「えーっと、……ひ、久しぶり、夏目」

 とりあえず何か言わなきゃと、数年来会っていない人と再会したときに発するだろうナンバーワンのセリフを言う。正直、久しぶり以外の言葉が出てこない。まあ私にとっては彼はテレビ等で見ているから、そんなに久しぶり感もないわけだけど。
 とりあえず無理にでも少し口角を引き上げてみれば、夏目はへェ、とわざとらしく、ついでに嫌味ったらしく言葉を吐き出した。

「ボクのこと覚えてたんダ。全く目を合わそうとしないかラ、てっきりその小さい脳みその容量が一杯になって忘れちゃったのかと思ってたけド」
「は!? 何その言い方! てか最初に他人行儀な言動してたの夏目の方じゃん!」
「当たり前でショ。周りにスタッフさんがいるんだかラ、知り合いだってバレたら面倒なことになるのは目に見えてたしネ。だからボクの方はともかク、そっちがボクを知らないふりしてやり過ごそうなんテ、あまりにも失礼なんじゃないノ?」
「いや私が夏目と話したら結局スタッフさんたちにバレるじゃん」
「目すら合わせないってことを言ってるんだけド」
「え、まって夏目傷ついた? もしかして傷ついた?」
「ムカついタ」
「そこは嘘でも傷ついたって言ってよ!!」
「今の流れでボクが傷つかなきゃいけない理由がわからないネ」
「うーーーーわムカつく!!」

 やっぱり夏目は夏目だった。さっきカメラ回ってなくてもテレビで見るような対応してたからマジでキャラ変したのかと思ったけど、単純にあれはスタッフさんがいたからだったっぽい。そう、彼は昔から私に対してこんな感じだった。テレビではファンのことを子猫チャンなんて呼んでリア恋よろしくなキャラで売ってるけど、やっぱり今でも夏目は夏目で、私に対しての対応は変わらないらしい。
 しかしながら。果たして今のやり取りは数年ぶりに再会した同級生とするようなものだろうか。否、そうではないだろう。普通再会して久しぶりから始まった会話の次の展開としては、九割が「元気だった?」くらいの無難な会話から始まるのではないか。

「あーなんか全然久しぶりって感じしないわ」
「奇遇だネ、ボクもそう思ってたところだヨ」
「夏目が変わらなさすぎなのが悪い」
「キミには言われたくないネ」

 はあ、と小さくため息をつけば、ため息吐きたいのはこっちなんだけド、と一言言われた。いちいち突っかかってくるなオイ。しかし本当に久しぶり感ゼロだ。誰も今のやり取りを見て、まさか私と彼が約十年ぶりに再会したとは思わないだろう。
 ――そう、私たちは本当に、中学卒業以来会っていなかったのだ。確かに中学時代は仲が良かった。よく二人で行動していた。今みたいな口論だってよく交わした。けれど、中学を卒業したとたんに交流はぷつりと途絶えた。別段珍しいことでもないだろう。なんてことないよくある話だ。ずっと友達だよ、また会おうね、なんて言っても、学生時代の繋がりなんて数年、早くて数か月でほとんどが消えてしまう。
 特に私たちの世代の場合はそれが顕著だったんだと思う。ガラケーでメールをぽちぽちしていたあの頃と変わって、今はスマホで連絡はLINEが主流だ。昔はよく来ていた「メアド変更しました!」みたいなメールのように知り合いに「LINE作りました! IDです!」なんて連絡もわざわざしない。つまり時代の流れと共に、交友関係も一緒に消えていったのだ。

「まあいいヤ。とりあえずスマホ出してヨ」
「え、スマホ?」

 突然そんな言葉と共に、彼ははい、と手のひらを上に向けてこちらへ差し出す。なんで、と疑問を口にしようとすれば、連絡先交換するでショ、と当たり前のように言われた。あ、してくれるんだ。一応芸能人なのに。
 リビングに置きっぱなしにしていたスマホを取りにいって、急いで玄関先に戻ってくる。ていうか手を差し出してきたってことは夏目が友達追加の作業をしてくれるってことかな。画面ロックを解除してからスマホを彼に渡せば、やはりその通りだったようで、彼は慣れた手つきでスマホを操作し始めた。面倒見いいな。……けど、いくら過去同級生だったからっていきなり連絡先を交換するなんてすごい行動力だ。見習いたいけどいつからそんな人間になったんだ夏目は。ああいや、でも人目を気にしないというか、我が道をいくところは昔から変わってないし、そう考えるとやっぱり何も変わってないか。

「……ねえ、まさか手当たり次第に女の子と連絡先交換したりしてないよね?」
「はァ!? 何それ、喧嘩売ってるノ!?」
「や、あまりの行動力にちょっと聞いてみた。だよねそりゃそうだよね」
「いちいち腹立つナァ……ハイ、追加しといたヨ」

