そんな自販機の少し先にあるソファに僕達四人は座っていた。この一部の空間だけ電気をつけて、テーブルを挟んで向かい合わせ。傍から見ればかなり異質な光景だろうが、そんなことを気にする必要もない。何故なら時刻は既に深夜十二時前であり、この場所に存在しているのは僕達だけだからだ。
静寂という言葉を見事に表したようなこの空間に、僕たちが集まったのはつい先ほどである。いつものような他愛のない会話を交わし、「して」と会話を切り出したのは零だった。
「斎宮くん。そろそろ本題に移ってはくれんかね」
「そうですよ〜。ぼくたち、なっちゃんのためにここにきたんですから。はやくはなしてくれないと、ぼく、『ねむく』なっちゃいます」
「ふふ、奏汰は寝るのが早いですからねえ。あまり眠かったら無理しなくてもいいんですよ?」
「ん〜……。まだ『だいじょうぶ』です」
そんなことを口々に話しながら、彼等は僕を見る。確かに、眠そうな奏汰を思ってここはさっさと話を始めてしまうのが一番良いだろう。それをわかっていながらも、僕の口はすぐに開こうとはしなかった。
そもそも何故この時間に集合になったか。それはもちろん、この僕たちが忙しいからという理由以外の他にない。かつて「五奇人」などと憎たらしい名前で呼ばれた僕たちが――まあ今ここには一人いないが、そんな僕たちがこうしてわざわざ会うなんてことも滅多にないことだ。僕自身は海外にいることが多いし、先日召集をかけたときも彼らは僕が日本に帰ってきていることすら知らなかったようだしね。
忙しい彼らの貴重な時間を潰してしまうのは得策とはいえない。それを彼ら自身もわかっているからこそ、普段だったらこんな時間に無理やり集まることもしないだろう。けれど僕が送ったたった一言のメッセージで、すぐにこの日時の約束が取り付けられたのだ。
『小僧のことで話がある』
……小僧のこととなれば、僕を含めた全員話が変わってくるからね。
一瞬ちらりと周りを見渡す。相変わらず人気はない。当たり前だ、そのためにこの時間でも人が多い星奏館等ではなく、このESビルのロビーを選んだのだから。他の誰かにこんなプライベートな話を聞かせるわけにはいかないからね。
しっかりと人がいないことを確認してから、僕はゆっくりと口を開いた。
「……小僧に、ガールフレンドがいるという話を聞いたことはあるかね」
瞬間、ぴたりと全員の動きが止まった。いや、奏汰のぷかぷかとした小さな横揺れは相変わらず続いているが。
「実は先日、セゾンアヴェニューに行った際に見てしまったのだよ。小僧と一人の女子が楽しそうに喋って、そのまま飲食店に入っていく姿をね。別に小僧ももう僕たちが守らなくてもいい立派な大人であるし、ガールフレンドがいてもおかしくないだろう。ただ君たちはそのことを……」
そこで言葉が止まってしまう。別に言いにくいということではないが、情けないことに、この感情を言い表すような的確な言葉が見つからないのだ。中途半端な言葉を使って語弊を招いてしまっても仕方ない。俗物どもが使うような簡略的で汎用的な言葉を使うのは簡単だが、そんなものが僕の口から出ていることを想像するだけでもおぞましい。
「――ふむ、そうか逆先くんが……。いや、我輩は彼から何も聞いとらんぞ」
「私も上に同じですねえ」
「うふふ、よくわからないですが、なっちゃんになかよしの『おんなのこ』の『おともだち』ができたのは、とっても『いいこと』だとおもいます〜」
しかしさすが奴ら三人といったところか。僕がその先を何も言わずとも、解釈して勝手に答えてくれた。どうやら僕が海外に行っていたから僕だけ知らなかった、というわけではないらしい。小僧なら日本にいる三人には報告をしていると思ったのだが、実際そうではなかったようだね。
そんなことを考えていれば、零が薄っすらと口角をあげてこちらを見た。
「逆先くんは、もうちいさな子どもではない。我輩たちが守ってやる必要ももうない。彼はもう立派な大人じゃ。だからこそ彼も我輩たちに頼らなくなった、言わなくなった。我輩たちが彼のことを知っていないといけないなんて、そんなことはないんじゃよ。むしろ逆先くんにも失礼じゃ。そもそも、何も仲良さげにしているところを見ただけで、別にキスなんぞをしていたところを見たわけではないんじゃろう? それだけじゃ、判断がつかないと思うんじゃけど」
