「僕は、南海太郎朝尊。僕を打った刀工がそうであったように、僕もまた刀剣について研究しているんだ」
「…………ハ?」

 今目の前で起きたこの現象を、誰が現実だと思うだろうか。きっと誰もが夢だと疑わない。ボクだってそうだ。けれど、今ここにいるのは目の前に現れた謎の人物を除けばボクひとり。誰一人としてこの状況を説明できる者はいない。いや、けれどこの現象を引き起こしてしまったのは間違いなくボクなのだから、ボクがわからなかったら他の誰もわかるはずがないんだけど。
 目の前の眼鏡をかけた和装の男は不思議そうに辺りを見回すも、別段驚いた様子もない。……少し状況を整理してみよう。

 久々のオフである今日、ボクは自宅で魔法陣を書いて研究に明け暮れていた。本に記載されていたものを一度書いてみて、それからアレンジを加えようと思ってそこに色々と書き足してみた。別に、何かが起こると期待したわけでも、何かを起こそうとしたわけでもなかった。それなのに書き足し終えたその直後、突然部屋中が眩い光に包まれた。……そしてこの男が、どこからともなく現れた、というわけ。
 改めて振り返ってみると、ボクが魔法陣に色々書き足してみたことが原因にしか思えなくなってきた。そんなことある? そもそもこの男、どこから来たんだ。いや、ボクが生み出したのか? けどさっきなんか名前みたいなの名乗ってたな。刀剣がどうとかって。服装のこともあるし、もしかしたらこの時代の人間じゃないとか? いや、それは余計に信じられないな。

「ふむ、先ほどから何やら一人で百面相しているようだが、そろそろ何で僕がここにいるか説明してもらってもいいかい?」
「説明……ッテ、いヤ、それはこっちのセリフなんだけド」
「君も理由がわからないのかい? 困ったな、状況を見る限り僕は君に呼び寄せられたように思えるのだけれど」
「そうなのかもしれないけド、ボク自身何が起きてるか理解できてなくてネ」
「しかし君は審神者ではなさそうなのに僕のことが見えるんだね? これは興味深い」
「ハ……?」
「霊力が格段高いとは言えないのに、これは一体どういうことなんだろう」

 何だ、一体何を言っているんだ。何だか訳のわからないことをぺちゃくちゃ喋っているけど、一体何のことだか見当もつかない。……いや待てよ、「さにわ」って、どこかで聞いたことあるような。何だっけ、思い出せない。
 しかしそんなことよりも、、まずは何が起きたのかを理解し、解決することが一番だ。とはいったもの、この男を元の場所(なんてものが存在するかもわからない)に戻す方法が本に載っているはずもなく、すべてが不明だった。
 ひとまずまた魔法陣を書き直してみたり先ほどと同じものを書いてみたりしたけれど、特に何かが起こることもなく。こんなにボクが必死になっているのに、男は興味深そうにボクの行動をただ見ているだけというのが妙にムカついた。
 いっそのこと、渉にいさんに相談してみるか。にいさんなら何か知ってるかもしれないし。けど、普通に考えて仕事中か。まあでももしかしたら誰かしら何か知っているかもしれない。……可能性はめちゃくちゃ低いけど。とりあえず外に出て、ESビルに行ってみようと、ボクは一人で家を出た。

「……はずなのニ、なんでキミも付いてきてるのかナァ?」
「今起きたこの事象について調べようとしているんだろう? それなら僕本人も行った方がいいと思ってね」
「目立つし迷惑でしかないヨ」

 変わらずにこにこと笑い続ける男があまりにも呑気すぎてため息をつきたくなる。というかこの男、和装なのに加えて無駄に顔も整っているからバカみたいに目立つ。これじゃ一緒に歩いてるボクの存在がバレるのも時間の問題だ。

「それにしても君はどうしてそんなに顔を隠したりしているんだい? 敵に顔を見られてはいけない時代でもなさそうなのに」

 男は興味深そうにボクの顔を覗き込む。だからそういうあからさまに連れだと思われる行動やめてくれないかな。
 しかしこの男の物言い……やはりコイツはこの時代の人ではなさそうだ。自分のことを驕っているわけではないけれど、一応今人気アイドルとして世間に顔が知られている、ボクの存在も知らないようだし。

「……アイドルやってるからネ。騒がれると面倒でショ」
「ああ、君はアイドルなのか。現代の戦を行う、歌ったり踊ったりする者のことだね」
「エ、アイドルのことわかるノ?」
「僕の所属する政府にも、現代に出陣する部隊がいるからね。なるほど、確かに君は魅力的だ」
「チョ、サングラス取らないでくれル!? すぐバレるかラ!」

 ぱっと取られたそれを取り換えしてすぐに付け直す。慌てて周りを見回すが、どうやらボクの顔は見られてなかったようだ。というか、……予想以上に、注目されていないような。そういえば、目立つ目立つと思っていたのに、実際視線の集まりようはボクひとりの時と変わらない気がする。こんなに目立つ男が隣にいるのに。まるで、そこに誰もいないかのような。

『君は審神者ではなさそうなのに僕のことが見えるんだね?』

 先ほどの男の言葉が頭の中で反芻する。この状況、そしてあの発言。まさか、この男はボク以外に見えないとでもいうのか。それはつまり、この男が、人間以外の何かだということ。ボクも魔法使いだ、そういう非科学的なものをすぐに否定することもできない。
 ……そうだとすると、渉にいさんに相談するも何も、信じてもらえない。ボクが行おうとしていることは、全くの無意味なんじゃないか?

