形あるものはいつか壊れてしまう。あの日、それを知った。





故郷を失い、家族を失い、何もかもを失った馬超に残されたのは唯一の身内である従兄弟の馬岱と幼馴染の七夜だった。幼馴染とは物心がつく前から一緒にいた(らしい)。亡き父、馬騰から聞いた。そんな七夜は気付いたらいつも側にいて隣にいるのが当たり前で、まるで家族の様な存在だった。だからこそこうしてここまで連れてきてしまった。苦労を掛ける事も、幸せにしてやれない事も承知で泣きじゃくる七夜の細くて白い、その手を引いた。




「おぉ、馬超殿。来てくれたか」

張魯の元にいた馬超らを呼び出したのは劉備とその軍師、諸葛亮だ。益州の地を落とすのに手を貸してくれという事らしい。最初は渋った馬超だったが、諸葛亮のいつか曹操とも争う事になるという言葉に劉備軍に加わる事を決める。

「若が決めたなら俺もそれに従うよ!」
「おぉ、馬岱殿!有難い。して、そちらの女性は?」
「七夜と申します。以後お見知り置きを」
「七夜殿か!こちらこそよろしく頼む。七夜殿は馬超殿の妻であったか?」
「いえ、」

ただ純粋に疑問に思っているのだろう。馬超の一歩後ろに並んでいる所を見るに夫婦に見えたに違いない。

「妹」
「え?」
「妹です。ね、お兄様」

中々苦しい言い訳なのは七夜が一番分かっていた。けれど何度もこうしてこの様な場を切り抜けてきたのだ。曹操の客将となった時も、張魯の所にいた時も。嘘だと気付かれていたとは思うけれど(特に曹操の時は)、それでも納得してくれていた。諸葛亮の目が細められたのを見て慌てて七夜は馬超の袖を掴み、合わせろと合図する。

「あぁ、我が妹よ。七夜もこれまで俺達と共に幾多の戦場を掛けてきた。腕は確かだ。俺が保証しよう」
「そうであったか!それなら尚更心強いな。改めてよろしく頼むぞ」
「はい。お兄様の為にも頑張ります」

乱暴に頭を撫でる馬超に七夜はもう、お兄様ったら!とわざとらしい甘えた声で擦り寄る。そんな茶番に馬岱は本当に仲が良いよねえ!と二人に加担した。




戦が始まってから少しして劉璋が降伏すると、劉備はついに国を手に入れ漢中王となった。馬超と馬岱は蜀の将に、七夜は馬超の副官として仕えた。多分、妹だという事を考慮してくれたんだと思う。それからは大きな戦も無く、国の安定を図っている日々が続いたある日、馬超と七夜は諸葛亮に呼ばれた。

「あー絶対あれだ、間違いない」
「あれとはなんだ」
「妹ってやつ。嘘だってバレてるよ、絶対」
「あぁ…まぁ仕方あるまい」
「はー怒られるのかな。やだな、諸葛亮殿話長いし」
「仕方ないとは言え騙す様な事をしてしまったのは事実だからな」
「騙されてないじゃん、諸葛亮殿。多分劉備殿も。はーやだな馬超だけ行ってきてよ」
「お前も呼ばれているだろう」
「…そうだけど」

はぁ、とついてしまった諸葛亮の執務室の前で大きなため息をつく。一息置こうとした七夜など見向きもせず、馬超は扉に手を掛けた。

「失礼する」
「お待ちしておりましたよ」

当たり前だが諸葛亮が出迎えてくれる。何を考えているのか分からないのは流石に軍師だな、などと良く分からない事を思いながら二人は腰を下ろした。

「何故呼ばれたか、分かっていますか?」
「…帰順した時の事ですよね」
「……あぁでも言わないと、諸葛亮殿も劉備殿も納得しなかっただろう」
「話が早くて助かります。それで馬超殿、七夜殿とはどの様な関係で?」
「幼馴染だ。俺が物心つく前からの」
「幼馴染、ですか」

シン、と辺りが静まり返る。諸葛亮は馬超と七夜を交互に見てから馬超と視線を合わせた。

「妻でも恋人でも無く、幼馴染、と」
「あぁ。七夜は俺の家族と言っても良い」
「……そうですか」

何か言いたげにしている諸葛亮に気付いたのは馬超ではなく七夜の方だった。ならどうして結婚しないのか。本当の家族になれば良いのではないか?そんな所だろう。この手の話題はまずい、と七夜は慌てて口を開いた。

「あ、あの、嘘ついてごめんなさい。本当に。その、身内でも無い女が近くにいたら色々と疑われると思って」
「…まぁ貴方がたは此処に落ち着くまで色々とあったでしょうから仕方ありません。いえ、それよりも」

あぁ、駄目だ。諸葛亮の次の言葉が予想出来てしまった七夜は目を瞑って俯いた。

「妹君で無いのであれば七夜殿、貴女には一人の将として働いて貰います」

意外な提案に七夜は勢い良く顔を上げる。目元が下がっているのを見るときっと羽扇の下では笑っているのだろうなと思った。

「なんだと…!?」
「おや?馬超殿。何か不都合でも?」

そしてこれも意外な事に馬超が待ったを掛けた。七夜も丸くしていた目をそのまま馬超に向ける。

「……七夜は兵を率いた事など無いぞ」
「これから教えましょう。それに見ての通りこの蜀は人材不足。人手は多いに越した事はありません。それに馬超殿、仰っておりましたよね。七夜殿は腕が立つ、と」
「ぐっ…」
「と言う訳で、よろしく頼みましたよ七夜殿」
「え?え?は、はい…」


流れでそのまま首を縦に振ってしまった。あ、やばいかも。七夜は馬超に確認する様に顔を覗き込むと、馬超は納得していなさそうに眉間に皺を寄せていた。


10.05