「で、最近逆先くんとはどうなの」
「えっ」

 あまりに突然の質問に、ひくりと口元が引きつる。すぐに答えることは出来なくて、しばらくえっと、と口ごもってしまった。商店街特有の陽気な音楽や、店先で繰り広げられるお客さんと店員さんの会話が、私たちの不自然に空いた間を無理やり埋めてくれるような気がした。が、もちろんそれに頼ってばかりじゃ友達のこの視線を逸らすことは出来ないだろう。

「別に、どうも何もないよ」

 そう言うことが精一杯で、私は視線を自分の進行方向へと向ける。まあでも、事実だし。特に進展とかそういうことがあったわけじゃないし、答えとして間違いではない。
 しかし彼女はそんな私の回答に、ええ!? とまるで信じられないとでもいうように驚いた声をあげた。

「噓でしょ、告ったり告られたりとかしてないの!?」
「なんでそうなるの!?」

 声を大にした彼女につられて、私も思わず声が大きくなる。はっと一瞬にして我に返ってきょろきょろと周りを見回すが、活気ある商店街の中で私たちの会話を気にする人はいなかった。それに安堵しつつ再び隣で歩く友達を見れば、驚いたような、信じられないというような。とにかく色んな感情を含ませたような表情で私を見ている。なんでそんな急に片思いのゴールの考えにたどり着くのかな。勇気を出してこの子に「私夏目のこと好きだったみたい」とカミングアウトしたのは比較的記憶に新しいのに、そんな短期間で進展すると思うのか。ていうかそれを打ち明けた時も、まあ私よりも私の気持ちをわかってたっぽいけれど、それにしても一切驚かずにやっぱりね知ってたみたいな反応を全面に出されたし、本当にこの子の考えていることがわからない。

「なんでも何も、もしあんたらの状況を他に知っている人がいれば全員が全員そう言うと思う。まあ私しかいないけど」
「その根拠のない自信何なの。私で遊ぶのやめてよね……」
「別に遊んでるわけじゃないんだけどなあ」

 平然と彼女はそう言うが、行き先を見守る彼女その様子はまるでゲームマスターのようで、この先の展開すべてを知っているんじゃないかという錯覚にさえ落ちる。実際私のことを心配してくれて、応援してくれてるのもわかってるけどさ。そういう人だし。じゃなかったらこんなに何年も友達続けてないからね。

「……進展とかはないけど、『fine』の日々樹くんに会ったよ」

 信用できて口が堅い友達だからこそ、誰々に会ったという報告はわりとしていた。(ちなみに夏目の許可は取っている)それでもあの夜、ラブホ街を誤って通ってしまった日のことを話すのはなんだかむず痒くて、最近の出来事として日々樹くんの名前をあげてみる。すると彼女は間髪入れずに再びは!?  と驚愕した表情でこちらを見た。

「また偶然会ったの!? 本当にその運のヤバさどうなってんの!?」
「違うよ今回はあっちから会いたいって連絡が来たの!」
「さらにどういうこと!?」
「いや私もよくわかんないけど!」

 かくかくしかじか、と私にできる範囲で日々樹くんが私に会いたがった理由を話す。結局興味本位というやつだったみたいだけど、今考えたら果たして本当にそれだけなのかという疑問が生まれてしまった。まあ考えたところで答えが出るわけじゃないし、それを追求する気もないけど。
 話を聞き終えた友達はいや〜……と相変わらず驚いたままで、どうするべきかわからない口元をとりあえず小さく引き上げたように感じた。

「意味わかんないけど、なんかなまえも芸能人みたいに遠くなった気がする」
「やめてよ勝手に。私はただのどうしようもない限界社会人オタクだよ」
「知ってる」
「ちょっとは否定してよ」

 いや事実じゃん、と言われればそうだけどさ、と返すことしかできない。まあちょっと特殊なだけで、私が一般人であることには何も変わりはないしね。

「でもいいな、なんで私が一緒にいるときにその運発揮してくれないの? 私もアイドルに会いたい」
「そんなこと言われても知らないです。どちらにせよ下心ありまくると運は発動しないよ、知らんけど」
「下心はあるけど芸能人のプライベートに遭遇した時のマナーくらい弁えてます〜!」
「はいはい」

