なかなか見ない光景だと思う。様々な色のウィッグを被り、煌びやかで派手な衣装に身を包んだ人々が写真を撮ったり撮られたり。もしかしたら私服でいる人の方が少ないのではないだろうか。人が多いだろうと帽子マスク眼鏡とフルセットを着用してきたことが逆に目立ってしまったかもしれない。そう思ったが、実際この場にいる人たちはイベントを楽しみに来ているせいか、私服の人間に見向きもしていない感じがした。
ハロウィンイベント。そう聞くと小さな子どもが可愛らしい仮想をして、お菓子を強請って街中を歩く……そんなものを想像する人も多いかもしれない。いや、最近の時代はそうでもないか。ハロウィンが二十代前後の若者にとってのエンターテイメントとして消費されるようになったのも、もう何年も前からの話だ。元来の魔除けや厄除けなんてものはどこへやら。クオリティは様々の仮装をして、トリックオアトリートと言い回って写真を撮る。今日ボクが来ているこのイベントもどっちかといえばそういった類に入るのかもしれない。といってもこれは少し特殊で、仮装というよりコスプレだ。ハロウィンと名目をうっただけの、コスプレイベント。大都会で夜にお酒を飲んで暴れ回る大学生とは違えど、結局日本人はイベントにかこつけて自分のやりたいことをしようとしているのかもしれない。
「あー来た来た夏目〜!」
そんな目立たない風貌をしたボクを真っ先に見つけ出したなまえは、こちらに向かってぶんぶんと大きく手を振ってくる。彼女も自分を含め、ボクがこの場で目立たないことを承知でそんな行動をしているのだろう。そんななまえにつられるように、ボクもいつもより大きく手を振りながら彼女の元に近づいた。
「すごい人だネ」
「ここで開催されるのはハロウィンコスイベでも最大規模のやつだからね〜毎年人でごった返すんだよ」
「キミの友達ハ?」
「あそこ。さっきまで私も列整備してたけど、落ち着いてきたし、区切りついたらそろそろ一旦奥に引っ込むと思う」
彼女が指した方を見ると、そこには様々なポーズを取ってカメラを向けられているコスプレイヤーが一人。ぱっと見は男性だが、それはあくまでコスプレしているキャラクターの性別。中学からの親友だという「彼女」は、相当クオリティが高く、人気のあるコスプレイヤーのようだった。
「いやあ、まさか本当に逆先くんが来るとは」
数十分後、その綺麗な顔をした彼女は言った。
コスプレのまま移動できるエリアの中でなるべく人の少ないところを探し、たどり着いたのは盛り上がっている中心部からほとんど一番遠いところだった。ボクに気を遣ってこんなところまで来させてしまったことに少し申し訳なさを感じて、素直にそのことを口に出せば、彼女は全く気にしていないというようにからからと笑った。
「いいよいいよ、私も久々に逆先くんに会えたしね。コスプレが時代の流行を掴むのにわかりやすいって理由は、私にはいまいちよくわからないけど」
こういうさっぱりしているところを見ると、やっぱり長年なまえの友人なだけあるなと思う。
わからない、ということを臆することなく言えてしまうのは強みだ。今日ボクがここに来た理由は、彼女が言う通り、流行を掴むため。時代というのは瞬く間に移り変わり、人の好みも変わっていく。コスプレというのはわかりやすくそれが可視化されるのだ。キャラクターや作品のことはわからなくても、似たような衣装、キャラクターを多く見かければ、例えばそういうラノベ系のファンタジー路線が流行っていることが伝わる。未だに夢ノ咲の名残で自分たちのステージ演出などを手掛けているボクたち『Switch』は、そういう流行を取り入れることで魔法をかけやすくしているのだ。
そんなことを全て話すわけにもいかない。しかし彼女もわざわざ詳細を聞くこともしなかった。大人の対応と言えばそれまで、けれどそれが出来ている人は実際そうそういない。そもそもあの頃はともかく、今は芸能人として活躍しているボクを見てこうして普通に接してくれる。ボクとなまえの関係を知りつつも、それをどこにも口外せずにいてくれる。全く裏表がなさそうで、美人で、常識人。彼女はそれ故に、人に好かれるような存在なのだろうと思った。
「ねえところで夏目、この子のこと覚えてる?」
「当たり前でショ、かなりキミと仲良かったじゃン。本当に少しだけなら話したこともあったはズ」
「あーあったね。なまえ今どこにいるか知ってる? とか。全部なまえに関する話だったけど」
「ウケる、二人とも私のこと大好きじゃん」
