野外ステージであるヒーローショーの会場に行けば、そこには主に子どもたちやその保護者をメインとして、大勢の人が集まっていた。それでも一般的なライブに比べたら、その人数はかなり少ない。夏目は鞄から小さな紙きれを二枚取り出すと、入り口に立っている係員のお姉さんに見せた。お姉さんは私たち二人とその紙、所謂チケットという紙面をしっかりと確認してから、端をびりりともぎる。そして一枚を夏目に、一枚を私に渡すと、お姉さんは楽しんでください、とにこやかに笑った。
 そうして私たちは会場の後ろの方のベンチへと腰かける。席指定は特にされていないが、前の方は子ども専用席だし、私たちがそのすぐ後ろを陣取る必要もない。
 やってくる子どもたちを見ていると、『流星隊』のグッズを持っている子がいたり、親子で期待に満ちた眼差しで誰もいないステージを見つめていたり。既に聞こえるたくさんの子どもたちの声に、改めて『流星隊』の、というか、ヒーローの人気を思い知った。

 ヒーローショーが事前予約のチケット制なことには驚いた。でも確かによく考えなくても、あの人気アイドルが遊園地でやるヒーローショーなんてチケット制にしなければ遊園地自体が大混乱だ。そうなっているのも当たり前だろう。
 『流星隊』の皆からチケットをもらったのかと問えばそうではなく、夏目自身がサーバーのアクセスエラー多発のチケット戦争に勝ち取り、取ってくれたらしい。実はヒーローショーにしては毎回そうで、彼らは身内にチケットを渡すことをしないんだとか。

「ヒーローショーはヒーローを応援してくれている子どもたちに一番に観てもらいたい。もちろんファンを贔屓しているというわけではないから、大人が来ちゃいけない理由もない。大人だって俺みたいにヒーローが好きで愛している人もたくさんいる。けど、子どもたちはたくさんの人間が集まる大きなライブにはなかなか来れないだろう。だからこのヒーローショーで、俺たちの応援をしてほしいんだ」

 『流星隊』の隊長、守沢くんはそう言うそうだ。きっと、そういうところがあのユニットの愛される理由なんだなと思う。あの人は本当ニ、どこまでもヒーローだからネ、と。そう言う夏目も守沢くんを尊敬しているような、そんなところが見える。件のシャッフルユニット……ES横断企画で守沢くんと交流があるのはもちろん知っていたが、それでも性格が合わなさそう(というか夏目が一方的に合わなさそう)な二人が、ちゃんと今でもやり取りしていることが少し意外だった。

「というカ、むしろ守沢センパイよりも奏汰にいさんのほうが交流はあるかナ」
「奏汰にいさん?」

 あまり聞き慣れない言葉に首を傾げれば、隣に座る夏目はうン、と小さく頷く。奏汰って、『流星隊』の深海くんのことだろうか。にいさんなんて、そう呼ぶほど仲が良いのか。でも、同じESアイドルだけど所属事務所は違うはずだし……いや、それでも現場で仲良くする機会はいくらでもあるか。芸能界がどう繋がっているかなんて、一般人の私にはわからないもんなあ。

「高校のとキ、お世話になったんだヨ」

 仲良いんだね、そう言おうとする前に言われた夏目の言葉に、私はほんの少し驚く。高校時代の話が彼の口から出てきたのは、初めてかもしれない。夏目の視線はステージをまっすぐと見つめている。感情の見えないその声色に、私はそうなんだ、と無難でありきたりな返事をする。白の混ざった燃えるような赤い髪が、風に吹かれてさらさらと揺れていた。

「ねえ、夏目の高校のときの話聞きたいな」

 今なら聞ける、と思った。今まで触れてこなかった、夏目の高校時代。ずっと知りたかった、私の知らない時代の夏目のこと。あの頃今より少ない頻度とはいえどテレビには出ていたが、どれもあくまで彼の「占い師」や「アイドル」としての枠を超えることはなかった。メディア向けなのだから当たり前なんだけれど、私が知りたいのはやっぱりそういう部分じゃない、本当の夏目の部分で。そういうところを欲してしまうのは、やっぱり私が彼の友達というプライベートな位置に鎮座しているからだろうか。

