テレビを付けたら、ちょうど有名歌番組で『Switch』がパフォーマンスをしているところだった。右上には「話題の新曲をテレビ初披露!」なんてテロップが表示されている。メロディーラインを聴く限りまだAメロっぽいし、パフォーマンスは始まったばかりらしい。映像をふんだんに使われた『Switch』の魔法のステージを見るのは初めてではない。テレビ出演自体は同じ事務所の『Knights』等には及ばないものの、人気アイドルとしてメディアによく出ているのは変わりないからね。
 テレビの中で歌い踊る夏目は普段話しているときと別人のようだ。……いや、そんなこともないか。スタッフさんの前ではメディア用に猫かぶりしてたし。私の喋っているときも顔はかっこいいんだけどね。変な人ってイメージがすっかり染みついちゃってるからなあ。
 『Switch』について詳しいわけではない。夏目と再会する前もテレビで出てたらなんとなく流し見るって感じだったし。それで「夏目元気にしてるんだなあ」なんてちょっとおセンチな気分になったりね。でも再会してから、ちょっと気になって見るようになった。さすがに番組を録画したり、載ってる雑誌を買ったりなんてことはしてないけれど。でもそのお陰で。『Switch』は幸せを運ぶ魔法使いのユニットだというコンセプトも知ったし、夏目が、……彼らがとても楽しんで『Switch』として活動していることもわかった。

今テレビでSwitchのパフォーマンス見てる
宙くんかわいいね
つむぎくんもかっこいい
あ、もちろん夏目もかっこいいよ?笑

 まるで実況のようなLINEをぽんぽんと夏目に送る。こういうくだらない、というか他愛もないLINEを送ることも最近増えた。長年会っていなかったにしろ、距離感が変わることはなかったらしい。まあ、夏目は忙しいからLINEを送ってもすぐに返ってくることなんてほとんどないし、そもそも返事すらこないときだって普通にあるけど。
 しかしすごいなあ『Switch』のステージって。本当に魔法をかけているみたい。これは本当に幸せの魔法かかっちゃうよなあ。
 無事にパフォーマンスを見届けてからまたスマホを手に取れば、なんと珍しく夏目から返信が来ていた。丁度仕事の空き時間とかだったのだろうか。見てみれば、「ボクだけおまけ扱いなのが癪に障る。あとソラが可愛いのは当たり前だから」と来ていた。コイツは宙くんのモンペか? いや確かに宙くんが可愛いのは当たり前なんだけどさ。それはわかるんだけどさ。
 返信が来てた時間は私がメッセージを送って一分後で、普段ならありえないくらいの返信の早さにびびってしまう。先ほどの話題を続けることもせずに、返信はや、と一言だけ返せば、今ちょうど空き時間なんだよ、と予想通りの返事が来た。
 ならこの際次の会う約束取り付けちゃお〜なんて思ってLINEを送る。いつがいい? なんて送れば、またしても速攻で返事がきた。
 ……が、その返ってきた言葉を見て、私は思わず息が止まる。そして何も考えず、通話ボタンをタップしてしまった。プルルル、と何度かのコール音がしたあとだ。

『いきなり何!』
「夏目この日空いてるの!?」
『だから何! なんで急に電話してくるのサ! ボク慌てて楽屋出てきたんだけド!?』
「え、あ、ごめん! でさ、オフなんだよね!? だったらちょっと付き合って欲しいんだけど!」
『……はァ? どこに』

 夏目からのメッセージ。それは「この日なら丸一日空いてるけど」という、オフの日を伝えて来てくれたものだった。それなのに、どうして私がこんなに興奮しているのか。夏目も少し驚いているようで、先ほどより声のトーンが落ち着く。一方で私は既に興奮を抑えられなくて、そのたった一つの行き先を、大声で叫んだのだ。

「アニカフェ!!」

*

 賑やかな音楽が流れる店内にいるお客さんは九割が女の子たちだった。当たり前だ、ここは女性向けゲームのコラボカフェなのだから。だからこそ、この小さなテーブルを挟んだ向かい側にいる彼がひどく浮いているように見える。今日は深めに被った帽子と眼鏡だけの変装だが、そもそも周りの人たちはアニカフェを目的に来ているのであり、きっと周りのお客さんのことまでしっかり見ないだろう。コースターのためにドリンクを頼みまくってタイムアタックのフードファイターしてしまうオタクだってたくさんいるし、多分ここなら夏目も認知されないと思う。

