GPSとドアノブとうちとけ


 加賀美は案内してくれる夢追におとなしくついていく。廊下を歩く足音が静かに響く中、二人とも一言も話さなかった。夢追は分厚い扉の前で足を止めると、扉を開けた。

 「この部屋のものは自由に使っていいよ。多少の料理ぐらいは作れるコンロとシャワーはあるから。もう夜も遅いから、ゆっくり休みなよ」

 夢追は部屋の中を示しながら、淡々とした声でそう告げた。ベッドとデスクが端正に並ぶ部屋は、暗い木目調の家具で統一されている。窓のカーテンはぴっちりと閉められ、外の明かりを一切通さないだろう。加賀美は部屋をぐるりと見まわして、夢追に向き直った。

 「あなたたちは、一体、誰なんですか?」
 
 その問いは静かだが、隠しきれない不安がにじんでいた。加賀美はまだ、彼らの全貌を理解できていない。夢追は加賀美を見つめ返した。沈黙が漂う中、やがて微かに笑みを浮かべると、静かな声で答えた。

「わからない。僕にも、わからない。けど、」
 
 その言葉は軽やかでありながら、どこか重苦しい響きを伴っていた。加賀美の眉がわずかに動く。意味が分からなかった。理解できない加賀美を置いて、夢追は続けて言葉を紡ぐ。

「緑仙は僕の神様。それだけだ」
 
 それだけと言うにはあまりにも重い言葉だった。何もわからない。記憶をなくす前の加賀美ハヤトなら、理解できただろうか。ただ一つ、崇拝にも近い”それ”を彼らは大切にしているということだけは分かった。加賀美は静かに黙った。夢追を探るように見つめる。だが、夢追はもう何も話さなかった。静かに閉まった扉の前で、加賀美はつぶやいた。

「彼らは、一体何なんだろう」



 深夜、緑はあの雨の日と同じ所を歩いていた。晴れた後の夜風が冷たくて気持ちよかった。いつもの道をまったく見向きもせずに、まっすぐと通り過ぎる。加賀美を拾ったあの路地には、また「それ」が倒れていたが緑が視界にいれることはなかった。静まり返っている店の並びに、突然現れるネオンの看板。バーチャイカ。OPENの札が掛かっている扉を、ゆっくりと開けた。人が少ない落ち着いた店内の奥から、ごついメイド服のマスター、花畑チャイカが出てきた。

「あれ、緑仙じゃん。珍しいね」
「まあね。いつもの、ちょうだい」

 チャイカの目の前のカウンター席に腰掛ける。ちらりとこちらを見たチャイカが、コーラを緑の前に置いた。

「……今日夢追は?」
「邪魔だから置いてきた」
「おまえ、後で怒られるぞ」
「知らね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」

 緑の場所を常に把握しておきたい夢追から、やっとの思いで逃げて広い屋敷から出てきた。もちろんGPSもつけられていないことは確認済みだ。今日こそ完璧!ふふんと得意げにした緑に、チャイカが呆れた声を出した。

「そんで、今日はなにしにきたの?」
「ねえ、力ちゃんに聞きたいことあるんだけど、今日いる?」
「力ちゃん?えっ〜と、やしろ!起きろ!!」

 チャイカが緑のひとつ横でつぶれていた男を、揺すり起こす。うなりながら起きた男は社築。昼はどこにでもいる社畜、夜は古今東西どんなことでも知っている情報屋。緑は古くから知るこの男を信用していた。社がいう情報は正しい。

 「……う、え、なに……あれ、緑じゃん」
 「そうだよ。やしろ、力一どこにいるか知ってる?」
 「力ちゃん?力ちゃんは西に行ったよ」
 「西?」
 「西」
 「西か〜〜」

 緑仙と夢追が根城にしている屋敷は東、ピエロもとい力一は中央を跨いで西に行ったらしい。ほとんど真反対。はあ、とため息をついて、まあこいつらでもいいか。なんだとこっちを見ている二人に、聞きたかったことを聞こう。夢追の監視をやっと抜けてきたんだ。成果のひとつやふたつ、持ち帰りたい。

「ねえ、加賀美ハヤトについて何か知ってる?」


 
「緑仙?」

 加賀美を部屋に案内し、自分も風呂を済ませた後、ふと気づくと緑仙の気配がなかった。どこに行ったんだろうと屋敷の中を隅から隅まで探す。(勝手に)つけたGPSを辿っても、緑仙の姿はどこにもなかった。
 
「はあ、やられた……」

 この様子だと屋敷のどこにもいないだろう。今日は雨が降っていないから油断していた。クレアさんの教会、駅前のカラオケ、夢追の知らないところ。緑仙が行きそうな場所を考えるが、どこもしっくりこない。なんて考えながら廊下を歩いていると、人影が目に入った。基本的にこの屋敷は夢追と緑仙の二人しかいない。緑仙はいま屋敷にいない。なら、保護している加賀美ハヤトだろうか。緑仙には目を離すなと言われている。思わず息を吐いた。

「そこで何してるの?」
「!……びっくりした。えっと、あの、」
「……?もしかして迷子?部屋まで送ろうか」
「いや!そう、ではなくて、その」

 歯切れの悪い返事に疑問に思いながら、彼の様子を観察する。体調も悪くなさそうだし、衣服も濡れていない。深夜にうろつく用事、もしかして、記憶を思い出したとか。それは、すこしまずいな。

「もしかして、なにか思い出した?」
「いえ、残念ながら。……あの、申し訳ないんですけど」

 記憶は戻っていないらしい。なら、何だろうか。

「部屋のドアノブを壊してしまって……」
「????なんで?」

 ん?本当になんでだ?ドアノブ?ドアノブが壊れるってなんだ?

「部屋に戻ろうとしたらドアノブごと取れてしまって」
「部屋の外にいたの?」
「ちょっと散歩したくて……」
 
「まあ、もともと古い建物だから寿命だったのかもね」
「すみません…」

 でも、部屋に入れないのは困るな。来客用の部屋はここ以外にもあるけど、今すぐ使えるのは少なかった気がする。どうしようかな、ドアノブが取れるって何だろう、目を離すなって言われてたのに。止まらない思考が、何かが体当たりする音で止まる。もしかしてと目線を上げると、予想どうりドアが丸ごと外れてしまっていた。部屋の中が丸見えだ。

「は?」
「あ、やべ」

 現実味のない光景に、思考がぐらりと揺れた。これ、緑仙にどうやって言おう。



 
 「おはよー」

 バーチャイカに行った後、無事に屋敷に戻ることができた。いつもなら途中で連れ戻しに来るか、抜け穴の前で待ち伏せされているかのどちらかだが、昨日はどちらもなかった。じゃあ、屋敷を抜け出したことに気づいていない?いつも通りダイニングの椅子に座る。いつもと違うのは、この間保護した加賀美がいること。

「おはようございます、緑仙さん」
「おはよう、みどり。それで?昨日はどこにいたの?」

 やっぱり気づいてた。肩をすくませながら、夢追のことを見る。あれ、隈がある。

「教えなーい。夢追こそ、昨日は何してたの?」

 そう聞くと、加賀美の肩が跳ねた。ん?なんで?

「夢追も教えなーい。ね、ハヤト」
「なんですか、夢追さん」

 ん?なんだ、なんか。

「お前らそんなに仲良かったっけ?」漢字ふりがな




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