好奇心はハヤブサを殺す
夢追翔は目の前の男を睨むように見ていた。彼の視線の先にあるのは、整った顔立ちの男。昨夜緑仙が拾ったこの男は、どうやら加賀美インダストリアルの社長、「加賀美隼人」らしい。手元の書類をみて、頭を整理する。男は真っ当な会社の社長で、怪しいところなんてひとつもない、ように見える。信頼できる情報屋がよこした情報だ。間違いなんてないだろう。なら、明るいところこそ相応しい彼が、なぜ薄暗い路地裏にいたのか。
「夢追」
苛立ちを隠せない夢追を呼ぶ声に顔をあげる。こちらを見つめる緑仙の目と目があう。柔らかくて鋭い目に見られて、煮え立つ感情を飲み込んだ。深く呼吸して、なんとか冷静さを取り戻した。
「それで?加賀美くんはどこまで覚えてるの?」
正面のソファに座っている加賀美に緑仙は続いて問いかける。
「君、名前は?」
「加賀美隼人です」
「加賀美インダストリアルの若社長さん、で合ってる?」
「……はい」
しっかりとうなづいた。これは嘘に見えない。
「なんであの路地にいたの?」
「……覚えてないです」
困惑で曇った顔。これも嘘じゃない。
「このメモに見覚えは?」
緑仙が「三階会議室」と書かれたメモを見せる。女性が書くような丸っこい文字。緑仙も夢追にも心当たりがいない。
「ないです」
申し訳なさそうな顔。これも嘘をついていない。あ゙〜、と緑仙が唸った。どうやら当てが外れたらしい。
「じゃあ、これが最後の質問。緑仙と夢追翔、僕らの名前に聞き覚えは?」
「……聞いたことないです」
少しの動揺。これは嘘。静かにスーツの内ポケットに手を伸ばし、銃を取り出した。ゆっくりと、しかし確実に加賀美の胸元に狙いを定める。静止の声は聞こえてこなかった。
「嘘つくな。聞き覚えあるだろ」
加賀美が嘘をついているのは明白だった。何のために噓をついているのか、分からない。だが、もう理由なんてどうでもいい。全ては、彼が嘘をついたという事実だけだ。こいつは何かを隠している。
「とある方に、言われたのです。あの辺りにいればお二人に会えるよ、と。その方が誰かなのか、どうしてお会いしたかったのか。覚えてない。」
「ふうん、とある方、ね。……加賀美くんが覚えてるのは、僕らの名前だけ?」
「はい。そうです」
「そ、じゃあ、この話は終わり。夢追もおろしていいよ」
時間をかけて、構えたままだった銃を下す。緑仙の方を見ると、雨の日と同じ顔をしていた。そんな顔をするな、しないでくれ。
「……緑仙」
「客室に案内しておいて」
「わかった。どこに行くの?」
「ちょっと用事……夢追、目離さないでね」
そう言うとみどりは微笑んで、扉の奥へ消えていった。
人の気配がしない静かな廊下に、パンプスの音が響く。擦り傷の1つさえ、加賀美にはなかった。そのことが緑仙は引っかかっていた。こういう時の感は、放っておかないほうがいい。
「打撲の跡すらないのに、記憶喪失、ねぇ」
久しぶりに連絡をとってみようか。あの、食えないピエロに。意外と顔が広いから、何か知っているかもしれない。窓にうつる自分が迷子の幼子のような顔で、思わず笑みがこぼれた。確かめるように、ゆっくり瞬きをする。
「僕は緑仙」
自分に言い聞かせるようにつぶやいた。