やばい、本当にやばい、やばいとしか言えない。この手に握っているのは整理番号128と書かれたチケット。そしてスマホに表示された画像、もとい「当日抽選券当選番号」と書かれた紙が撮影された写真の中には128と書かれた文字。それとチケットを見比べる、見比べる。夢じゃない、……夢じゃない!
「あたったー!!!!!!!」
ようやく実感して、思いのままに叫んだ。多分一昔前のアニメだったら家の外観が映し出されて、私が叫んだ瞬間にその声にびっくりして周りにいたスズメが飛び立っていっただろう。例えがわかりにくすぎるが、要はそれくらい大声を出したってことだ。近所迷惑だなんて考えられない。だって当たってしまったんだから! と、こうはしていられない。開演は一時間半後だ。早速準備して会場へ向かわないと!
今日は私が大好きな原作を元にした、2.5次元舞台が開演される日だ。といっても、初日でも千秋楽でもない、ただの中日だけど。けれど私はそのチケットを一枚も手にしていなかった。昨今の2.5次元ブームと原作の女性人気により、チケットは信じられないくらいの争奪戦。最速先行から先着順の一般発売まですべて戦争に参加したが、どれも惨敗。残る望みは公演当日に当落が発表される当引……いわゆる当日引き換え券のみだった。
しかし当引はかなりの狭き門であり、リスクが高い。というのも、まず抽選券を手にするために抽選をしなければいけない。つまり、抽選券を手にする権利を巡った争いを潜り抜けなければ、スタート地点にすら立てないということだ。むごい、あまりにもむごすぎる。まあ私はなんとか潜り抜けたんですけどね!
そして開演一時間半前に公演会場にて当選した整理番号が発表される。が、ここでリスクが高いという点が出てくる。紙が貼りだされるのは公演会場のみで、Twitterなどでのお知らせはなしだ。つまり、当たっていても当たっていなくても自分で確認しに行かなければいけないということ。確認しに行って当たっていればいいが、当たっていなければそこにいくまでの労力、そして落選という精神的苦痛を味わって帰宅することになる。どう考えても地獄である。
じゃあなんで私はまだ家にいるのかというと、Twitterで現地にいる有志の方が当選番号の写真をアップしてくれるのをひたすら待機していたからである。アップされないかもしれないというものを永遠に待ち続けるわけにはいかないので、さすがに開演時間に間に合うような時間にはどちらにせよ家を出るつもりだったが、落選の可能性も考えて、なるべく有志の方の写真を待ちたかった。
そして今私は当引の当選を自宅で確認して、アップしてくれた方とチケット運を恵んでくれた神様に感謝しながら全速力で支度をして家を出たところである。幸いにも自宅と会場がものすごく離れているという訳ではないので、(そもそも離れていたら家で待機していない)今から行けば普通に間に合う。もしかしたら開演前にグッズ買う余裕もあるかも……いやさすがにその時間はないかも。まあグッズは終演後でも買えるし、全然問題ない!
電車に乗り込んでから、しっかりとTwitterに当選報告をする。おめでと〜! とリプライで祝ってくれるフォロワーに感謝の返事をしつつ、ソシャゲも回しつつ。これから観ることのできる舞台に想いを馳せていれば、あっという間に会場最寄り駅に到着していた。
駅に着くなり、それっぽい女の子たちが次々と同じ方向へと歩いていく。私はいつもこの光景を見るとわくわくする。だってこれから楽しみが待ってるんだって思うから! 行ったことのある会場だったから、方向音痴の私でも道のりは完璧。いや、前の子たちに着いていけば迷うこともまずないんだけどさ。
そして会場に着けば、建物の中にも外にも女の子たちが溢れていた。もはや見慣れたその光景を潜り抜けて建物の中に入れば、先ほど写真で見た当引の当選番号がでかでかと貼りだされている。128……うんあるな、間違いない。