 手渡された自身のそれを受け取って画面を見れば、新しく追加された友達に「逆先夏目」と表示されていた。なんか変な感じだ。

「じャ、スタッフさん待たせてるシ、ボクはもう行くけド。……一つ聞いていイ?」
「え、何?」

 夏目はスマホをパンツのポケットに入れ直し、ちらりとドアを見る。恐らく待たせているスタッフさんたちを気にしているんだろう。それもそうだ、というか何してたのとかどうせ説明が大変になりそうなんだから、早く帰った方がいい。
 だからその流れで帰るかと思った彼だったが、一瞬私に背を向けようとしつつもすぐに向き直って、そんなことを言ってきた。なんだ、ここに来て聞きたいことって一体何だろう。わりとシリアスめな空気を醸し出している(ような気がする)夏目に、私もちょっとだけ身を引き締める。しかし、聞こえてきた言葉は予想に反してあまりにも薄っぺらいものだった。

「どうしてあそこまで頑なに目を逸らし続ケ、ボクのことをやり過ごそうとしたノ」
「うーーーわそれか!!」
「その反応だと多分くだらない理由だからいいヤ」
「聞いてよ!? いや聞いてほしくないけど質問してきたんだから答え待っててよ!」
「じゃ、お邪魔しましタ」
「待て待て待てまて」

 私の答えを待たずに帰ろうとする夏目のシャツの袖を、思わずわしりと掴む。掴まれた本人はええ、という顔でこちらを見てくるけど、いや尋ねてきたのはそっちじゃん!
 とは思いつつも、私もその反応が気に食わなくてこの行動をおこしてしまったわけで、ぶっちゃけ、いやぶっちゃけなくても彼をやり過ごそうとした理由なんて話したくない。だって恥ずかしいじゃん、同級生に恋愛相談してしまったからなんて、いかにも恋愛経験少ないですアピールみたいだし。やめろよマジで少ないんだから!
 しかしいかにも言いたいですみたいな言動をしてしまったのは私であり、夏目は面倒くさそうにしつつもじっと待っていてくれている。もう言うしかない。ていうか何だやっぱ聞きたいんじゃん。私は言いたくないのに。お互いの言動正反対すぎるでしょ、入れ替えてくれ。

「あー……いやその、ほら。こう、恥ずかしいじゃん。同級生に恋愛相談なんて」

 思春期なんてとっくに通り過ぎた。でも思春期を共に過ごした男の子にそういう話するのって、なんかすごい気が引けるというか、恥ずかしい。なんだか自分が居た堪れなくなって、顔を俯かせる。さすがの私でも 今この状況で夏目の顔は見れないよ。あまりにも自分が情けなくて。しかしその行動でようやく自分が未だ彼の服の袖を掴んでいることに気づく。これじゃ帰れないじゃん、とすっかり握りしめていたそれを離そうとしたその時。

「あれは二次元のキャラクターとの恋愛相談、もしくテレビ用に適当に恋愛事を相談したんだと思ってたんだけド」
「……え」

 当然とでもいうような声に思わず顔を上げれば、そんなわかりやすい表情をしていたのか。私の顔をみて、やっぱりネ、と夏目はまた呆れたように言葉を吐いた。

「キミのことだからどうせそうなんだろうと思っタ。本当に恋愛相談したかったラ、普通は片思いの相手を述べるとカ、具体的に色々言ってくるパターンが多いしネ」
「なっ……え!? じゃああの占い内容適当だったってこと!?」
「失礼ナ。仕事はちゃんとするヨ」

 なんということだ。それじゃあつまり、夏目は全部わかっていて本当に私の恋愛を占ってくれたということか。何だそれ、さっきとは別の方向で恥ずかしくなってきた。確かに学生時代の私も今と全く変わらずにオタクだった。そしてそれはもちろん夏目も知っていたわけで。でも今でもそう思っていた、察していたなんて、私がまるで成長していないという真実を完全に見透かされていたということで。
 ああもう、なんか、なんか恥ずかしいぞ私!! 夏目のよく当たると言われている占いで「人物像が見えない」と言われたことなんかもはやなんだってよくて、あまりにも居た堪れない自分自身が嫌すぎて今すぐ穴の中に入りたくなった。

「…………きつ」
「はいはイ、わかったかラ、もう離してくれないかナ」
「なんで夏目はそんな平常運転なの……」
「なまえへの対応なんてわかりきってるからネ」
「それ中学時代の話でしょ……どんだけ成長ないの私……」
「わかったかラ、続きはまた今度にしてネ」
「今度……え、今度?」

 思いがけない言葉にもう一度夏目に向き直れば、彼は私か掴んだ自身の服の袖を見つめたままはあ、とため息をついた。

「何の為にID交換したと思ってるノ」

 それはつまり、また会ってくれるってことですか。
 夏目は待ちくたびれたのか、とうとう私の手を振り払う。私がずっと掴んでいた袖は、びっくりするほどくしゃくしゃになっていた。

「ウワ、ひどイ」
「ごめん……いつ会う……?」
「相変わらずめちゃくちゃだネ、キミ」

 ごめん。だって、なんか嬉しくて。でも夏目だってちょっと嬉しいでしょ、そういう顔してるもん。わかっちゃうんだよ。だって私、夏目の友達だから。