手先が器用な人ってすごいと思う。綺麗にヘアアレンジが出来たりとか、手芸が得意だったりだとか。私はどちらかといえば、というかどちらかと言わずとも不器用な方で、手先を使うようなものは全般的に苦手だ。だから私の中で自前で衣装を作るレイヤーさんというのは本当に尊敬するし、それどころかもはや神という位置づけである。服を作るって何。型紙って何。ていうか服作れてメイクが上手くて写真の写り方もうまくて画像の加工もうまいって何、神でしかない。いやまあだからこそ神レイヤーと呼ばれるんだろうけど。

 そんな不器用な私は、仕事帰りに人生で初めて訪れる場所に来ていた。商業施設の一角にある、大きくも小さくもないそのスペース。その名も、……ちょっと名前がわかんない。でもなんかこう、アクセサリーの部品とかいろいろ売ってる、そんな感じの専門店。オタクという性質上、手先が器用ということを神レイヤーを引き合いに出して語ってしまったが、実際はコスプレなど一切関係ない。アクセサリー作りが趣味だという職場の先輩が、スキルアップのために私にアクセサリーを作ってくれると言ってくれたのだ。「ネックレスでもピアスでもなんでもいいよ。もし使いたいパーツがあったら、自分で持ってきてくれて大丈夫。チェーンとかはこっちで用意するし!」そんな先輩の言葉に甘えて、私はこうしてはるばるそういう感じのお店に足を運んだという訳だ。そういう感じのお店って言うとなんか聞こえが悪いな。
 先輩は練習だから材料費だけでいいよ、なんて優しすぎることを言ってくれたので、少々高いパーツでも気に入ったものがあれば買ってしまおうと意気込んで来たが、実はまだ何のアクセサリーにするか決めてない。手作りのアクセというとピアスが一番に思いつくが、でもネックレスやブレスレットでもいいなあと思ったり……決められないままここに来てしまったから、とりあえずパーツから選ぼうと、私は不慣れな目つきで細かいそれらを物色し始めた。

 色とりどりで煌びやかなストーンや小さな造花など、私が思っている以上に選べるパーツの数というのは膨大だった。こういう細かいパーツって、手に取るだけでちょっと緊張する。これを使って可愛いアクセサリーを作るなんて、何度も言うが手先が器用な人ってすごい。
 どうしようかなあ、と何も決めずにここまで来てしまったことを少し後悔した。そもそも私はセンスだってないんだ、この場でパーツを組み合わせて、自分に似合うようなものをイメージするということすら難しい。これは大人しく先輩にすべてを任せた方が良かったかもしれない。

「んー……」

 身をかがめて、綺麗に陳列されているそれらとしばらくにらめっこをすれば、自然とそんな唸りも出てくる。ディスプレイには品物を使って作られたアクセサリーもたくさん置いてあるが、かといってそれらと同じように作るのもつまらないと思ってしまう。センスがないのに何がつまらないだという感じだが、要はせっかくだからオンリーワンのものがいいということだ。

「面白いおね〜さん!」
「うっひゃあ!?」

 そして自分でも驚くほどの集中力……というか考え事をしていたとき。それはあまりにも突然で衝撃だった。それこそ、こんな静かなお店の中で大声を上げて肩を跳ね上げさせてしまうくらいの。
 なんだっけこれ、前にもあった。完璧にデジャヴ。いや、デジャヴというのは前にもあったような気がする現象のことだから、確実に過去にあった事象はデジャヴとは言わないのか。じゃあなんだこれ。デジャヴじゃなくて、そう、普通に二回目だ。

「そ、宙くん……」
「こんにちは! 知り合いに会ったら挨拶をします!」

 直接会うのはそれこそ二回目。けれど声だけで誰かわかってしまったのは前と照らし合わせたからか、それとも単に私が『Switch』の曲を何度も繰り返し聴いているからか。まあ、実際にあのとき飛びついてきたのは光くんだったけど。私の腰に後ろから飛びついた宙くんを見れば、キャップを被った彼は以前見たときと同じようにかわいらしく笑っていた。

