あの子とラジオ。

 音のない生活になんとなく違和感を感じた。なんだろうと考える間もなく答えが出てくる。ラジオ。そうだ、一昨日まで恋人だったあの子がよく聞いていたラジオ。スマホのラジオアプリから、古びたCDプレイヤーから。どんなときもラジオの音がしていた。ラジオアプリは夢追のスマホにもいつの間にかあったし、CDプレイヤーは元々夢追の家に置いていたものだった。慣れるまで、いやとりあえず今日はラジオを聴いていよう。ところが、あの子がよく聞いていたラジオの周波数がわからない。ラジオ局の名前も聞いたことはなかった。あの子がいつもラジオをつけていたから。一日のタイムテーブルは何となく覚えている。ショッピング番組からDJとサッカーの話、静かに雑談する番組。あの子は22時からの番組が特に好きだった。
 まあ、別にほかのラジオでもいいだろとラジオアプリをスクロールする。芸人がゲストの番組、ICTメインの番組。ある程度見終わったが、なんだかいまいちピンとこなくて早々にアプリを閉じた。だったら、CDプレイヤーのダイヤルを適当に回してラジオを聞こう。運任せっていうのも案外いいかもしれない。床に直置きのCDプレイヤーの前にしゃがんで、ダイヤルをぐるぐると回すも聞こえてくるのは砂嵐ばかり。ザーザーザーザー、そればかり。
 どうやら一人ではラジオを聞くのでさえ、ままならないらしい。まだ色濃く残るあの子がどうしようもなく恋しかった。

 22時。寝るにはまだ少し早い時間にふとラジオが聞きたくなった。いつの間にか使わなくなった古びたラジオを引っ張り出して、いつかと同じようにダイヤルをぐるぐると回す。今日は運がよかったらしく少しの砂嵐の後から声が聞こえてきた。はっきり話す聞きやすい声に覚えがあった。あの子だ。ラジオのお便りを読んでいる声が右から左へ、流れていく。息を呑んでそれから耳をすませた。懐かしい声に当時の記憶が頭の中を駆けて行くのがわかった。ああ、本当に懐かしい。元気にしてるみたいで、よかった。昔あの子が好きだったラジオ番組と似ている構想なのかラジオは大体こうなのか、そろそろかなと思ったタイミングであの子が曲紹介をした。80年代の古い歌謡曲。この曲よくカラオケで歌ってたな。声を出して笑ってしまった。変わらない。あの子も僕も。なんだかそれが悔しかった。

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