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「げっ」

 ブッと制服のポケットの中で短く鳴ったバイブ音。携帯持ち込み禁止であるこの学校。周りに先生がいないか確認してから届いただろうメールの内容を見た瞬間、冒頭の声をあげてしまった。携帯の画面を見た瞬間に顔を顰めたわたしを見て、一緒にお弁当を食べていた友達数人がどうしたの? とこちらに視線を向ける。しかしその内容などもちろん言えるはずもなくて、ちょっとね、なんてわたしは下手くそに笑った。
 メールの送信者はわたしの幼馴染兼彼氏である、佐野万次郎。端的に言えば放課後の呼び出しだった。たったそれだけなら別に隠す必要もないのだが、万次郎はここらでちょっと有名な東京卍會というチームを引っ張る総長を務めている。ざっくりいうと不良だ。しかもめちゃくちゃ強くて彼単体でも有名。
 一方わたしは不良とは程遠い、ごく普通の女子中学生。真面目じゃない部分といえばこうして携帯をこっそり学校に持ってきていることと、スカートの丈がちょっぴり短いことくらいだろうか。男子の間では私と「あの」万次郎が付き合ってると噂が流れてるらしいが、普段一緒にいる友達は詳しいことは知らないが故に、適当に誤魔化しておけばなんとかなる。
 つまり何が言いたいかって、この呼び出しは東京卍會の集会だから、彼女たちには決して言えないということ。

「あー……いや、なんでもない」

 けれど嫌がる理由はそこではなかった。むしろいつもだったら楽しみになることが多い。東卍のメンバーではないわたしは、基本万次郎に呼ばれて集会に行くスタンスだ。呼ぶ呼ばないの定義はわからない。集会の内容はいつだってわたしには程遠いものだから、恐らく万次郎の気分とかそんなものだろう。けれどすっかり東卍に仲良しが増えてしまったわたしは、こうして呼ばれるのが嬉しかったりするのだ、いつもなら。

「何それ、まあいいけど。ところでさ、今日カラオケ何時までにする?」

 わたしのことを深く追求されなかったのは、今日の放課後の予定を彼女たちも楽しみにしているからだろう。わたしたちももう中学三年生、受験を控えて塾やら何やらに通っている皆と偶然放課後の予定が空いた日。そう、今日は久々に彼女たちと遊べるわくわくデーだったのだ。つまり、それこそがあの呼び出しが嬉しくなかった理由である。

「えー何時までにしよっか」
「せっかくだからちょっと長めがいいよね」

 ウインナーを口にしながら笑ったひとりの言葉に、他皆がすぐさま賛成する。うーん、どうしよう。集会は基本夜、というか暗くなってからだから遊び自体は行けるはず。でも念のためわたしは早めに離脱したほうがよさそうだな。遅れると万次郎が面倒くさいし。

「ごめん、わたしちょっと早めに帰るわ」
「え、なんで? なんか用事?」
「……ちょっと家がうるさくて」
「なまえん家ってかなりの放任主義じゃなかった?」

 バカだと思う。普通にわたしバカだと思う。もっとうまく嘘をつけばいいのに、中学一、二年と一緒に過ごしてきた友達なのだから当たり前のように見破られてしまった。どうしよう、今から別の嘘を言っても余計不信感が増すだけだ。
 えーっと……と再び場を濁したわたしを見て、ひとりがあ、と何か思いついたように声を発し、それからすぐににやにやとからかうような笑みを浮かべた。

「さっきの、彼氏からの呼び出しだったんでしょ」
「え、や、あ〜……」
「なんだとお!? なまえは私たちより彼氏が大事だというのか!」
「まあ小学生から付き合ってるくらいだもんねえ」
「いやまじで聞くたびに思うけどなまえって見た目によらずめちゃくちゃマセガキだったんだね」
「違うし。てか口悪いよ」

 思わずツッコめば、三人はまた楽しそうにけたけたと笑う。はあ、とため息をついたけれど、どうやら彼女らはその理由で勝手に納得してくれたしい。まあ、彼氏からの呼び出しであることには間違いないし、半分は当たってる。三人の中でわたしは彼氏に会いたいが故に友達と早く別れる女みたいな感じになってしまっただろうけど、もう訂正のしようがないから仕方ない。
 間もなく来た「家まで迎えに行く」という追撃メールに「今日は友達と遊んでそのまま行くから大丈夫」とお断りの返事を入れる。あーあ、本当に、何でよりにもよって集会が今日なのかなあ。小さく口を窄めていれば、隣の席でわたしの様子を見つつ話が聞こえていただろう三ツ谷が、視界の端で苦笑いを浮かべていた。

