「なまえ、おっぱい揉ませて」
「ごめん死んで」
部活終わりの疲労にまみれた部室でそんなことを言いのけた新開は、本当にドがつくほどの変態だと思う。私の暴言と同時に背後で吹き出したのは恐らく荒北だろう。本来その行動をするのは私のはずだが、生憎可愛げのない私は驚くことも恥じらうことも出来やしないのだ。
「いいじゃねえか、減るもんじゃないし」
「減るわ確実に私の中の何かが減る」
「オレが減らさせねえよ」
「カッコイイこと言ったと思うなよ」
ぽんぽんと交わされる会話のやり取りに自分で頭を抱えたくなる。
何言ってるんだコイツ。ドン引きしたように新開を見る東堂も、先ほど吹き出した荒北もきっとそう思っただろう。新開はわりかし下ネタを話すほうだとわかっていたが、こんな直接的なセクハラまがいのものは初めてだった。
「いやあ、昨日三人で見たAVが忘れられなくて」
「三人って…」
「バッ…余計なこと言ってんじゃネェぞ新開!」
新開の胸ぐらを掴むくらいの勢いで荒北が叫ぶ。三人って言っただけで誰とは言ってないよ、とツッコミたくなった。未だ彼は墓穴を掘ったことに気づいてないが、そうか、元ヤンだけど根は真面目だからイメージなかったけれど、荒北もそんなものを見るのか。そうだよなあ健全な男子高校生だもんなあ。悪びれもなく荒北に謝る新開をぼーっと見ながら一瞬ちらりと東堂を見ると、彼はなんとも気まずそうに目を逸らしていた。その反応から、この三人で見たことは間違いないと確信した。
「新開、あんたはもっと気を遣うことを覚えなさい」
「このメンツで気ぃ遣う必要なんてないだろ」
「部室で突然そんな下ネタ聞かされた私や勝手に暴露された荒北と東堂の気持ちになってみなよ」
確かに普段なら全くといって気を遣うことなんてしないメンツだが、それとこれとは話が別だ。プライバシーってもんがあるし、私に関してはそもそも女と男だ。普通女の子の前でそんな話する? それとも私は新開に女と思われていないのか? 別に新開にそう思って欲しいとかじゃないけれど、それはそれでなんだか腹が立つ。
「おい隼人いい加減にしろ」
私と目を合わせないようにしながら、東堂が口を開いた。彼なりに私に気を遣っているのか、それとも単純に気まずいだけか。恐らく両方なんだろうけれど。
荒北に詰め寄られて、東堂に注意されて、ようやくわかったよ、と新開は渋々私への要望(もはや欲望である)を諦めた。
だから荒北も東堂も、この話は終わったと思っただろう。私も思った。けれどヤツは予想以上にタチが悪かったらしい。私たちが話題の転換を考える中で、空気も読まずにその話を続けたのだ。
「オレさ、あの後一人でヌいたんだよな」
「ねえその話まだ続けるの」
「だってさ、やばかったんだぜ? 二人もヤバイっつってたから部屋帰ってヌいたろ?」
「そーそー…って何言わせてんだテメェ!」
「人聞きの悪いことを言うな!」
大声を上げながら、今度こそ荒北が新開の胸ぐらを掴む。東堂もがたりと椅子から立ち上がって叫んだ。まーた墓穴掘ってる。というか荒北に関してはもはや自白済みだ。ぎゃんぎゃんと騒ぐ三人を眺めながら、私は大きなため息をついた。
いくら王者と呼ばれていても、彼らだって健全な男子高校生だ。そういうことがあったって私がとやかく言うことじゃない。けれどこの場で言うのはご勘弁頂きたい。私だって下ネタが苦手な訳では無いが、どうにも反応しにくいのだ。
「悪い悪い落ち着けって」
「落ち着いてられッか!」
「そうだぞ、なまえの前でこんな話題出して!」
だんだんとヒートアップしていく二人はどうやら自分のプライドを守るためだけではなく、私のことも気にしてくれていたらしい。それが少し意外で、ちょっぴり嬉しくなった私は珍しくまあまあ、と二人を宥めることにした。
「なんかもう私はいいよ。ありがとね」
「でもなまえ、」