「逆先くんの愛には負けますわ」
「ちょっと適当なこと言うのやめてもらっていいですカ」
あーやっぱりコイツなまえの友達だ。ほんとのことじゃーん! とにやにやする彼女に思わず顔が歪む。これで相手が先輩だったらとっくに手をあげていた。コスプレしているせいで、キャラクターは悪くないのに今後このキャラが見れなくなりそうだ。なまえから散々話は聞いているし、悪いやつじゃない……むしろ良い人だとはわかっているけれど、それとこれとは別問題だと思った。
「いやでも二人がこうやって喋ってるの見ると変な感じすんね。しかも今君は兄コスだから余計に」
「兄?」
「私がやってるこのコスキャラの界隈での相性だよ。ちなみに双子の弟もいる」
「弟…………弟見たかった……仕方ないけど……」
「うわ何、弟見れなかったノ?」
弟、という言葉が出た瞬間にしゃがみ込んだなまえはいつものオタクの反応だから特に気にはしない。けれど今の発言からすると、恐らく今日はその「弟」のコスプレをする人が来るはずだったのだろう。ボクの心情を読み取ったのか、なまえに賛同しながらも彼女が補足するように言った。
「来れなくなっちゃったんだよ、弟やるはずの人が急遽仕事でね。兄弟で二人で一つみたいなところあるキャラクターだからさ……」
「アア、それでこの落ち込み様」
「落ち込むよ!! 私は兄弟を見るために今日お手伝いに来たと言っても過言ではないからね!? そりゃあ兄だけでも十分カッコいいけどさあ〜!!」
「仕方ないじゃん、私が作ったやつだから衣装はここにあるとはいえ、男性レイヤーだったからサイズデカくて着る人もいないし」
「クッソマジで私がイケメンレイヤーだったら……あれいや待てよ、イケメン……」
瞬間、なまえが恐ろしいくらいの勢いでバッとこちらを見る。うわ、嫌な予感。予感というか、これはもうほぼ確実に、なまえは「そういう」思考をしている。縮こまってしゃがんでいた体勢から即座に立ち上がった彼女を見て、詰め寄られる前にボクは声を発した。
「やらないヨ」
「そこをなんとか夏目様!」
「絶ッッッ対ヤダ」
「えっ、いいじゃん逆先くん! 絶対似合うって!」
「いやコスプレしたら写真撮られるかもでショ」
「あ、そっかじゃあなまえのためだと思って! なまえに見せるだけでいいから!」
「いや見せるだけじゃダメ、兄弟のツーショ撮るまで私死ねないから」
「じゃあアレだ、なまえと私のためにツーショ撮らせてください! もちろんネットにも公開しないから!」
「だとしてもやらないかラ!!」
「やだやだお願い夏目何でもするから!」
「うわなまえダメだよそれエロ同人みたいな展開になるよ」
「マジ? ヤバイね」
「ならないヨ!!!」
何これすごい疲れる。彼女がいるとなまえもヒートアップするようで、いつもより面倒くさいしめちゃくちゃ疲れる。ツッコミがボク一人じゃ到底追いつかないんだけど。ていうかコイツら本当にボクのことアイドルだって理解してる?
その後もやり取りを続けるが、埒があかないしなんかもうどうでもよくなってきた。気づいたらボクは、二人の熱意に蹴落とされて首を縦に振ってしまったのだった。
そうして、今ボクは友人チャン、もとい「兄」と一緒になまえに写真を撮られている。もちろん先ほどの人がほぼいない静かな場所で。
あの後衣装を持たされ、男性更衣室に押し込められた。中途半端な時間帯、さらには男性レイヤーがそこまで多くなかったこともあり、着替え中でもボクのことがバレることはなかったから良かったけれど、普段のボクだったら絶対にありえない行動だよなと思う。着替えた衣装は中世の騎士っぽい感じ。この作品のことはよく知らないけれど、記憶の彼方でなまえが語ってたことを思い出す。まあとりあえずファンタジーなことは理解できた。
そうして着替えたものの、さすがに自分でそれっぽいメイクは出来ない。更衣室外でメイクをするのは禁じられている。そんなコスプレメイクなんてものを施していないの写真を撮るなまえはひどく興奮していて、わりと何とかなっているもんなのかもしれないな、と思った。まあそれは、ボクがキャラクターのことを知らないから言えることなのかもしれないけど。
「あーやっぱマジで顔がいいのは正義だと思う。逆先くんコスメイクなしでそんな似合うのマジで人外でしょ」
「勝手に人を人外にしないでくれル?」
「いや二人とも顔いいからこれはマジ私が証明するでもこうして兄弟として並ぶ二人マジで最高どうしよう私今日ここで死ぬのかななんか涙出てきた」