「大した話はないヨ」
「それでも聞きたいよ。だって私、夏目がどうしてアイドルになったかも知らないんだよ」

 そう言うと、夏目は少し驚いたように目を見開いてこちらを見る。どこか遠くで赤ちゃんの泣き声が聞こえた。

「……そうだっケ」
「そうだよ。興味ないけど、無理やり夢ノ咲に入れられるーって言ってたじゃん」
「そっカ、そうだよネ。……わかったヨ、また今度ネ」

 彼は了承するまでのその間に、一体何を考えたのか。少しだけ上がったその口角に含まれるのは、果たして幸福か、あるいは悲壮か。その表情はこのヒーローショーの会場にひどく不釣り合いで、周りからここだけ切り離されたような、そんな錯覚さえ起こした。

「ていうかキミ、『Trickstar』と会ったんだっテ?」
「あ、やっぱり聞いた?」

 しかし錯覚はあくまで錯覚だ。夏目の言い放った言葉に、私も即座に反応する。もうすぐショーが始まるというアナウンス、相変わらず聞こえてくる子どもたちの笑い声。何もおかしなところなんてない。だから私も意外と夏目に伝わるのが遅かったな、と思いながらへへ、と笑う。一方で夏目はいつも通りの呆れたような表情を浮かべて、再び言葉を吐いた。

「遊木クンにフィギュア獲ってもらったんだっテ? 相変わらずゲームセンスないんだネ」
「そうです相変わらずないですよ! でも夏目だってそこまでうまいわけじゃないじゃん!」
「残念。ボクはありとあらゆるゲームが得意になったヨ」
「えっ、あっ、それって宙くんの影響!? 確か宙くんゲーム好きだったよね!? ずるじゃん!」
「何もずるくはないけド。ていうかサ、なんかボクと関係があるって匂わせて逃げたんだっテ? お陰でバルくんたちが色々しつこくて大変だったんだけド」
「いやだって私が喋ったらなんか余計なことまで言っちゃいそうだし……ていうかバルくんってもしかして明星くんのこと? あだ名で呼んでるんだ? 良かった、ちょっと疑ってたけど、やっぱり夏目にもちゃんと私以外の友達いるんだね!」
「喧嘩売ってるノ?」

 瞬間、ぱしりと頭をはたかれる。ごめんごめん、と言いつつもまた笑ってしまえば、もう一回、小さく頭をはたかれた。
 だって、だってさ。明星くんは夏目の友達と自負していたけれど、彼って、皆のこと友達って言いそうだから、本当に夏目にとってもそうなのかなって思ってたんだもん。でもその様子なら本当っぽいし、なんだか私も嬉しくなる。まあ、夏目にとっては余計なお世話かもしれないけど。

「あ、ほら始まるみたいだよ」

 話題を逸らすように、ステージ上に出てきたお姉さんを指さす。こんにちはー! と子どもたちに呼びかけ、それに大合唱でちびっこが答える様は、昔よく見ていた教育番組の様で微笑ましい。なんかちょっとわくわくするね、と夏目に言えば、まア、完全懲悪と決まってるけどネ、なんて夢もへったくれもない、現実的な答えが返ってきた。

*

「多分ここから奏汰にいさんが顔出してくれると思うんだけド」
「すごい、関係者っぽい!」
「ヒーローショーに関しては全く無関係だけどネ」
「じゃあ私はその辺で時間潰してるね。終わったら連絡して!」

 オタクの血が騒ぎ、年甲斐もなく流星ヒーローたちを全力で応援して、見事彼らの掲げる「正義」が勝利したあと。仕切りポールで囲まれた客席を出て、人の流れから外れて小さな扉の前に辿り着く。STAFFONLYと書かれたそこは、予測するに先ほどのステージから一番近い出入口。さらに歩いていけば、遊園地のバックヤードに繋がっているようだった。
 夏目は少しだけそのバックヤードにお邪魔して、『流星隊』の人たちと話すらしいので、元々私はその間適当にふらついていようと思っていた。ちなみにわざわざここまで来たのはただの興味本位だ。だって、私には芸能人である彼らと無条件に会う資格なんてないし。
 そしてじゃあね、と踵を返したそのとき。ばしり、と背後から腕を掴まれる。