その言葉を聞いて、自分の愚かさに顔を埋めたくなった。ああ、情けないね。あまり恋愛というものに関して話したことがなかったからこそ、あの小僧を見て先走ってしまった。自分が居た堪れなくて、どこか居心地の悪い気分になる。
「……すまない。零の言う通り、僕の早とちりだったのかもしれない」
「宗は過保護ですからねえ。でもまあ、心配する気持ちもわかりますよ」
「なっちゃんは、ぼくたちのだいじな『すえっこ』ですからね〜」
過保護だなんて。僕は決してそんなことはないが、大切なものを守りたいと思うのは皆同じだろう。というか、過保護という言葉をよりにもよってこの三人に言われたくはない。
「しかし零も知らないとは驚いたよ。君はてっきりなんでも知っていると思っていたから」
「それは我輩を買いかぶりすぎじゃよ。そんなのはあの頃の小さな夢ノ咲という箱の中だけじゃ。今の我輩はただの人間。自分のことで手いっぱいじゃよ」
「……ああ、そうだね。失礼したよ」
どうやら僕は少しだけ気持ちが過去に戻ってしまっていたらしい。それも仕方ない、彼らと顔をよく付きあわせていたのはあの動乱の時代だったのだから。僕らがこうしてここに座っていて、例え誰かがその光景を見たとしても、もう誰も僕たちを崇めたりしない。石を投げたりしない。俗称で括ったりしない。そういう時代になったのだ。
「まあでも、普通にそういうことを報告してこないのは寂しいがのう」
「君、今最もなことを言ったばかりではないか」
「それとこれとは話が別ですよねえ? ああ! 夏目くんに本当に彼女が出来ていたらお赤飯を炊かなければいけませんね! そして私のことを紹介してもらいましょう、私が彼の『にいさん』だと……☆」
「ええ〜ずるいです。そうしたら、ぼくも『にいさん』だと、『しょうかい』してもらいます」
「いや、そうしたら我輩たち全員を纏めて紹介してもらうのがよかろう。全員逆先くんの『にいさん』じゃと」
「それはいいですねえ。はっ! そうしたら私たちに義妹が増えるということですね!」
「いや待ちたまえ、そこは普通に妹でいいだろう。それこそ早とちりどころの話じゃないと思うのだけど」
「ええ、どうしよう。我輩結婚式なんて行ったら絶対泣いちゃう。間違いなく泣いちゃう」
「『かのじょ』さん、『おさかな』はすきでしょうか。なっちゃんといっしょに、たくさんたべてほしいですね」
「だから君たち、話がどんどん飛躍しすぎていないかね」
勝手にどんどん話を進めていく彼らに、僕は思わずはあ、とため息をつく。僕の早とちりなんてまるでかわいいものだというように――いや、むしろそれが早とちりだって事実すら忘れてしまうくらいの勢いで盛り上がっていく。いつもそうだ、僕たちが集まると。けれどそれも悪くないと思ってしまっているあたり、僕はすっかり彼らに毒されてしまっているようだね。まあそれも、今更な事実であるのだけれど。
しかしこれだけ話しても、誰も小僧の恋愛事に否定はしなかった。それも当たり前なのかもしれない。僕たちは小僧のことを信用している。よっぽどじゃない限り、口出ししようとは思わない。それに、スキャンダルなどに抜かれるほど奴は馬鹿じゃないしね。アイドル活動や占いに支障が出るような恋愛なら、小僧自身も切り捨てているだろう。……いや、そもそも恋愛事だと決まったわけではまだないが。
未だにわいわいと話し続ける彼らに、僕もたまに口を挟む。明日も全員仕事があるのだろうし、僕の話はとっくに終わっている。早く帰って寝た方がいいとは誰もがわかっているものの、それを口に出す者はいない。暗闇の中の電気がついた僕たちがいるこの空間だけが妙に活気づいていて、どこか表現しにくいような輝くもののようで。
そんな物思いにふけっていれば、渉が「じゃあ今日皆でパジャマパーティーしましょうか」なんて言い出したから、全力で否定して止めてしまった。