多分、一目惚れってやつだったんだと思う。

 春、入学式をつい先日終えたばかりの、活気溢れる同級生。中学という義務教育を終えたばかりの高校一年生は、誰しもが夢や理想を掲げ、きらきら輝きながらこの学校に入学してくる。私もそのうちのひとりだ。冬の『SS』で『Trickstar』に見惚れた私は、すぐに彼らがアイドル科のある学校に所属しているということを知った。そしてその学校が来年からプロデューサー科なるものを新設するということを知ってしまえば、そこからの行動は早かった。私も、ステージで輝くアイドル達を支えたい! 今までの進路希望をすべて撤回し、第一志望を私立夢ノ咲学院に変更した。『SS』で私のような志望者を集めるつもりだったのだろう、私が行動を起こしたときは既に冬真っ盛りだったが、それでも十分願書の提出までは間に合った。偏差値的には問題なかったので、そこからあっさりと合格、そして入学。
 同じプロデューサー科の人数は新設ということもあり多くはなかったが、それでも立派なプロデューサーを夢見る子や、アイドルに会いたいだけという不純な動機で入学してきた子など既に個性は溢れまくっていた。そんな中の、初めてのアイドル科との合同授業。一体どんなことをするんだろうと期待に胸を膨らませて訪れたアイドル科の校舎で、私は出会ってしまったのだ。

「おれ、白鳥藍良です! よろしくねェ」

 色素の薄い髪色、エメラルドのように美しい瞳、まるで女の子のように可愛らしい笑顔。一瞬にしてそのすべてに惹きこまれてしまったわたしは、傍から見れば相当情けなくて、相当馬鹿げていただろう。だって一目惚れなんて、結局その人の中身をまるで何もわかっていない、外見だけで惚れてしまったということなのに。
 それでも、好きになってしまった。私は、白鳥藍良と名乗ったその男の子に、恋をしてしまったのだ。

*

「白鳥くんが遠い人になっちゃう」

 ぽつりとそう呟けば、机を挟んで私の向かいに座る白鳥くんは何言ってるの? とでも言いたそうな顔をこちらに向ける。うう、そんな顔も綺麗だな。丁度カーテンから差し込む夕焼けに照らされて、彼の金糸のような髪の毛がきらきらと光っている。思わず触りたくなる気持ちをぐっとこらえつつ、だってさあ、と私は先ほどの言葉の続きを口にした。

「『孟蘭盆会』に続いて、『MDM』でも大活躍だったじゃん。これからどんどん有名人になって、同級生としてじゃなくて、アイドルとして白鳥くんを見る機会のが多くなっちゃうんだろうなって」
「そうなりたいところだけどねェ。俺たちなんか実際まだまだだよォ。落ちこぼれの烙印を押されてたってのは変わりないしさ」
「それね! なんで白鳥くんが落ちこぼれなのかな、意味わかんない」
「あはは、そんなこと言ってくれるのみょうじさんだけだよォ。ありがとね」

 ぷう、と小さく頬を膨らませれば、彼は苦笑いを浮かべてそう言う。本当に、白鳥くんは落ちこぼれなんかじゃないのに。確かに白鳥くんの同じクラスの子の中ですごい技術を持った子やオーラを持った子はいるけれど、それにしたってよりによって彼にそんな烙印を押すなんて、上の人たちは見る目がなさすぎる。私のプロデューサー科の友達も、白鳥くん可愛いって言ってる子いるし、そう思ってるの絶対私だけじゃない。……まあ、こちとら恋する乙女なもので、自分以外の女の子の話なんか絶対出してやらないけど。

「それより、そっちのまとめは出来た?」
「あ、うん。大体は。白鳥くんのほうは?」
「おれの方もそれっぽくは出来たよォ」

 はい、とそれまで書いていた紙をぴらりと白鳥くんに渡せば、彼の方からも同じような紙を渡される。アイドル視点と、プロデューサー視点から提案する舞台案。今回の合同授業の課題だ。今まではプロデューサー科の人一人に対して数人のアイドル科の人で行うグループワークばかりだったが、今回は初めてマンツーマンで行う課題だった。人数の割合的にプロデューサー科は複数人を担当していて、白鳥くんは今回私の担当する中のひとりだ。彼と一緒に課題を行うのは初めてではないが、どうもお互いなかなか纏まらず、他の人との課題を終わらせた私はこうして彼と二人で課題を行っているというわけ。放課後の教室で、ふたりきりで。……不純な気持ちでいちゃいけないっていうのはわかってるけど、それでもやっぱり意識、しちゃうよなあ。

 白鳥くんって、なんか飴玉みたい。きらきらして、宝石みたいなやつ。舌にのせた瞬間からじわじわと甘みが広がっていって、思わず笑顔になっちゃうの。そうやって文字に目を通す姿も、真剣な表情も、好きだなあ。