 そんな会話を繰り広げながら歩を進めていくと、やがて目的地であるお店が見えてきた。商店街の中にある、小さな手芸用品のお店。今回私はこの友達の付き添いであそこに行くわけだが、この商店街にあんな小さな手芸用品店があることすら知らなかった。まあそもそもこの商店街に来ること自体あまりないけど。
 お店自体は狭いが、彼女曰くあそこはかなりの穴場らしい。良いものが商業施設などに入っている大きなお店よりも比較的安く買えるのだとか。フォロワー五桁いる人気コスプレイヤーの彼女が言うのだから間違いないのだろう。だから布とか買うときはあそこがいいよとかこの前言われたけど、私が付き添い以外で手芸用品店に行くことはそうそうないと思う。

「次は何のコスすんだっけ」
「この前追加実装された新キャラ」
「似合いそう。またフォロワー増えるよ」
「フォロワーはともかく私も我ながら似合う予感はしている。てかスマホ鳴ってない?」
「え」

 指摘されてがさごそとバッグを漁る。そういえばマナーモード一回切って、戻し忘れてたかも。多分通知音だから着信じゃないと思うけど、とりあえず確認してまたマナーモードにしておかないと。……通知か、LINEだといいな。
 スマホを取り出してわくわくしながら通知の内容を確認する。が、画面に表示されていたのは期待していた名前ではない人からのLINE通知だった。

「LINE? 誰から? 逆先くん?」

 からかうように友達が言う。本当にこいつ楽しんでるなっていつもなら思うところだけど、今回ばっかりはその通りすぎた。

「じゃなかったけどそうだといいなと思ってた」
「え、何めちゃくちゃ素直じゃんどうしたの」
「違うんだよだって単発大勝利した結果が嬉しすぎてさあ! でも返事きてないんだもん!」
「え、それ私にも送ってきてたやつ? 待ってそれ逆先くんにも送ったの!?」
「だって夏目ガチャよく引いてくれるし……もうなんか勢いで……喜びを共有してほしくて……」
「うわオタクだ」
「うるさいな」

 自分もオタクのくせに、と悪態をついてみるが、実際その行動がどうしようもないオタクすぎることを自覚しているのでそれ以上何も言えない。だってだって、嬉しかったんだもん。それに、夏目と連絡を取り合うことが日常の中に組み込まれすぎてて。
 めちゃくちゃ逆先くんのこと好きじゃん、とまたからかい半分で言ってきた友達の言葉になんだか否定することもできなくて、私はまたうっさいな、と一言呟いた。

 お店に着いて中に入ってみると、そこには狭い店内に様々な布や毛糸などが所狭しと並べられていた。例えるならそう、激安の殿堂とか、遊べる本屋さんとかそんな感じのぎちぎち具合。それよりかはだいぶ品はあるけれど、なるほどこの感じなら確かに見た目以上に取り扱い品数も多いんだろうなと思った。
 二人で例のキャラの衣装に良さそうな布を探す。私は裁縫知識なんて一ミリもないから、この布は良くないとか糸が切れやすそうとかそういうのはわからないけれど、そういうのを抜きにして単純に選ぶのは楽しい。だって今はただの一枚の布なのに、これがいつしかあんな煌びやかで素敵な衣装になるなんて、夢が溢れるじゃん。こっちがいい、でもこっちでも良さそうかも、なんて言う友達の横顔はまさに真剣そのもので、オタ活とはいえ本当にコスプレが好きなんだな、と感じさせられる。そういう姿は見ていて気持ちの良いものだ。
 そんなことを思いつつにこにこしていたら、突然ねえ! という小声付きで肩を小さく叩かれた。その相手は言わずもがなで、いきなり何? と聞くと、あれ! 棚の向こう! と相変わらず小声で、それでも何故か興奮しながら、友達はそちらを指さした。
 商品が詰められた棚の隙間から、目を凝らして彼女が言うものを探す。一体何があるっていうんだ、棚の向こうなんて、それこそ人一人入るくらいの横幅の狭い通路しかないぞ。そう思いながらきょろきょろと視線をさ迷わせると、目に飛び込んできたのはスラっとした人影。眼鏡をかけたその人は、体格的に男の人だろう。深めに被った帽子から、青みがかった髪の毛がふわふわと飛び出していた。ああ、つまり先ほどの私たちの会話はフラグでしかなかったってことだ。
 完璧なまでのフラグ回収に私たちはお互い顔を見合わせる。ありがとう豪運の持ち主、なんて言われても、別に全く嬉しくなかった。