「ここまで一息」
「なんかボクオタクの会話っていうのなまえでわかってるはずだったけどまだまだだったかもしれなイ」
「まあでも大丈夫だよ、逆先くんにとって一番かわいいのはなまえだから」
「照れちゃうな」
「この会話のかみ合わなさと勢いで突っ走る感、多分一生ついていけない気がすル」
多分この会話、キャッチボールとかドッチボールとかそういうレベルじゃない。ていうかもはやボールじゃない。猛スピードでバイクを走らせる暴走族とかそういう感じだ。パワーが強すぎる。けれど界隈は違えど、ボクらもこういう人たちによって存在し、支えられているんだ。そう思うと、なんだか二人のやり取りが温かいものに思えた。……理解はできないけど。
「ちょっとごめん、一瞬行ってくるから二人で待ってて」
友人チャンがそう言いながら駆け出して行ったのは、十数分後のことだった。どうやらコス仲間に呼び出されてしまったらしい。取り残されたボクたちは、もといなまえは彼女がいなくなったことにより我に返ったのか、はあ〜とコンクリートの壁に沿ってしゃがみ込む。
「いや〜マジでかっこいい推し……あのビジュであんなことやられたらそりゃヒロインも落ちますわ……名シーンにもなりますわ……」
ハァ、とため息をついて頭を抱えるなまえの感情にはついていけないので、ひとまずへェ、と返しておく。推し、というのは聞いていないけど多分ボクが今コスしている弟のことだろう。じゃなかったら、最初にあんなに弟を切望しないし。
あーでも、と言いながら顔を上げてボクを見て、それからかっこいい、と繰り返すなまえは心底楽しそうだけど、ボクにとってはちょっと気に食わない。だってそれ、ボクを通して別の男を見てるってことでしょ。二次元のキャラクターに嫉妬するなんて我ながら情けない話だけど、誰だって彼女にこんな反応されたらちょっと複雑になる……と思う。
「ねェ、その名シーンってどんなノ?」
だからそれは、ちょっとした悪戯心だった。
「あのね、お姫様に忠誠を誓うシーンで……ありがちなんだけど、もうやっぱめちゃくちゃかっこいいんだよ……。跪いて、こう、」
言葉の途中で、ボクはなまえの前に跪く。しゃがんだままの彼女と近しい目線になって、え、と驚くなまえと目が合う。キャラクターを映したその目が揺れた。
「僕のお姫様。貴女に一生の忠誠を誓いましょう」
言いながら、その白い手を取る。ゆっくりとそれを自分の方に近づけ、彼女の手の甲に静かに唇を落とした。リップ音すらならないそれは、ひどく静かなしきたりのようだった。
「ヒッ……」
そんな情けない声をあげながら、なまえはぴしりと固まる。が、一瞬にしてボクの手を振り払い、自身の手を抱きしめるようにぎゅ、ともう片方の手で包み込む。……この反応は、どうだろう。怒ったかな。セリフは適当に騎士サマたちが言ってるようなのを思い起こしたんだけど。キャラクターの解釈違いだったかな、ファンはそういうのにうるさいっていうもんなぁ。失敗したかも?
跪いていた体勢からしゃがみ込み、なまえ? とすっかり座り込み、膝に顔を埋めた彼女に呼びかける。が、反応がない。もう一度呼び掛けようとしたその瞬間、なまえがバッと勢いよく顔を上げた。
「ほ、ほんとに、夏目、かっこいいから、やめて……」
その顔は、熟したりんごもびっくりするくらい赤くなっていて。
そんなに推しのことが好きなのか、と。ここまでくると嫉妬を通り越して尊敬の念が出てきてしまう。まあ、なまえが喜んでくれたならそれでいいか。
なまえの推しが「弟」ではなく、友人チャンがコスをしている「兄」だと知ったのは、それからしばらく後のことだった。どうやらなまえが弟を切望していたのは、単純に兄弟揃ったツーショを見たかっただけらしい。推しがいればいいってだけじゃないのか、難しい。ということは名シーンというのはボクがコスしている「弟」の話ではなかったということだ。完全に失敗したかもしれないのに、確実になまえにダメージを与えられているのはどうしてだろう。……そういえばあの時なまえは確かに、ボクのことを「夏目」と言っていた。つまり、これは、どういうことだ。
「なまえ」
「……話しかけないで……。さっきのは良くない、ほんとに。現実的に笑えるようなクサいセリフが似合うのは、ずるい。コスしてても、もう夏目にしか見えないじゃんばか」
つまり、これはたぶん。ボクが推しを超えたという解釈で合っているよね?
「なまえはボクのことが大好きだということがよくわかったヨ」
「うっさいばか!!!」