「なるほどね、うん。おれが言うのも烏滸がましいけど、良いと思うよォ。おれの方はどうだった?……みょうじさん?」
「へ、あ、うん!?」

 しまった、ぼーっとしちゃってた。正確に言えば白鳥くんに見惚れてた。不思議そうに私を見る白鳥くんに、ごめんね、と慌てて謝罪する。変な風に思われちゃったかな。いっそのこと、「おれに見惚れてた?」って言っちゃうくらいのナルシスト加減だったら、私も変な言い訳をせずに流れで頷けたのかもしれない。まあ、そんなことあるはずないんだけど。

「大丈夫? ぼーっとしてたみたいだけど……」
「だ、大丈夫大丈夫! 白鳥くんのもね、すごい良いと思うよ! あ、いや、私こそ何様って感じだけど……」
「そんなことないよォ! ありがとね!」

 良かった、言い訳せずとも大丈夫だったようだ。それにしても嬉しそうに笑う白鳥くんが眩しい。こういうのを本当に屈託のない笑顔っていうんだろうな。
 そんなことを思う私の一方で、彼は再び私の書いたプリントのある部分を指さして言った。

「そういえば、ここ、これね! 『MDM』で思ったんだけど、大きいステージのときってこういうのあった方がいいなっておれも思ってたんだよねェ〜!」
「あ、ほんとに!? 現実的かはともかくとして、実際に大きい舞台に立った人からそう言ってもらえるのはちょっと嬉しいかも!」
「うんうん! すごい良いところに目をつけてると思うよォ」
「えっへへ、やった」

 それ、わりと一生懸命考えたところだから嬉しい。じわじわと広がる温かい気持ちの一方で、ほんの少しだけ水滴のような寂しさがぴちょん、と落ちる。
 大きい舞台……大きい舞台か。そうだよね、白鳥くんは『ALKALOID』として、立派なアイドルとして活躍し始めてるんだもん。最近ESでの活動が多くて学校にだっていないことが増えたみたいだし、アイドル科とプロデューサー科でやることはもちろん違っているけれど、未だ夢ノ咲に篭って地道に勉強している私とは天と地ほどの差だ。最初の話題をひとり心の中でぶり返してなんとも言えない気持ちになる。アイドルとして有名になってほしいけど、離れていくみたいで寂しい。……初期から応援している厄介オタクみたいだな、わたし。

「……やっぱり、すごいよ」

 そんなことが思わず口をついて出てしまったのは、恋心をひた隠しにするのに必死だったからか。

「すごい、すごいよ白鳥くん。頑張ってるし、だからこそそういう大きい舞台に立てたわけだし。きっと、もう少ししたらこうして二人で課題をすることなんてなくなっちゃうんだろうなあ。大人になったら、あの白鳥藍良と課題してたんだぞ私は! って自慢できるようになっちゃったりして」
「あはは、夢見すぎだよォ。頑張るけどさ」
「うん、頑張って。いっぱい頑張って、もっと大きくなって。そしたらさすがに私も、」

 そこまで言いかけて、はっと口を閉ざす。「もっと大きくなって国民的アイドルくらいになったら、さすがに私も寂しくはないと思うから」……そんなこと、私が言える立場か。それ以前に寂しいだなんて、絶対に言えないそんなこと。それにしても言葉の途中で黙ってしまったのだから、何か代わりを探さなくては。また変に思われちゃわないかな。ああ、今日はなんだかだめな日だ。彼と二人きりというシチュエーションに舞い上がってしまっているのかもしれない。しっかりしなくては、そもそもアイドルを支えるためにこの学校に入学したのだから、私がこの調子では支えるどころか支えられてしまう。

「……またおれが遠いところに行っちゃうって思った?」

 そんなとき、聞こえた言葉がふわりと頭を包んだ。ひどく、柔らかい声。いつのまに下がっていたのだろう、目線をゆっくり上げれば、白鳥くんがいつもと変わらぬ綺麗な顔で、ちいさく笑っていた。

「みょうじさんってすっごくおれを評価してくれてるよねェ。何回も言うけどおれ、まだ全然なのに」
「そんなこと、」
「でもさァ、もし本当にみょうじさんの言う通りおれがでっかいアイドルになったとして、……それはおれの夢でもあるし、喜ばしいことだけど。でも、……」
「……白鳥くん?」

 そこで突然白鳥くんが黙り込む。まるで先ほどの私のように、えっと、と場繋ぎの言葉を探しているようだ。いや、それとも言おうかどうか悩んでいるのか。どちらにせよこれは私が先ほどの彼のように何か言うべきか、とも思うが、それこそ上手い言葉が出てこない。だって白鳥くんが何を言おうとしているのかも全く見当がついていないから、フォローすることだってできないし。ひとまず白鳥くん、ともう一度名前を口にしてみた。瞬間、彼は意を決したようにまた口を開いたのだ。

「そこにっ! みょうじさんがいないのは! 寂しいって! ……おれは思うよ!」

 ガタンッ! と椅子から立つ音。そう勢いよく発せられたのは、絶対に私が予想できなかったような言葉だった。
 ……寂しい、って。今寂しいって言った? それって、それってどういう意味だろう。もしかしたら私と同じ意味なのだろうか。白鳥くんも、寂しいって思ってくれているのだろうか。いやでも、もしかしたらプロデューサーとしてのことかもしれない。私がプロデューサーとして、白鳥くんのように大成しないのは寂しいって、だから頑張れって、優しい白鳥くんはそう言ってくれているのかもしれない。でも、じゃあなぜ、どうして彼はそんなに顔を赤くしているのだろう。どうしてそんなに言葉にするのを躊躇ったのだろう。
 白鳥くんは本当に勢いで立ち上がってしまったのか、はっとしてからしげしげと椅子に座り直す。ねえ、何か言ってよ。そう言いたい気持ちで溢れているのに、彼の言葉を追随する勇気がない。でもどちらにせよ、私のことを思ってくれたっていうのはたぶん、間違いない、よね? 