「キミとボクが遭遇する確率どうなってるノ」
「こっちが聞きたい」

 そしてそれに付属するかのような、背後からすっかり聞き慣れた声。夏目と偶然遭遇するのも何度目だって感じだけど、そもそも私がアイドルと遭遇する確率が本当に異常だと思う。帽子に眼鏡。いつもの変装スタイルで現れた夏目は、私の腰に抱き着いたままの宙くんの頭をふわふわと撫でた。

「スルーしようかと思ったんだけド、ソラが飛びついていっちゃったかラ」
「HeHe〜? ししょ〜も話しかけたそうにしてたな〜?」
「はっはっは、素直になってくれて構わないのだよ夏目くん」
「ソラ、その人から早く離れてもう行こウ」
「やだやだごめんなさい!」

 私から宙くんを引き剥がしてすたすた歩こうとする夏目の腕を慌てて引っ張る。すると夏目は少し嫌そうな顔をしつつも、でもその足は止まってくれる。いつものやり取り。けれどそんなやり取りが嬉しくてたまらない。それに、夏目に言わせれば宙くんの言っていることは全部正しいらしいから。夏目が素直じゃないなんてことはとっくにわかっている。だからこそ私もああいう返しができるし、夏目も私の反応をわかってああしているんだと思う。

「ところで二人はどうしてここに? お買い物?」
「HiHi〜♪ せんぱいのお使いです! せんぱいはいつも忙しそうだから、今日はお仕事がないソラが何かお手伝いできることはないか聞きました!」
「そしたら衣装づくりの為に手芸店で布を買ってきてほしいって言われたらしくてネ。あのモジャが頑張りすぎないようにってわざわざソラが申し出てくれたんだかラ、ボクも時間が空いてたし一緒に行こうと思っテ。まあセンパイのためじゃなくてソラのためだけド」

 ほら、素直じゃない。そんなことを言ってしまえばまた怒られるから、そうなんだあ、と無難に返しつつも宙くんの頭を撫でる。手芸店はこのお店のすぐ隣だ。恐らくそこに向かう途中で店先にいる私を見かけたのだろう。
 それよりも、だ。前に会ったときはばたばたで実感も出来なかったけど、本当に可愛いな宙くん。彼も嬉しそうに笑っていて、いやもうほんとうちの子にしたい。私や夏目と一歳しか変わらないっていうことが本当に信じられない。夏目がモンペになるのもわかるなあ。だってこんな子に懐かれて慕われたら、そりゃあ守ってあげたくもなるでしょ。私もこのくらい可愛く生まれたかった。

「デ、キミはなんでこんな似合わない場所に来てるノ」
「アクセサリー作ろうと思って」
「嘘もほどほどにしてネ」
「酷っ!? ちょっとは信じてくれてもいいじゃん!」
「昔、家庭科の授業で針に糸を通す作業をほぼ毎回ボクに頼みに来てたのは誰だっケ」
「あの時よりは確率上がったもん!!」
「ハイハイすごいすごイ。デ? 本当の理由は何?」
「うわ全然すごいって思ってないな!」

 当たり前でショ、と呆れたように言うのもわかる。だって私の手先が不器用だって誰よりも知っているのは夏目だし。けどもう少し配慮してくれてもいいと思う。私もその部分成長したかもしれないとか考えてほしい。針に糸通す確率が上がっただけでも私にとってはすごいことなんだぞ!
 まあこれ以上言い争いというか私の手先の不器用さを披露してもただ悲しくなるだけなので、大人しく本当の理由を話す。話を聞いた夏目はふうン、と今度はちゃんと納得したように言った。一方で宙くんは聞いていたのかいないのか、それでも細々としたパーツを見て目を輝かせている。そうして彼はたたた、と夏目に近寄ると、その腕をぎゅっと掴んで言った。