*

 ハッ、ハッ、と短く息が切れる。コンクリートの固い感触がスニーカーを通して両足に響く。明日必要なものだけ置き勉しているスクールバッグは重たくもなく、軽くもなく。けれどわたしが走る振動に合わせて身体の横でバウンドしていた。
 ヤバイヤバイヤバイ遅れる。このままじゃ間違いなく集会に遅刻する! カラオケがフリータイムで楽しすぎたのが悪かった。ばかみたいに騒いで歌いまくって時間のことなんて忘れてて、ふとした友達の「そういえば彼氏に呼び出されてるんじゃなかったっけ?」という声で我に返った。
 そこから慌てて飛び出して集会場所である武蔵神社まで走っているわけだが、だめだこれ絶対間に合わない。別にメンバーでもないわたしが集会に遅れたからってどうってことないけれど、わたしの定位置は総長の万次郎と同じく、皆を見下ろせる階段上。そこの少し端の方でぼんやりと様子を見てるのがいつものわたし。つまり遅れるとなると、人混みをかきわけわざわざてっぺんまで目立ちまくりながら階段を昇らなくちゃいけない。絶対ヤダそんなの。
 けどわたしは東卍のみんなみたいに体力があるわけではないのだ。走り続けるうちに当たり前だが体力はなくなり、足が前に進まなくなっていく。あーもうこれ無理かもな、そう思って足を止めてしまったとき、後ろから聞き覚えのあるバイクの音がした。

「あれなまえ? オマエなんでまだこんなトコにいんの?」

 わたしの横で止まった単車。そこに乗ってわたしに話しかけたのは、昼間隣の席でわたしの気持ちを察してくれていた友達だった。

「みっつや!! なんで!? なんで三ツ谷がここにいるの!?」
「オレはちょっと部活が長引いた。てかオマエ何か早めに抜けるって言ってなかったっけ?」
「そのはずだったんだよ〜! って、こんなこと言ってる場合じゃない。三ツ谷、後ろ乗せて」
「ハァ!?」

 めちゃくちゃ嫌そうな三ツ谷の声を無視して、了承を得る前にわたしはバイクの後ろに乗り込む。四の五の言ってられない、とにかく今は集会に遅れないことが最優先事項なのだ。

「ちょ、それでマイキーに色々言われるのオレじゃねえか!」
「大丈夫、万次郎にはわたしが頼んだってちゃんと言うから」
「オマエなぁ……」

 呆れるようにため息をつきつつ、わたしにメットを被せてくれた三ツ谷はやっぱり優しいと思う。

「……何があってもわたしは三ツ谷の味方だよ…………」
「オマエそれ絶対マイキーの前で言うなよ」

 何だよ、せっかく感謝の意を込めて言ってあげたのに。

*

「……三ツ谷、オマエ自殺願望とかあったんか?」
「ねーよふざけんな」
「ウケる、骨は拾ってやんよ」
「さすがに万次郎もそこまでしないと思う」

 三ツ谷のお陰でなんとか集会には間に合った。もうほとんどの人が集まっているが、がやがやと雑談で騒がしい今なら、普通に階段を昇っていける。しかし近くで駄弁っていた場地とスマイリーが、三ツ谷の後ろに乗るわたしを見てひどく顔を顰めた。けれどこの位置だし、もしかしたら万次郎には見えてないかもしれない。
 慌てながら三ツ谷によってバイクから降ろされたわたしは、とりあえず何事もなかったかのように階段を昇ることにした。
 みんな万次郎のことを何だと思ってるんだ。さすがに仲間にそこまでしないよきっと。確かに彼はわたしに対する愛が重いところあるけど、大丈夫だと思う。

「万次郎〜、来」
「なんで三ツ谷の後ろに乗ってンの?」

 あ、うそ、ダメかもしんない。わたしが声を掛けた瞬間、言葉すら遮って届いた万次郎の鋭い眼光。愛されていると自覚しているけれど、嫉妬の範囲までは窺えない。嫉妬されすぎて嬉しいとかそういう感情も遥か昔に置いてきてしまった。
 そういえば万次郎以外のバイクに乗せてもらったのは随分久しぶりだった。前に乗せてもらったのは確かドラケンだったけど、あの頃はたぶん、まだ万次郎がホーク丸に乗っていたころだった気がする。
 ええと、という彼の威圧におののき、戦々恐々としていると、ばしん、という小気味いい音と共に万次郎の頭が揺れた。

