笑みを浮かべる。これは彼が私をからかっているときの表情だ。まさか彼が全部仕組んでいたんじゃないのか、そう思っても時は既に遅し。普段こういうのは止めてくれるだろう福富くんも荒北くんも、私の気持ちを知っているからか何も言ってくれやしない。正直嬉しくないなんて言ったら嘘になるけれど、いくらなんでも恥ずかしすぎるし耐えられない!

「いや、オレはやらんぞ! 何を言われようと絶対に」
「尽八、やらなきゃアレバラすぞ」

瞬間、ぴたりと東堂くんの動きが止まる。しばらくして、東堂くんは私に向けて小さく頭を下げた。

「すまんなまえ、少し我慢していてくれ」
「ええ!?」

東堂くんにはそんなに知らされたくない秘密があるのか、そんなことを思っている暇なんてない。東堂くんはじりじりと私に近づいてきて、私は反射的に後ろに下がる。しかしいつまでも逃げ回れないということなどわかっている。背後はいつの間にか壁。東堂くんはそれを見計らったかのように私の両肩を掴むと、ずるりと壁に沿わせるように私の身体をずらした。
 そうしてふと気づいた時には私は仰向けで、私の顔の隣の床には、東堂くんが手をついていて。
予想以上に近い距離に、かあ、と顔が熱くなる。彼の綺麗な目が、鼻筋が、口が、いつもより数倍近い距離にある。長い前髪が垂れて私の顔に触れる。
心臓がばくばくとうるさい。恥ずかしくて堪らないはずなのに、彼から目が離せない。一方で東堂くんの顔は陰に隠れてよく見えない。彼はどんな顔をしているの、だろうか。
 そう思ったとき、彼の前髪が揺れて視界に光が差す。そうしてばちりと目が合った瞬間、東堂くんは勢いよく身体を起こした。先程まで間近にあった端正な顔は、一瞬のうちに離れていった。

「…ほら、命令、従ったぞ」

 言いながら私に背を向ける。私もゆっくりと身体を起こすが、立ち上がる気力なんてあるはずがない。
未だに顔は熱い。言葉も何も、出てこない。東堂くんはいま、どんな気持ちなのだろう。なんとも思っていないのか、それとも。
あの時一瞬見えた彼の真っ赤に染まった顔は、私の気のせいだったろうか。



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>ごんべさん