「ししょ〜! ソラもこのお店を見ていいですか? キラキラしたものがいっぱいあって、色々見てみたいな〜」
「ウン、いいヨ。買ってあげてもいいけド、アクセサリーを作れる人が周りにいるかナ……。宗にいさんに頼んでみようカ」
「ううん! 買わなくても大丈夫です! でももしすごく欲しいのがあったら……」
「そのときはとりあえず買ってあげるヨ」
「わあい! ししょ〜、ありがとうございます!」

 夏目の優しい言葉に、宙くんは嬉しそうに飛び跳ねてからすぐにお店の中へと入っていった。私はというと今の二人のやり取りを聞き、宙くんの可愛らしさや色々な感情が相まって、堪えきれずにふふ、と小さく笑ってしまった。

「夏目、宙くんのパパみたい」
「まァ、ソラのことは家族以上に大事に思ってるヨ」
「見てればわかるよ。でも、夏目が本当にお父さんになったら今みたいな感じになりそう」

 子どもにはデレデレになっちゃいそうだな。でもたまにひねくれて、パパ素直じゃない〜なんて言われたりするのかな。頭の中で妄想を繰り広げて、それがなんだか楽しくて可笑しくて笑いが止まらなくなってしまう。そもそも今の『Switch』が家族みたいなものだしなあ。将来、誰かが家族を築いたとしてもみんな幸せになれそう。誰と、っていうのは置いておいて。

「……ところでなまえのアクセサリーはどうするノ。まだ何も決めてないんでショ」
「あっそうだ! 私も探さないと!」

 夏目の言葉に、私も慌ててお店の中へと入る。今まで私が見ていたパーツは全部店先だけだったし、中に入れば先ほど見た何倍ものパーツがあるんだろうけれど、果たして選べるのだろうか。そうだ、そもそもどのアクセサリーにするか決めなきゃいけないし。ああもうどうしよう、何で私こんなに色々決められないんだろう。
 うーん、といつまでたっても決まらないことを悩んでいれば、いつの間にか夏目が隣に来ていた。てっきり宙くんの方に行くと思っていたから意外だが、ちょうどいい。夏目に決めてもらおう。

「ねえ、ネックレスとピアス、どっちがいいと思う?」

 ぼんやりと小さな商品を眺める横顔に問いかければ、彼は何も言わずにちらりとこちらを見る。すぐに視線を落として商品を眺めてしまったが、こちらを見ないまま、夏目は小さく呟いた。

「……ネックレスでいいんじゃなイ」

 その一言を聞き逃すはずもなく。

「そっか、じゃあネックレスにする」

 人からもらった、というか「夏目からもらった」意見で決めるのもどうかと思うが、実際一人でこのまま悩んでいても決められないのは確かだし。ありがとーなんて軽めの感謝を述べて、今度はネックレスに合いそうなパーツ選びに没頭する。先ほどはイメージすら何も沸かなかったから選択肢がありすぎたが、ネックレスと決まればいくらか絞れそうだ。
 さて、どうしようか。洋服との全体的なコーディネートとして考えるならシンプルで控えめな感じのがいいと思うが、でもせっかく作ってもらうならとっておきに可愛いのがいい。大きなストーンをアクセントに、周りに小さいのをいくつかとか……とりあえず気に入ったパーツをいくつか買えば、デザインは先輩が何とかしてくれそうだけど。
 手に取り、可愛いなと思いつつも戻して、他のものに目移りしてそれを手に取り、また元の位置に戻す。一体それを何度繰り返しただろうか。さっき見た赤い大きめのストーンがすごく可愛かったんだけど、それに何を組み合わせればいいかわからない。いや、何でも似合うと思うし、むしろそれ一つだけでもいいんだけどそれじゃつまんないというか。でそろそろ本当に決めないとまずいなと感じ始めた時、なまえ、とふと声がした。