「ねー夏目なに頼む?」
「よくわからないから普通においしそうなのがいイ」

 メニューを見つつそう言えば、彼は居心地悪そうに呟く。うーん、やっぱ女の子に囲まれてるし落ち着かないかな。ちょっとかわいそうになってくるけれど、ここは私を助けるためだと思って欲しい。それでもやっぱり少し申し訳なくて、ごめんね、と小さく言えば、別に謝らなくてもいいヨ、とそっけなく言われた。

 アニカフェと言った途端に物凄い拒否られた。何でボクがわざわざそんなところ行かなくちゃ行けないノ、とか。でもお願い! と頼み続けたら、意外にもあっさりと了承してくれた。
 もともと私はこのアニカフェにTwitterのフォロワーと行く予定だった。同ジャンルの、何度も会っている仲の良いフォロワー。しかし彼女が突然行けなくなってしまった。理由は明白で、今日が平日だからだ。確実にこの日はお互い有給取れる! という日を選んでアニカフェに応募、当選したのだが、彼女曰く突然仕事が忙しくなって、どうしても今日出社してくれと頼まれたそうだ。別にその理由を疑ってなんかいない。ただ本当に残念すぎて御社恨みまくりたい。けれどそればっかりは仕方のないことだ。
 しかしここで問題になってくるのが私の手元にのある余りの一枚のアニカフェ入場権利である。基本的にアニカフェは同行者のみのキャンセルはできなかったはずだ。私は有給取っちゃったし、この日に行きたい。だから他のフォロワーで同行してくれる人を見つけようとしたが、平日ということで都合のつく人はおらず。気が乗らないけど同行者募集かけるか……と思ったときに、夏目からのあのメッセージである。彼の一日オフの日がちょうどその日だった。もうこれは一緒に行ってもらうしかないでしょ!

 ということで、私は夏目と一緒にアニカフェに行くことにしたのだ。

「ともかク、これで借りはチャラだからネ」
「借り? なんの?」

 店員さんに注文をしてから、グッズの棚を見に行って、いくつか購入して。事前に買うものを決めていたからスピーディーに買い物できたこともあり、席に戻っても料理どころかまだドリンクすら到着していなかった。そうして席に再び座ったとき、夏目が口を開いたのだ。
 しかし私は借りなど思い当たる節がなくて、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。そんな様子を見て、彼は呆れたようにはァ、とため息をついた。

「この間の舞台のとキ。あれで借りを作っちゃったからネ」
「ああー……別に借りってほどでもないのに」
「ボクが嫌だったんだヨ」

 なるほど、だから夏目はあっさりアニカフェに同行することをOKしてくれたのか。納得した。私としては感謝しろよ! とは思ったけど、あのあとLINEでお礼を言われて、それだけで満足していた。というか、それ以前にランブロで推しが出たからオールオッケー! って気分だったし。借りというほど立派なことをしたわけじゃないし、別に見返りを求めていたわけじゃない。けれどもしかしたら彼はそれを思って、ずっともやもやしていたのかもしれない。そういうところ、なんだかすごい夏目らしいというかなんというか。でもまあ、結果的に一緒に来てくれたんだからよかったかも。

 それからすぐに二人分のドリンクが到着する。裏返しで店員さんがテーブルの上に置いてくれたコースターを見て、ちょっぴりどきどきした。私はフードファイトをするタイプのオタクじゃないから、この貴重なコースターの表面が果たして推しなのかどうなのかを思うだけで、一生分のギャンブルをしているくらいの気持ちになる。ちゃんとしたギャンブルなんてしたことないけど。ガチャはギャンブルに入るのかな。
 というかドリンクがすごい。語彙力が死んでいるけどドリンクがすごい。キャラクターモチーフのドリンクで、コラボカフェご用達の色のついたシロップがふんだんに使われたそれだけど、ところどころに小細工が合って面白い。
 そして続けざまに来た料理もこれまたすごかった。これは名場面をモチーフにしたものだが、その作り込みがすごい。すごいしか言ってないよ私。とりあえず料理を食べる前に、だ。写真を撮って、それからコースター二枚を確認する。が、残念ながら推しはいなかった。夏目も同じようにコースターを見ていたから、推しいたかな、と淡い期待を抱きながら声を掛ける。