「……私も、がんばるね」
「……うん、お互い頑張ろうね」

 色んな言葉を頭の中でぐるぐるさせて、同じ言葉を何回も反芻させて、結局口をついたのはそんな言葉。けど、たぶん、それでよかったんだと思う。だってここから今までと全く違う雰囲気の事態が起きたとしても、対応できる自信なんかないし。それどころか、さっきの言葉を受け止めることだけでいっぱいいっぱいだし。というか、むしろあれだけでしばらくはおなかいっぱいかも。
 何とも言えない空気を壊したかったということもあるかもしれない。私はわざとらしくがたりと椅子から立ち上がると、机の中に乗っていた文房具らを無造作に自分の鞄の中に突っ込んだ。

「ねえ、アイス食べて帰ろっか。商店街にアイスのお店出来たんだって」
「ええ、随分急じゃない?」
「クレープのが良かった?」
「そういう問題じゃないと思うけどォ」

 白鳥くんも全くいつも通りに戻って、私につられるように片付け始める。向かい合わせにした机を直せば、ギギギと床と机の脚が擦れて古びた音が鳴った。

「うん、じゃあアイスで決まりね。いいじゃんアイス。藍良くんって、名前も似てるし」
「……さらに意味わかんない」

 三文字中二文字が同じなんだから、似てるに含まれるでしょ。そう言ってからからと笑えば、じゃあそういうことにしといてあげる、だなんて大人びた回答が返ってきた。ずるいなあ、そういうところ。同い年のくせに、妙にしっかりしてるんだから。
 全部を綺麗に元通りに直して、教卓に置きっぱなしだった教室の鍵を手に取る。無駄に重たいその鍵は、手にした瞬間ずしりとその重量が伝わる。これを職員室に返しに行けば、今日のミッションは完了だ。

「ね、早く行こ。私チョコのやつ食べたい」
「なまえちゃんはなんでもチョコ味選ぶよねェ」
「だってチョコって大正義なんだもん。ハズレないよ」

 ぱちりと教室の電気を消せば、びっくりするほど暗くなる。まだ陽が完全に沈み切ったわけじゃないけれど、カーテンをほとんど閉め切ってしまったからきっとそのせいだろう。はやくはやく、と教室のドアのところで未だ中にいる彼を急かしていれば、あれ、と今更先ほど聞いた彼の言葉に疑問が生まれた。
 今わたし、下の名前で呼ばれた? え、すごい気づくの遅くなったけど、呼ばれたよね。……え?

「な、名前」

 小さく呟いたのも、多分半場無意識だ。だってそうでしょ、私は今日だめな日なんだから、思うより先に言葉が出ちゃっても仕方ない。
 私の言葉を聞きつけただろう白鳥くんがこちらを向く。暗い教室内にいる彼の表情は、不思議なくらいに見えなかった。

「……そっちが先に呼んだんじゃん」

 ほら行くよなまえちゃん、だなんて。さらりと言いながら彼は私のすぐ横を通って廊下に出てしまう。いつもなら待ってくれるだろう白鳥くんが、珍しくそのまますたすたと歩いて行ってしまう。
 いや待ってよ、先にって、だってあれは話の流れ的なやつで、そう、だからこそ私だってすんなり言えたわけで。何それ、そんな仕返しみたいなの、ずるい、ずるすぎるでしょ。
 私は勢いよくドアをがらりと閉めると、がちゃりと乱雑に鍵をかけ――たかったが、教室の鍵ってどうもかけるのに時間がかかる。いつもより手間取ってしまいつつもなんとか施錠し、慌てて彼の行った方を見ると、先ほどより少し先のところで白鳥くんは立ち止まってこちらを見ていた。

「置いてっちゃうよォ〜?」

 そんなつもりなんて、毛頭ないくせに。

「ま、待ってよ藍良くん!」

 ぱたぱたと追いかければ、今度は当然のようにそこで待っていてくれている。そうして肩を並べて歩いて、さっきの名前のやり取りなんてまるでなかったかのように普通に喋りだす。それでも、お互い下の名前で呼び合うことは変わらなかった。不思議とあまり恥ずかしくはなかった。それはきっと、星が夜空で瞬くくらいに自然な流れだったからだと思う。
 あまりに単純で、あまりに根拠のない自信。だけど今の私は、何故だか努力を信じれば、彼の隣にい続けられる気がした。