「うわあああ!?」

 その瞬間だった。ガッという何かがぶつかったような音に、慌てたような彼の声。そして物がたくさん落ちるような音。商品棚から色んなものが消え去り、私たちの視界が開けたことから、もはや何が起きたかを理解するにそう時間はかからなかった。落ちたものが毛糸ということで音がしなかったせいか、店員さんがやってくる気配はない。けれど彼一人自分のやってしまったことに慌てふためき、急いで拾い集めようとしている。もう一度、私と友達は顔を見合わす。

「……芸能人と遭遇した時のマナーは?」
「そういうの関係なしに、これは単なる人助けでしょ」

 そう吐き捨てた彼女についていくように、私も彼のいる方へと向かった。
 狭い通路を通り、無言で落ちた商品を拾い集め始めた私たちに気付いて、彼はすみませんすみません! と申し訳なさそうに謝る。テレビで見る通りの優しい雰囲気と声色、そしてドジっぷりに笑いそうになりながらも、ひとまず目の前のやるべきことに集中する。
 やがてそれらすべてを拾い集めて棚に綺麗に戻せば、彼は私たちにもう一度すみません、と前置きしてから喋りだした。

「助かりました〜ありがとうございます。うっかり棚にぶつかっちゃって……」
「いいえ、困ったときはお互い様ですから」

 眉をハの字にして笑う彼に、びっくりするほど綺麗な営業用スマイルで返す友達。本当この子美人だな、それで何人の男を虜にしてきたんだろう。
 そんな羨ましさを交えつつ、改めて彼へと向きなおる。マスクをしていない彼はどこからどう見ても青葉つむぎくんそのもので、隠す気がないのかと思えるくらいだった。いや、もしかしたら本当にそうなのかもしれないな。ここは夢ノ咲学院近くの商店街だし、彼にとっての顔なじみが多いのかもしれない。だからこそすぐに気づいてしまった。が、だからと言ってどうという訳ではない。私たちはこうやって接触してしまったが、そもそもはプライベートのアイドルを見かけても話しかけるつもりはなかったのだ。
 正直、ちょっと喋ってみたい気はした。だってつむぎくんは、夏目の数少ない「内側」にいるひとだし。けれど自分の立場をどう説明していいかもわからないし、私が話しかけることによって何か彼が不快な思いをしてしまうことは避けたい。今までは何故かあちらから話しかけてくるばかりだったが、今回ばかりは知らないふり、気が付かないふりをするのが賢明だろう。
 だから私たちはそそくさとその場を離れようとした。そしてまた布選びに集中しようと思った。

「あの、君」

 が、彼から発されたその一言でぴたりと動きが止まってしまった。呼び止められた? 誰を、友達を? それとも私を? 驚きつつゆっくりと振り返れば、つむぎくんとばちりと目が合う。私を呼び止めていたんだと確信した。

「ええと、すみません。つい呼び止めちゃったんですけど……いや、知り合いの知り合いに、君が似てるような気がして」
「知り合いの知り合い……?」
「はい。といっても、俺は会ったことないんですけどね。俺の知り合いにすごく仲の良い子がいるらしくて、その子の話を色んな人から聞くんですよ。まあその仲の良い本人は何も話してくれないんですけど」
「へ、へえ……」

 あ、これ間違いなく私のことだ。周りの人、というか私と会ったアイドルがぺらぺら他人のことを話すとは思えないけれど、宙くんとかは何でも楽しそうに話しそうだし。そして夏目本人が話さないってあたりに説得力がありすぎる。仲が良いって散々色んな人から言われてきたし、自負はしているけど、こうやって言われるとなんだかちょっと恥ずかしいな。
 友達がにやにやとこちらを見ている。やめろその目。とりあえずつむぎくんに対してにこにこと笑ってみれば、彼はあはは、と小さく笑った。