「え?」

 振り返った瞬間、視界に映ったのは暗闇からにょきりと伸びる二本の青い腕。ホラー映画も真っ青なその光景に私は声も出ずに、同じく掴まれた夏目と一緒にそのまま扉の中へと引きずり込まれた。そしてバタンと思い切り閉まる扉。なんだ、化け物か!? なんて思ったのが半分、冷静にそんなことあるわけがないと思ったのが半分。まあ、この腕が誰のものか知っているから、化け物なんて選択肢は実は最初からないんだけど。咄嗟の思考というやつである。
 扉の中は明かりもない暗闇かと思っていたが、照明灯くらいはしっかりついていて、その顔もはっきりと見えた。青い長袖のヒーロースーツを身に纏った彼は、先ほどのショーと全く同じようにふわふわと笑っていた。

「いきなり何するのさ奏汰にいさん!」

 夏目が彼に向けて抗議をする。が、その言動には怒りなんてものは微塵も込められてなくて、彼……深海くんに対する理解というか、愛情のようなものを感じた。

「なっちゃん、きてくれてうれしいです〜」

 そして深海くんはそんな夏目を流すかのように――いや、受け止めるかのようにのんびりとした口調で言う。のんびりと、というか、そもそも深海くんというのはそういう人間なのだろう。ショーでもそうだったし、よく見かけるテレビの中でも彼はどんなときも調子を変えず、ぷかぷかと静かに笑っていた。ていうか、夏目って深海くんになっちゃんって言われてるのか。可愛いな。今度私も呼んでみよう。ぶん殴られそうだけど。
 と、ここではたと気が付く。引きずり込まれたけど、ここ、私は入っちゃいけない場所では? 幸い周りにスタッフさんはいないようだけれど、見つかったら注意されてつまみ出されるだろう。子どもが迷い込んだとかならともかく、いい大人がそんなことされるわけにはいかない。片方の腕は未だ深海くんに掴まれているので、慌てて今入ってきた扉をもう片方の手を使って開けようとした。が、ぱしりとしたさっきと同じ感触。夏目の手を離した彼の腕は、今度は自由だった私の腕を掴む。

「『かのじょ』さんも、あえてうれしいです」

 いや、なにこれ。何で私深海くんに両腕掴まれてるの? この状況何? 逮捕? ていうか、今深海くんなんて言った? かのじょ? 彼女って何、私のこと? え、誰の?

「え、と?」
「チョ、奏汰にいさん何言って」
「おーい奏汰! 逆先くんそこにいるのか?」
「守沢殿〜! ま、待ってほしいでござる!」
「守沢先輩も忍くんも、この狭い道で走ったら危ないっスよ〜!」
「ていうかここ出入り口に近いんだから、あんまり大きな声出すと外に聞こえちゃうと思うんだけど……」

 戸惑う私、声を上げる夏目。しかしそこに割り込んできた新たな四人の声に、ええ、と思わず小さな声を上げる。だってもうオールキャストよ、勢ぞろいよ。先ほどまでステージに立っていた『流星隊』の彼らが、まさか目の前に現れるなんて思わないでしょ。やばい、イケメンに囲まれて死ぬかもしれない。いや、ていうか流星グリーンイケメンすぎる、人間国宝じゃん。
 つい数秒前の深海くんの言葉なんかすっかり忘れて、わいわいと話し始めた彼らをぼうっと見つめる。夏目も口を挟む隙がないのか、単に諦めているのか、ただ何も言わずにそこに立っていた。

「そうだ逆先くん! 来てくれてありがとう! 今日のステージが何かの参考になれば嬉しい! ちなみに質問はスリーサイズ以外なら何でも受け付けるぞ!」
「誰もあんたのスリーサイズなんか興味ないと思いますけど……」
「ってあれ、失礼ながら隣にいる方は……」
「いや忍くん、いま気づいたんスか!?」

 彼らの会話を聞いているだけなのもちょっと楽しいなあと思っていれば、突然こっちに話を振られてしまった。そうだよね、誰だコイツだよね。ていうか私、ここにいちゃダメじゃん。早く外でなきゃダメじゃん。でも何も話さないで黙って出るのは失礼だよね。ええと、うん、正直に言えばいいか。ちらりと夏目を見れば、いいヨ、という風に口の形が動く。よし、じゃあとりあえず簡潔に説明して、私はさっさとここから出よう。