るんるんと引き換え窓口に向かってスタッフさんに整理券を見せれば、スタッフさんが番号を照らし合わせようと何やらリストを取り出した。その間に私もお財布を出してお金を準備する。未だリストを見ているスタッフさんの隣では、別のスタッフさんが同じように何やらリストを見ていた。隣の列は関係者受付だ。じゃあ今私の隣にいる人は関係者なのか〜出演者の家族さんとかかな、なんてちらりとその顔を盗み見る。
「え」
そして声を出してしまったから、相手も私を見る。その顔はマスクに覆われているけれど、私と同じように驚いている表情が読み取れた。
「ねえねえ夏目まだ〜? もうちょっとで始まっちゃうんじゃないの?」
「こら明星、静かにしろ。ここでお前の存在がバレたら大変なことになるぞ」
さらに彼の後ろに男の人が二人。そうだね、大変なことになると思うよ。だからまずは人目も気にせず名前呼ぶの何とかしたほうが良いと思うよ。
「お客様、番号確認が取れました」
「あ、は、はい!」
すっかり固まってしまった私をみて、不思議そうにスタッフさんが声をかける。いつの間にか私の後ろにも人が並んでいて、慌てて料金を支払った。隣からは彼らの騒がしい声が聞こえる。わかっちゃったよ、夏目の後ろにいるの、『Trickstar』の人たちでしょ。三次元アイドルに詳しくない私でもわかる。だって名前呼んでたもん。ていうか夏目も名前呼ばれてたもん。でもごめん、黒髪の君は名前呼ばれてないからわからないや。明星くんと一緒にいるからトリスタの人だってことはわかるし、マスクの上からでもなんとなく見たことある気がするけど。……いやまあ、そんなことはどうでもよくて。しかしなんかこう、あの占い番組にしろ、あまりにも偶然がすぎるな。
多分あちらも私を見ないようにしているのだろう。こんないつ身バレしてもおかしくないところで、一般人丸出しの私と堂々と話してるとこ見られるわけにはいかないだろうし。ということで、無事にスタッフさんからチケットを受け取った私は、見て見ぬふりを徹底することに決めた。
グッズを買う時間の余裕はギリギリあったが、じっくり悩んで買いたいので購入は終演後にすることにした。
そうして座席に着いた。席位置はかなり良くて、真ん中の後ろ、舞台全体が綺麗に視界内に収まるようなところ。しかも通路席だ。この舞台に客振りはないけれど、ある舞台だったら死んでたな。
でもそれよりも、斜め前に最近見る機会が増えた赤い髪。そうだよね知ってた、こっちだって長年2.5メインの舞台オタクしてるからね。当日券は関係者席の余りなどから出ることが多い。だから現に私の席位置がかなりいい訳で。つまり、関係者であり、関係者席に座る彼らと席位置が近いことは当たり前で。
「舞台楽しみだねー! 日々樹センパイ、どんな役なんだろ?」
「何も知らないで来たのかお前は」
「だってホッケ〜も夏目も行くって言うし! 俺もスケジュール空いてたから観てみたくて!」
「わかったから大きな声を出すな」
うーーーーん胃が痛い! 私の隣に座ってる女の子がちらちら君たちを見てるぞ! だからもうちょっと自分たちが凄い人だってこと自覚したらどうかな!? てか先輩呼びってどういうことだろ? 同じ学校だったとか? てかそもそも夏目と彼ら二人が一緒に来ている理由がわからない。夏目とトリスタって仲良いのかな。一緒に喋ってるところ全然想像つかないけど。ああでも事務所は同じESビルに入ってるんだっけ? 今の会話の感じだと最初に舞台を観に行こうとしてたのは夏目と、……ホッケ〜さん(名前がわからなくてごめん)らしいけど。夏目も明星くんたちと同じように日々樹くんと知り合いなのだろうか。正直そうだったらめちゃくちゃ羨ましい。だって2.5にはあまりに出てないにしろ、演劇界で有名、さらにに人気アイドルユニット『fine』に所属してる日々樹くんだよ!? 何回か彼の出演している舞台を観たことがあるけれど、息を呑むような憑依型の演技で圧倒させられた。
夏目の交友関係なんて何も知らないからなあ。今度気が向いたらグーグル先生に聞いてみるか。何かしら教えてくれるでしょ。少なくとも、今の私よりもネットの方が夏目のことを知っているような気がした。
そんなことを考えつつも、前方からは未だに喋り声が聞こえる。ホッケ〜くんも注意しつつ明星くんと喋りまくってるし。彼、多分天然なんだろうな。