「これハ?」

 言いながら彼が見せてきたのは、小さな橙色のストーン。シンプルながらもその色には深みがあって、何故だか妙に心惹かれる。何かに似てるような気がするけど、なんだろうなあ、気のせいかな。でもとにかくすごく綺麗で。可愛い、と呟けば、夏目はわかっていたかのように言った。

「なまえ、オレンジ好きだからそう言うと思っタ」
「え、覚えてたの?」
「まぁネ」

 キミ、オレンジ色の小物多いシ。そう付け加えつつ、夏目はそのストーンを私に手渡した。手に取って改めてまじまじと見てみれば、薄いオレンジの中に濃い色が混ざっていて、見る角度によって印象が変わる。え、可愛い。これ絶対使いたい。使いたい、けど、ううん、それよりも。夏目、そんな細かいこと覚えてたんだ。好きな色だなんて、もう何年も前に言ったようなことなのに。確かに私の持っている小物はオレンジ色が多いけれど、それでも全部が全部そうというわけじゃないのに。
 たったそれだけのことなのに、たったそれだけのことが嬉しくて、そしてそのストーンの可愛さも相まって、隠しきれずに口元がにやける。即座に夏目が「何にやにやしてるノ」とツッコミを入れてきたので、べっつに〜と全く説得力のない返しをした。

「あ、そしたらこれこそさっきの赤いのと合うかも!」

 さっき気になっていた赤いストーンを思い出し、再び手に取ってオレンジと並べてみる。うん、可愛い。これだったらオレンジ二個あったほうがいいかもしれないな。すごく暖色だけど、私自身暖色の服を着ることが多いし、何よりもこの組み合わせがすごく気に入ってしまったから今更他のものにしようとは思わない。絶対可愛いよこれ、天才すぎる。赤とオレンジを見比べて、へへ、とまたにやにや。

「ね、夏目。この組み合わせ可愛くない?」
「ウン。なかなかいいんじゃなイ」
「だよね! これにする!」

 もはや顔面崩れるんじゃないかってくらいにっこにこなのを、自分でも抑えられない。良かったネ、と普段通りに言う夏目の横を通って、レジに向かう。そういえば、宙くんは欲しいのあったのかな。むしろ私が買ってあげたいくらいなんだけどなあ。そんなことを思いつつまた手元に視線を落とし、可愛いなあ、なんて改めて思う。これがネックレスになったらきっともう大変なくらい可愛くなっちゃうよ。赤いのもそうだし、夏目が選んでくれたオレンジのも、……ああそうだ、これ、何かに似てると思ったけど。

「ねえ夏目!」

 振り返って、少し距離が空いたところにいる夏目に呼びかける。私の呼びかけに気づいた夏目は、そのまま静かにこちらに顔を向けた。
 何かに似てると思った。なんですぐに気づかなかったんだろうなあ。これ、あれに似てるんだ。すごく綺麗で、私の大好きな。

「すごく綺麗だと思ったんだよ、このオレンジのストーン! これ、夏目の瞳に似てるね!」

 おんなじ色! 最後に一言そう付け足して、私は今度こそレジへと向かう。背後からししょ〜! 見てください! と弾むような宙くんの声が聞こえた。可愛い。本当に可愛いなあ。
 今日だけで何回可愛いと言っただろう。オタクはなんでもすぐに可愛いって言っちゃうからなあ。
 思うこと全てがなんだかポジティブでハッピーだ。そんなるんるんの気分で私はレジへとたどり着いて会計をするのだった。

「ししょ〜? どうしたんですか?」
「……ソラは無意識に爆弾を落とすような人間になっちゃだめだヨ」
「ん〜? よくわからないけど、ソラがししょ〜に爆弾を落とすのはゲームの中だけです!」
「ウン、宙は本当にいいこだネ」