「よく連絡も取り合ってるみたいで。でも昨日は彼曰く『どうでもいい』連絡が来たそうで、スマホ投げ出しちゃってましたよ。そんなこと言いつつも本心は――」
「はあ!? どうでもいいって何! 私のガチャ結果報告はそんな扱いか!! いや夏目にとったらそうなのかもしれないけど! でも夏目に報告したかった私の気持ちもちょっとは汲んでくれ!?」
「……え?」

 私が思わず口走ってしまった言葉のあとに、つむぎくんが呆然と私を見る。そしてここでようやく私自身も自分が言った言葉を理解する。

「…………あ」

 やってしまった、と思ってももう遅い。助けを求めるように友達を見るが、彼女はあーあ、とでもいうように呆れ切った表情をしている。時は戻せないし、言い逃れは出来ない。別にバレてどうこうというわけでもないが、正直ちょっと居心地が悪いし、バレかたが良くなかった。確かに他のアイドルの皆と喋ってみたいとは思ったけれど、別にこういう形は望んでいなかったよ。ああ、だったらつむぎくんが私のこと認知してくれていたならよかったのに、むしろこれだったら最初から自分で夏目のことを言及すればよかったのに。どうしようもないことを思いながら、またへらへらと笑みを浮かべる。同ユニットの友達と聞いている相手のファーストインプレッションがブチ切れ(クソオタ)女って、最悪すぎるでしょ。

「しっ……つれいしました!」

 挽回の方法すら思いつかなくて、私は咄嗟にそのまま店を飛び出した。ごめん友達、あとで連絡してまた落ち合おう。
 外に出た瞬間、店の中で感じていた閉塞感が一気になくなって、広い世界に解き放たれたような感じがする。太陽がやけに眩しくて、思わず目を細めつつも私は適当な方向に走り出した。そういえば前も似たようなバレかたして、トリスタから逃げたなあなんてことを息を切らしながら思いだす。全然学んでない自分に嫌気が差すものの、別にそれくらいいいじゃんと思うもう一人の自分もいたり。うん、いいんだけど、いいんだけどさ、別に。でも本当に、贅沢かもしれないけどつむぎくんと話すならもっとじっくりちゃんと話して、交流を深めてみたかったよ。
 しばらく離れた商店街の入り口までいってから、友達に連絡しようとスマホを取り出す。するとまたひとつ、LINEの通知が届いていることに気付いた。友達に連絡をしなければならないのに、それより先に待ち望んでいたその相手からのトークルームを開く。

『良かったね』
「……返事遅いよバカ夏目」

 もっと早く返事くれれば、私もあんなこと言わなかったのに。とんだ責任転換。たった一言のその返事が嬉しくて、憎らしい。つむぎくんが先ほど言いかけたことも、冷静になった今ならわかる気がする。本当にどうでもいいことだったら、夏目の性格上返事なんかしないはずだ。くそ、くそ、むかつく。こうして私は、どんどん彼のことが好きになるんだ。

「ほんっと、むかつく」

 スマホを握りしめて、一人ごちる。どこにもぶつけられない、どうしようもない気持ちを抱えつつ、私はさっさと友達にメッセージを送る。
 周りで鳴り響く商店街の愉快なBGMは一見この状況に不釣り合いな気もするが、実際内容がオタクすぎる、というかどうしようもないから、多分めちゃくちゃ適正なんだろうな。これが例えば夜で、ビル明かりに照らされた街中で、スマホを開いた場所が橋の上とかで、私は泣いてて。そんな感じだったら、完全に映画化決定だっただろう。こういうこと考えてる時点で、確実に私はヒロインにはなれないけど。
 ぴこん、とまたLINEが飛んでくる。商店街の入り口にいるよ、と送った私に対して送られてきたのは、「さっきのめちゃくちゃ笑った」といううるせえとしか言いようがない感想だった。