「このひとは、なっちゃんの『かのじょ』さんですよ〜」
「え?」

 疑問の声を口に出したのは、果たして一体誰だったのか。少なくとも、発言者である深海くん以外の私を含めた誰かだった、のだと思う。しん、と静まり返る一帯。けれど当事者の私も全くついていけてなくて何も言えない。そうだ、深海くんはさっきもそう言ってた。それって誰のって。でも今度は先ほどと違い主語があった。なっちゃん、って、……夏目のことだよね?

「……な、夏目」

 なんて言えばいいかわからなくて、とりあえず名前を呼ぶ。すると同じく呆然としていた夏目が、はっとしてすぐさま口を開いた。

「い、いや! この子はボクの同級生で」
「かかかかかのじょっ!? さ、逆先くん彼女がいたのかっ!? はっ、だからES横断企画のときもあんなにスムーズにデートプランを決めていたんだな!?」
「落ち着くっスよ先輩! その頃からかどうかはわからないじゃないっスか!」
「そうでござる! それに逆先殿に彼女がいてもおかしくはないでござるよ!?」
「そうすると逆先先輩は今日お忍びデートって感じなんですね……」
「いやちょっと待って話を聞いて!?」

 なんだか勝手に勘違いされてどんどん進んでいく話に思わず声を上げるが、聞く様子もない。というかもはや聞こえていない。大丈夫か『流星隊』、いいのか『流星隊』。恋愛耐性なさすぎだろ『流星隊』。いやそれともアレか、やっぱアイドルだから、みんなスキャンダルとかそういうことを心配しているのかな。どっちにしろオーバーリアクションだと思うけど。

「……いいやもウ。守沢センパイ、さっき何でも聞いていいって言ったよネ? このヒーローショーの演出も『流星隊』が手掛けているなラ、聞きたいことがあるんだけド」

 あ、諦めた。と感じた。これ以上何か言っても無駄に疲れるだけだと判断したのだろう。とりあえず今は勘違いさせたままで、あとで落ち着かせてから訂正しようみたいな感じかな、多分。流星レッド……守沢くんだったか。彼もそうだな! と動揺しつつも頷いて、とりあえずもっと中に入ろうと提案する。まあ、こんな出入口で話していること自体がそもそもおかしかったからね。

「ごめんねなまえ。先外出てテ」

 そして、ここからは完全に彼らのお仕事の話だ。この出入口にいることすらおかしい私がついていくことはもちろん出来ない。少し申し訳なさそうに言った夏目に、わかった、と頷いてから、奥へ進む彼ら五人の後ろ姿を見送る。五人……五人? いやおかしい、『流星隊』は五人のはず。そこに夏目が加われば六人のはずで、あそこにいないのは。

「……深海くんは行かないんですか」

 今までの騒ぎの元凶と言っても過言ではない。他の皆が奥に進んでいく一方で、私の目の前にいる彼は相変わらずにこにこと笑っていた。
 読めない、この人のこと、まったく読めない。そもそもなんで深海くんは私のことを夏目の、……彼女だなんて言ったのか。いや、そんなことよりも私はここを出なければ。出て、いいんだよね?

「『かのじょ』さん」

 そう思いながら深海くんを見上げれば、突然呼びかけられる。いやまあ私は彼女じゃないけれど、ひとまずここはその呼び方にはツッコまないようにしよう。一種のあだ名だと思おう。
 深海くんは真っすぐな目でこちらをじっと見ている。もしかしたら、私に何か話があるのかな。けれど時は流れどそこから深海くんは一向に話し始めない。ええと、つまりどうしたらいいんだこれ。

「夏目は、深海くんに懐いてるんですね」

 何か私が話題を振ればいいのか、ととりあえず口を開く。話をすれば、深海くんも何か言ってくれるだろうし。だからとりあえず頭に浮かんだそんなことを言ってみる。懐いている、という言い方はおかしいのかもしれないけれど、それでも彼は高校のときお世話になったと言っていた。にいさんなんて言って慕っているようだし、きっと間違いではないのだろう。
 深海くんは私の言葉を聞くと、ようやく、けれどやっぱりにこにこしたままふわふわと喋り出した。