「オラマイキー、集会始めっぞー」
「……ケンチン今オレなまえと大事な話するとこなんだけど」
「はいはい集会の後なー」

 総長だろしっかりしろ、と万次郎をはたいたドラケンが、面倒くさそうに彼を見る。万次郎もその言葉に渋々と従うことにしたのか、不機嫌そうにしつつもわたしから目を逸らした。助かった、今のわたしにはドラケンが神様に見える。でもまあ、結局先延ばしにされただけではあるのだ。だって「後でな」と小さく言った万次郎の声、悲しいことにわたしははっきり聞こえてしまったのだから。

 集会終わり。今日はエマもいなかったし、最中はぼんやりとみんなの様子を見ていたけれど、正直もう帰りたかった。でもそういう訳にはいかない。集会のあとはいつも佐野家へお泊りコースだから、勝手に帰りでもしたら絶対なんか言われる。それに今日集会に呼び出されたときからわたしのお腹はもうエマのご飯を欲しているのだ。エマのおいしいご飯を食べるために、なんとかここを切り抜ければ。
 目の前には無表情の万次郎。そしてわたしの隣には気まずそうな三ツ谷。そして周りにはわたしたちの様子を面白おかしく見守っているだろう隊長副隊長数人。見せモンじゃねえぞ。

「えーっと、違うの。わたしが乗せてって頼んだの。だから三ツ谷は悪くない……です」

 三ツ谷にちゃんと言うと宣言した手前、今更責任転換することはできない。とりあえず口にしてみるが、万次郎の表情は変わらない。勘弁してよ本当。

「オマエ、オレの迎え断ったじゃん」
「それは……ちがう、友達と遊ぶの楽しくて、時間忘れちゃってて。ぎりぎりになって走ってたら、ちょうど三ツ谷が来たから」

 万次郎の言葉を聞いて、横から「そんなん聞いてねぇぞ」という視線がくる。そうだよね、メール上のやり取りだから三ツ谷は知らないよねごめん。でもそれ言ったら絶対三ツ谷乗せてってくれなかったじゃん。
 そもそもなんでわたしが悪いみたいなことになってるんだ? まあ何年も似たようなこと繰り返してきているから、さすがに慣れたけど、この万次郎の圧には一生慣れない気がする。
 とにかく、こういうときはご機嫌を取るのが一番だ。わたしだってばかじゃない、ちゃんと策を練ってきた。

「ごめんね、でもわたしが一番好きなのは万次郎だから」

 さあこれでどうだ! 基本わたしに対しての好意をこれでもかというほど全面的に出してくる万次郎に対して、わたしはあまりそれを表面に出すことはない。(というかこれがわりと普通だと思う)だから言葉にしてしまえばすっかり機嫌が直る、……と思ったんだけど。

「ふーん。なら証明してよ」
「は?」
「ちゅーして。今ここで」
「……は!?」

 いや何言ってんのこの人? わたしが戸惑っているその一瞬の間に、彼はずい、と距離を詰めてくる。ウソウソウソ、マジでここでしなきゃいけないの? さすがにそれは恥ずかしすぎる。万次郎はばかみたいにどこでも愛情表現をしてくるから、正直仲の良い東卍メンバーはわたしたちのキスシーンなんて見慣れてるかもしれない。けれどそれはすべて万次郎がしてくるもので、わたしはいつだって当たり前に受け身なのだ。自分でするのとされるのでは訳が違う。
 三ツ谷は出た、とでも言わんばかりにさっと身を引いて離れて行ってしまった。いや助けてよ。でもこうなった万次郎はどうにも出来ないってわたしが一番よく知ってる。……仕方ない、腹を括ろう。女は度胸だ。
 さっきの無表情とは一変、にこにこと笑みを浮かべる万次郎にゆっくりと近づく。眩しい金髪、整った顔、きれいなくちびる。近づくたびに見慣れたはずの彼の顔がどんどん新鮮に思えてきて、自分の顔が熱くなるのを感じる。一瞬で終わる、大丈夫、大丈夫。
 そうしてくちびるとくちびるが触れるまであともう数センチというところまできたとき、ぐっと頭を引き寄せられた。そして気づいたときにはふにゃりとくちびる同士が触れていた。

「なまえがかわいーから待ちきれなかった」

 そうして一瞬の短いキスをした万次郎は、驚くわたしを見ながらにぱりと笑った。
 わたしからキスをするなんて話はどこへ行ったのか。すっかり機嫌の直った万次郎は、すたすたと階段を降りて「さー帰るぞなまえ〜」なんて零している。ああもう、振り回されっぱなしだよわたし。いつもこうだ、万次郎は昔からこう。でも、それがわたしの大好きな万次郎だ。

「……バカ!」

 それでも一言だけ悪態をついて彼の背中を追いかける。
 これは限りなく青春に近かったはずの、わたしの日常の話だ。