「コースター誰出た?」
「ハイ。ボクはよくわからないからあげるヨ」

 そう言って手渡されたコースターの絵柄を見れば、それは、どこからどうみても間違いなく私の最推しで。

「なっっっっつめ天才ありがとう推しだわ!!!!」
「それは良かっタ。それよリ、こっちの料理の写真は撮らなくていいノ?」
「待って撮るまって」

 そう言うと親切にも写真を撮りやすいように料理の正面をこちらに向けてくれる。ありがたい。急いでコースターを大事にしまってから、再びスマホのカメラを起動する。あまり待たせるのも申し訳ないので、数枚いろんな角度から撮って、すぐにお礼を言って料理の向きを元に戻した。
 そしてようやく料理を食べ始める……前に。私はどうしても言いたいことがあった。この料理のことについて。普段ならフォロワーと語りに語って語りながら食べるところだが、果たしてそれを夏目に聞かせるのはちょっと……。でも言いたい。ここの造形がいかに素晴らしいか言いたい。

「……ねえ夏目、聞いてくれる?」

 でも言いたい。だってオタクだから。この感想、今ここで言わないと灰になって死ぬ。感想は熱がある新鮮なうちにってばっちゃも言ってた。恐る恐る問いかければ、何? と夏目は食べながら聞いてくれる。うん、甘えちゃおう。一気にさっと言ってしまおう。

「いやあのね本当聞いてほしいっていうかわからないと思うから聞き流してくれても構わないんだけど聞いて。このね、この部分。この部分の小さな星なんだけど、これが――」

 喋り出したら止まらないのがオタクの性。気づいて我に返ったときには、やってしまった! と思うことしかできなかった。一体どれくらい喋ってたんだろう。完全にキモオタでしかないでしょこれ。さすがに夏目引いたかな、ああでも聞いてないかな。わかんない。ちょっと怖い。
 恐る恐ると夏目の顔を見る。が、その表情は怒っている訳でもなく、呆れている訳でもなく。じゃあ聞いてなかったのかな、とも思ったが、夏目のお皿の上の料理は大して減っていなかった。

「な、夏目」
「ふうン……この料理にそこまで色んなモチーフや意味が込められてるんだネ。じゃあこっちのこれも何かあるノ?」

 しかしびくびくしつつ彼の名前を呼んだ私の予想と反するに、夏目は嫌な顔ひとつせずにそう聞いてきた。え、うそ。私の話、全部聞いててくれたの? 質問をしてきたってことは、興味を持ってくれたの? いやでも、そんなまさか。

「……ね、ねえ夏目。引いたり、しなかった?」
「なんで引くのサ。今の話はキミたちファンが作品を好きだかラ、そしてこのコラボカフェが作品に敬意をもってるから生まれる話でしョ。邪見にする話でもないと思うんだけド」

 聞いたこともないような言葉だ。だってオタクって、最近ようやく認められてきたものの、それでもまだまだ煙たがれたりされることも多いのに。そんなに、「わかって」くれるなんて。

「……夏目って、オタクじゃないのに色々とわかってくるよね」
「どういうこト?」
「今の話をちゃんと聞いてくれたこともそうだけど、例えばこういうコラボカフェってその……料理の値段がちょっと高めだったりとか。そういうところに驚いたり、文句言う人もいるのに」
「値段に関しては仕方のないことでショ。普通のカフェと違って色んなお金が絡んでくるんだかラ。でもまァ、前者に関してハ……」

 頬杖をついていた夏目が、ゆっくりとその姿勢を正した。彼の長い左側の髪の毛が、ほんの少し小さく揺れた。

「ボクが、アイドルだからかな」

 その言葉は、なんだか妙に美しく響いた。

「ボクたちアイドルは、ファンの皆がいてくれるからアイドルができる。皆がいて、初めてアイドルになれる。それと同じで、その愛を、否定するわけない」

 すぐに、言葉が出なかった。だって今のその一言が彼の本当の気持ちだということがわかったから。
 私は夏目がどうしてアイドルになったのか知らなかった。そういう話をする勇気がなくて。彼はかつてアイドルにはなる気がないって言ってたのに、どういう心変わりがあったのか。気になってはいたけれど、踏み込もうとは思わなかった。だっていつどこで人の地雷を踏むかなんてわからないしね。
 けれど、ちょっとだけわかった気がする。夏目が、どんな気持ちでアイドルをしているか。その言葉はあまりにも優しくて、美しかった。そしてそれに重ねて、私の立場や環境も肯定してくれた。やばい、年齢重ねて涙腺どんどん弱くなってるから。ここがアニカフェじゃなかったら泣いてたぞ。
 でもなんて言えばいいかわからなくて。上手い言葉が出てこなくて。だから、私が今言えることは。

「……とりあえず、そっちのメニューについて語っていい?」
「切り替えが早すぎてびっくりするヨ」

 まあ、それもお互い様だよね。