「あれっ、南海先生!?」

 そう思ったとき、ふと背後から若い男の声が聞こえた。振り返ってみると、そこには一つに纏めた長い黒髪を揺らした男。和装ほど目立つわけでもないが、黒のロングコートに黒ブーツ、そして手先には真っ赤なネイル。この男も相当目立つ格好をしている。それでもやはり周りの視線が全くその男に向いていないということは、つまり信じたくないけど、「南海先生」と同類だろう。

「ああ加州くんじゃないか」
「良かった〜状況わかりそうな人がいた! 俺気が付いたらここにいたんだけどさ、これって現代だよね? なんで? 俺たち政府にいたよね?」
「それが僕にもわからなくてね。いや、多分この人のせいなんだろうけれど、本人も理解していないみたいで」
「この人……って、え、俺たちのこと見えてんの?」

 今までボクのことをまるっきり無視して話していたのに、眼鏡の男がボクのことを話題に出した途端、今現れた赤い男は驚いたようにこちらを見る。どういうこと? とでも言いたげな瞳だが、それはむしろこっちが聞きたい。二人の会話内容からするにボクの推測は大体合っているようだし。

「普通に見えてるヨ。でもボクのせいってのはまだ断定できないと思ウ。キミがどこにいたのかは知らないけド、ボクの魔法陣の影響が遠距離の広範囲まで及んでいるとは思えないシ」
「魔法陣? 何言ってるかよくわからないけど、あんた変な喋り方すんね」
「癖だヨ」

 なんかどこぞの騎士みたいな喋り方するなコイツ。
 正直これ以上謎の生命体を増やしたくはなかったけど、この男がいることによってまた新たな手掛かりが増える可能性を考慮して、事情を説明してコイツも一緒に連れていくことにした。ボク以外の人間から見ればボク一人。けれどボクからすれば奇妙な(恐らく)人外を二人連れた珍道中だ。行き慣れたビルに着くころには、すっかりボクも疲弊しまっていた。
 ていうかここまで来てしまったけど、結局どうすればいいのか。コイツらが周りの人からは見えないことで、相談しようがなくなってしまったからな。まあ、時間経過でもしかしたら消えたりするかもしれないし、しばらくここで時間を潰してみるか。その中で誰か見える人がいたらラッキーってことで。

 ……そう思ってたのに。こんなことを、まさか誰が予想しただろう。

「俺知らない間に売られたのかな……ここはどこだろう。うう、お腹痛い……」
「どこかはわからないですけど、売られたってことではないと思います、多分……」
「しかし随分と妙な面子だな、俺と村雲と小夜とは。働いている部署も違うだろう。大包平は来ているのだろうか」

 何だこれ、何だこれ。渉にいさんの希望を捨てずにスタメの事務所に来てみれば、職員に全く紛れていない、明らかに異質な三人。

「あーっ! 鶯丸! 村雲に小夜も!!」
「おや、加州に南海さんか」

 そしてその三人に駆け寄る加州とやら。働いている職員は彼らのことなんかまったく気にせず、お疲れ様です、と他事務所所属だというのにボクに挨拶をしてくる。ああわかった、わかったよ。わからないけどわかった。ボクはずんずんと彼らがいる方に歩くと、無言で異質な奴らの手首をまとめて取った。

「ちょっ、何!?」
「誰ですかこの人」
「もうやだ、どうなってるんだ……」

 ごちゃごちゃ好き勝手に喋る彼らの発言をすべて無視し、全員引き連れた状態でボクはスタメの事務所を飛び出した。
 そしてしばらく早歩きでズカズカと歩いて、(きっとこの時のボクは周りの誰もが話しかけられないような形相をしていたと思う)やがて人気が少なくなった廊下の陰でボクは足を止めた。

「ちょっとちょっと、何なのさ、いきなり全員連れて走り出しちゃって」
「逆にあそこでキミたちを放置する選択肢あル!?」

 不満そうに口を窄める加州に向かって思わず大声をあげてしまい、慌てて自身の口元を抑える。クソ、別に期待もしていないのに何故だか人が増えていく。カワイイソラなら「RPGのパーティが増えるみたいで楽しいです!」って言いそうだけど、ボクにとってはちっとも楽しくない。というか、解決しようとここに来たのに、確実に悪い方向に行ってる気がする。