「うふふ、そうですねえ。ぼくたち『ごにん』は、あのときから、ずうっと『なかよし』ですから」
「……あの時、から」
「はい。もうだいぶ、『むかし』のはなしになっちゃいましたけど」

 にこにことしていた。でもどうしてか、それが何故か今の言葉を言った瞬間のほんの少しだけ、寂しいもののように思えた。そういえば、ショーが始まる前……高校時代のことを聞いたときの夏目からも、一種の寂しさのようなものを感じた気がする。
 五人というのが誰かはわからないが、恐らく『Switch』でも『流星隊』でもない、他の三人がきっといるのだろう。そしてきっと、鈍い私にこんな寂しさを匂わせてしまうくらいの出来事があった。

「……夏目は、高校のとき何があったんですか」

 正直狡いとわかっていた。ここで深海くんに聞くということは相応しくないと。でも、どうしても聞きたいと思ってしまった。すべてを話してくれるなんて思わない。私だって夏目が話してくれるのを待って、夏目から話を聞きたい。けれどせめて、何かヒントになるようなものが少しでも早く欲しくて。
 先ほどまであんなに騒がしかったのに、もうすっかり遠くに行ったであろう他の皆の声は全く聞こえなくて、張りつめたような静寂に妙な違和感がする。決して居心地が悪いという訳ではないと感じるのは、深海くんのなんともいえない柔らかさで和まされているお陰か。
 少し経ってから、やがて彼はどこか懐かしむかのようにぽつりと呟いた。

「『せいしゅん』の『ひび』を、すごしました」

  たった一言。けれどその一言にどれだけの想いが詰まっているかなんて、私に予想できるはずもない。
 私が何も言えずにいると、深海くんはまたうふふ、と静かに笑った。癒されるような彼の優しい微笑みに少し気が抜けて、私も小さく息を吐く。ああ、きっと私の問いに関しては、今の言葉以上のことは言わないのだろう。それがすべてであることには、きっと間違いないのだろうから。
 そうなんですね、と何の変哲もない返事をした私に、深海くんははい、と笑う。そうして彼は柔らかい眼差して私を見ながらまた口を開いた。

「なっちゃんには、ぼくたちが『たくさん』『あい』をあげました。だから、なっちゃんはちゃんと『みんな』に『あい』をあげられるこです」
「……愛を」

 突拍子もないような突然の言葉に少し驚く。が、多分、ここからが深海くんが私に伝えたかったことなのだろうと思った。そして今の言葉に含まれた「ぼくたち」が、きっと夏目と一緒に「せいしゅんのひび」を送ったであろう人たちなのだと。ああ、夏目は愛されてきていたんだなと。皆に、……私に。

「だから『かのじょ』さんも、なっちゃんに『たくさん』『あい』をあげてくださいね」

 にこにこと笑うその笑顔は、それこそきっと誰からも愛されるであろう。深海くんはそれだけ言うと、あっさりと私に背を向け、奥へと歩いて行ってしまった。
 一方で私はというと、はあ、と大きくため息を吐くことしかできなかった。ああ、反撃された気分だ。別に私は何も攻撃してないし、彼も攻撃したつもりはたぶんなかっただろうけれど、それでも私にとっては大きなダメージだった。
 「彼女」と言われることが妙にむず痒かった。愛をあげてと言われて、じゃあもっと私からの愛をあげたいと思った。私の知らない夏目を知りたかった。一緒に出掛けられることが嬉しかった。友人と話したとき、夏目とのことを色々言われて妙に喉が渇いた。家に行ったとき、どきどきした。優しくて、呆れながらも私の話にいつも付き合ってくれる夏目の隣にいることが幸せだった。 
 薄々、心のどこかで気づいていたのかもしれない。けれど私は夏目の友達だから、親友だから違うと思っていた。でも、あふれ出る私からの愛をあげて、……彼からも愛が欲しいと、そう思ってしまった。見ようとしていなかったその感情を、初めて眼前に突き付けられた。もう、目を逸らすことは出来なかった。

「いや、我ながら自覚おっそ…………」

 ああ、私は夏目のことが好きなのだ。