「ねえねえ、終わったあと楽屋行けるんだよね? 俺他にも知り合い出てるし会いたいなー」
「そうだな、差し入れもそこで渡せるだろう」
「……ねェ、いい加減そろそろ静かにしてくれないかナ?」
そこでようやく夏目が口を開く。比較的声は小さめだ。
「そうだぞ明星。逆先の言う通りだ。ほら、十円やるから大人しくしろ」
「えっホッケ〜こんなキラキラの十円持ってたの! 早く言ってよもう〜! やった〜嬉しい! 静かにするよ!」
え、何、十円? 明星くんってお金で解決されるタイプなの? いやでも十円って金額あまりにも安すぎない? どういうこと? 全然意味がわからない。けど、この短時間で確実に彼らに興味を持ってしまっている。今度彼らの出てる番組見てみよう。
まあでも明星くんがお金で解決したお陰で、前方席からは無事に喋り声が聞こえなくなる。そしてそれからすぐに会場が暗くなり、舞台が始まるのだった。
*
めっっちゃ良かった。いや、めっちゃ良かった。あまりのストーリーの良さと役者さんの演技、舞台の演出に後半ほとんど泣いてた。天才。ありがとう。この素晴らしい舞台を生み出してくれてありがとう。
会場が明るくなって、急いで涙を引っ込める。ずびずびしてるの恥ずかしすぎるしね。ああグッズ、早くグッズ買わなきゃ。そう思って立ち上がろうとしたとき、前の列の席に座っている彼らも立ち上がった。そしてぞろぞろと私の左隣の通路を通っていく。これから楽屋行くのかなあ、なんてぼんやり思っていたが、ふと右からの視線に気づく。あ、さっき彼らをちらちら見てた女の子。待って、これもしかして声かけるやつ? いやいや、さすがにこの状況下で声を掛けるのはまずいんじゃないか。街中でこっそりとかならまあともかく、こんなオタクだらけの空間で声なんてかけたら地獄絵図だぞおいオタク!
「あの!」
だから、その瞬間は半ば無意識だったと思う。
「わー! すみません落ちちゃった〜!!」
ばさばさとまき散らしたのは会場で貰える公演チラシ。何枚も重なったそれがばらばらに落ちてしまうと結構大変だ。(経験談)まあ今回はそれを半分無意識、半分意図的にやったのだ。そして私が立っている場所は通路側の席の前。右隣にいる彼女が彼ら三人に話しかけるには、この私とばらまかれたチラシを超えなくてはならない!
ちらりと横目で夏目を見る。マスクの上でもちろん表情なんてわからないけれど、ほんの少しだけ、目が見開かれた気がした。さっきの女の子が自分たちに声を掛けようとしていたのもわかっていただろうし、私のやったことの意図もわかっているだろう、……多分。ただの私のドジが発揮されただけかと思ってるかもだけど。
「ごめんなさい〜!」
さあ、私に構わず早く行け! アカデミー賞ものの演技でチラシを拾い集めようとすれば、例の彼女も一瞬彼らのことを見たが、それでも一緒に拾い集めてくれた。さすが困っている人を見過ごせない日本人だね! 素晴らしい! そしてごめんよ女の子、本当に申し訳ない! 話しかけたいよな、わかる。けどせめてこの場では我慢してくれ!!
通路を通っていた他の人たちも拾うのを手伝ってくれて、この世の人の優しさに涙が出そうになった。なってないけど。そしてすっかり集めた頃には、彼ら三人の姿はもうこの客席内にはいなくなっていた。恐らく無事に楽屋に行けたのだろう。良かった。感謝しろ夏目。
お節介かもしれないけど、多分これが正しい行動だったと思う。だからねさっきの女の子、ちょっと恨みがましそうに私を見るのやめてね!? 明らかな敵意を示してないだけマシだけどさ! まあ見た感じまだ若い学生だろうし、これから色々学んでいってくれ!
……と、まあそんなことは思いつつも口に出すことはせずに。女の子を含め拾ってくれた方々にお礼をして、私はそそくさと客席を飛び出した。なんだか今のでちょっと疲れたからすぐに帰ろうかと思ったけれど、まだグッズを買っていないことを思い出す。いや、グッズは買わなきゃダメでしょ! 個人ブロマイドにランブロは絶対!!
オタクは強い。先ほどの一件なんか一瞬で忘れて、私は財布を握りしめてすぐさま物販列へと向かったのだった。