「あっ、やっぱりここにいた〜!」

 その時突然聞こえた、耳なじみの良い声。間違いない、ソラだ。そうだ、ソラなら共感覚で見えなくても感じることが出来るかもしれない。ソラの感覚を持ってすれば、他の人たちも信じてくれるはず。

「ソラッ…………!?」

 声のした方へ呼びかける。いつもならししょ〜! と駆け寄ってくるかわいいソラが……そこにはいなかった。代わりにいたのは、ピンク色の髪をした、ぱっちり目の女の子。と、その隣に、これまた和装をした綺麗な紫色の髪の男。

「霊力を辿って来てみれば……思ったより随分人が多いね」
「良かったね〜歌仙さん! とりあえずボクたち二人だけじゃないみたいだよ!」
「良かったのか悪かったのか……まあ何かしらの手がかりにはなるだろう。南海くんもいるようだしね」

 やっぱりボクのことは気にせずに喋る二人。いや、今はそんなことはどうでもいい。あの二人が喋るたびに感情がざわつく。

「とりあえずここが現代なら、ボクタピオカ飲みにいきたいな〜」

 にこにこと笑うあの子が喋れば、自然と顔が綻びそうになる。

「実際それどころじゃないだろう……」

 隣で花柄を纏った男が喋れば、なんだか妙にイラつく。
 間違える、はずがない。ボクが同じユニットの二人の声を間違えることなんてありえない。けれど何度聞いても、むしろ聞けば聞くほど、あの子はソラの声に、男はセンパイの声にしか聞こえなかった。
 そういえば、まず最初に現れた眼鏡の男も、どこか声に対して気持ち悪さがあった。でも気のせいだと思っていたんだ。自分の発している声の聞こえ方は周りで聞いているのとは違う。ボクたちアイドルは自分の声を媒体を通して聞き慣れているとは言っても、やはり内側から聞く頻度が多いわけで。そもそもだって、ありえないでしょ。全く同じ声帯だなんて。
 けれど、一度そう思ってしまうと違和感しかなくなってくる。加州と呼ばれる男の声は話し方でわかりにくいものの、零にいさんと似ている。そして事務所にいた緑色の髪の男は完全にバルくんにしか聞こえない。あとの二人はわかんないけれど、ここまで来たら誰かしらと似てるんじゃないかと疑ってしまう。

「というかこれって、時間遡行軍の仕業とかではないですよね……?」
「俺も最初はそう思ったけどね〜南海先生が違うって」
「うん。多分この子が関わってると思うんだ」
「え? この人? 審神者じゃないよね? 霊力ないし」

 ほらまた出た、その「さにわ」っていう謎の単語。もうコイツらが人間じゃないってことは十分わかった、そこをいちいちツッコんでいたらキリがない。……いや待て、さにわ、さにわ、審神者?
 聞いたことがあるような気がしていたその響き。ここでようやくボクは思い出した。

『ねえねえねえ夏目も始めようよこのゲーム〜歴史も学べるしみんなかっこいいしかっこいいからさあ〜』
『かっこいいしかないじゃン』
『私たちは刀の付喪神を人の身に顕現することのできる審神者と呼ばれる者なんだよ!? 夏目のことを待ってる初期刀のことを永遠に放置するっていうの!?』
『なんでボク責められてるノ?』

 ――ああそうだ、そうだった。そういえば前になまえとそんな会話をした。信じられないけれど、ここまで来たら信じるしかないのかもしれない。
 つまりボクは、ボクの魔法陣から、ゲームの世界に存在する彼らを……刀剣男士と呼ばれる付喪神を、この世に呼び寄せてしまったと。
 確かにそれなら比較的納得がいく。彼らが突然現れたことも、ボクにしか見えない理由も。けど、……けど!!

「同じ声してる意味は全ッ然わかんなイ!!」
「うわ何びっくりした」

 ポケットからスマホを取り出して、LINEのトーク画面常に上の方に鎮座しているその名前を見つけると、ボクは迷うことなく通話ボタンを押した。平日の真昼間だから出ないのが当たり前だけど、もう細かいことなんて考えていられなかった。
 がやがやと周りが好き勝手喋り出す中で、LINEの着信中のメロディが鳴る。……鳴っている。ボクの耳にあてたスマホ以外にも、どこからか。スマホを耳から話す。それでも、どこからか聞こえる、着信中の軽快なメロディ。何だこれ、何だ何だどうなってるんだ!!

*

「っ!?」

 目を開けると、視界に広がっていたのは見慣れた自室。書きかけの魔法陣の上で寝転がっていたらしいボクの傍で、スマホが先ほどまで聞いていたLINEの着信メロディを鳴らしていた。それをゆっくりと手に取り、通話ボタンをタップする。

「……もしもシ」
『あっ夏目〜? 実はこの前言ってた刀のゲームの話なんだけど、』
「キミ絶対許さないからネ」
『は!? え!? なんで!? 私何かした!?』

 何かした、だなんて。何かしすぎてる癖に。あんな夢を見てしまうなんて、絶対絶対、なまえのせいなんだから。