「二人のこともそんな変な風に思わないし、大丈夫だよ。まあ新開は別だけど」
「おめさんそりゃねえぜ」
「自業自得でしょ」
眉を下げる新開を、鋭く睨みつける。とにもかくにも私の中で新開にはめでたくド変態の烙印が押されたのだ。私の言葉に少し落ち着きを取り戻したのか、荒北が新開の胸ぐらからようやく手を離そうとしたその時。
がちゃりと部室のドアが開く音がした。見ると、勝手に走りに行ったきり戻ってこなかった真波が今更戻ってきたようだった。
「あ、お疲れ様ですーどうしたんですかこの状況」
「お疲れじゃねえよ戻ってくんのおせェよバァカ!」
「えへへーすみません」
へらへらと笑う真波に、荒北が掴んだままの新開の胸ぐらを大きく振る。ぐえ、と変な声が聞こえたがそれを気にするものなど誰もいなかった。しかし元々離そうとしたところだ、荒北がようやく手を離すと、新開は安堵したようにはあ、と息を吐いた。そして疑問をぶつけた真波に対して、性懲りもなくその理由を話した。
「いやさ、AVだとかヌいただとか、そんな話してたら靖友と尽八に怒られちゃって」
一括りに下ネタ、と言えばいいだけなのに、わざわざそんな具体的なことまで言うんだからやっぱりコイツわかってないな、と私は脳内で鼻で笑った。
それを聞いた真波は引くわけでもなく、ましてやノるわけでもなく、ああ、と何か思い出したように笑った。
「先輩たちまたやってたんですか? みょうじさんでヌくの」
「……は?」
なんか、いま、とんでもないワードが、聞こえた気がする。私の低い声に、真波は自身が口を滑らせてしまったことに気づいてヤバイ、というように回れ右をした。しかしそうやすやすと逃げられるわけにはいかない。私は瞬時に彼の肩をがしりと掴むと、ねえ、と冷や汗をかく真波に声をかけた。
「今の、どういうこと?」
「え、えー知らないですよ」
「まなみくん?」
「…前先輩たちが言ってたんですよ。AV鑑賞会したあとは妄想膨らませて、それをみょうじ先輩に変換するって」
「………ふーん?」
真波の肩から手を離し、くるりと振り返る。瞬間、先程まで言い争っていた三人が、まるで合図でもしたかのようにさっと顔を背けた。あんなにその話題を引きずっていた新開もそうしたということは、恐らく彼にとっても隠したかった内容なのだろう。
ヌいたやらなんやらはてっきりAVの内容に興奮して、と思っていたが、どうやらそれは全く違うらしい。私に変換していた、ということは、要はオカズにされていた、と? 果たして私にそんな需要があるのかはわからないが、それはどっちにしろ事実のようで。しかも真波は「また」と言った。それはつまり、今回が初めてではないということだ。
今にも逃げ出したいような真波にありがとう、と一言お礼を言うと、彼は荷物を持って慌てて部室から出ていった。残された私たちの間で、しんとした沈黙が続く。
「新開、東堂、荒北」
一人ずつ、ゆっくり名前を呼ぶと三人は恐る恐るこちらを見た。その表情はなんと表現したらいいか。私の貧困な語彙力で例えるなら、一番的確なのは「ヤバイ」だ。あーあ、荒北と東堂は味方だと思っていたのになあ。
怯えるような三人に向かって、私はにこりと笑って、されど思いっ切り軽蔑するような視線を向けて言った。
「今後半径二メートル以内に近づかないでください」
そうして自分の荷物を持って、私も部室を出る。閉ざされたドアの向こうから、外まで聞こえるような叫び声が聞こえたがもう知らない。まあこれからずっとそうなんてことはさすがにないけれど、数日は近づかないで頂こう。とりあえず真波にはうっかりにしろ、伝えてくれたお礼としてなにか奢ってやろうと思った。
「…ていうかAV鑑賞会ってなんだよ」
それはみんなで見る必要があるのか。男子高校生ってよくわからない。はあ、とため息をつくと、一気に力が抜けるような感覚がした。羞恥心で顔が赤くなっていることにも、今ようやく気づいた。