忙しいことが幸いして、すっかり記憶の片隅に追いやられていた。



「じゃあ先行って車温めてるから。ちょっとしたら来てね」

「はーい、ありがと〜」


今日の分の仕事が終わり、ようやく一息つく。

まだ1月だから、寒い。とにかく寒い。だから送迎を担当してくれるマネージャーの優しさがとても有り難い。


楽屋はエアコンが効いていて暖かく、動きたくないけど、マネージャーを待たせるわけにもいかないから、そろそろ向かわなければ。


「お疲れ様です」

「あ、お疲れ様です」


今日お世話になったスタッフさん達と挨拶をしつつ、駐車場に足を進める。



「お疲れ様」

「お疲れ様で――っ!?」


どこかで聞いたことのある声だと思った。

忘れたくても、忘れられない。もちろん、悪い意味で。


「あなた…っ!!」

「会いたかったよ、芽依」


どうしてあのときのストーカー男がここにいるのか。
そんなこと考えられなかった。ただただ恐怖が襲ってくる。思い出したくもない、あの時のことなんて。

だんだん距離を縮められているのに、逃げれない。足が竦んでしまっているのだ。


「ふふふ、そうやって怯える顔も可愛いね」

「やだ…来ないで…」


せっかく男性恐怖症を克服したのに。またみんなに迷惑をかけてしまう。
リーダー、翔ちゃん、相葉ちゃん、ニノ、潤くん、恵梨香…みんなの優しさを無駄にしてしまう。


男の腕が腰に回される。

このままされるがままなのか。情けない。


「ふふ、ようやく僕に全てを委ねる気になった?」


怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。
――誰か助けて!









「おい!」


そんな声がした途端、離された体。


「芽依大丈夫か!?」

「潤くん…」


潤くんはわたしを背中に隠すようにして立つ。


「お前この前のやつだよな?」

「そうだよ、僕と芽依は愛し合った仲なんだ」


あの日の光景がフラッシュバックする。
プライバシーを守るため、とお隣との距離が近くないマンションだったことが裏目に出て、いくら叫んでも誰も助けに来なかった。ただただ行為が進むだけ。こっちが涙を流しながら止めるように言っても、笑っているだけだった。

身体がガタガタと震えだす。


「…てめぇだけは絶対に許さねぇ」


潤くんが鋭く睨み付けるも、男は涼しい顔のまま。


「いいの?国民的アイドルが一般人を殴ったりなんかしたら、どうなるか」

「……」


悔しい。

わたしはまた、泣き寝入りするしかないの?
このままずっとこの男に怯えて生きていかなきゃいけないの?


しかし潤くんは、にやりと笑った。


「お前バカだな」

「は?」

「手出したらどうなるかなんて十分わかってんだよ」

だから他の手考えてるに決まってんだろ。



「ちょっと君、」

「え?」

「仕事関係者じゃないよね?」


ここの警備員さんが男の肩をガシッと掴む。

潤くんがいつの間にか呼んでいたのだろうか。


「どうやって入ったのか知らないけど、ちょっとこっち来て」

「え、あ、いや…」

「コッチが使えないときは、コッチを使うんだよ」


自分の頭を指差して勝ち誇った顔をしている潤くん。



―――助かった。

潤くんが来てなかったら、きっとわたし   。



警備員がその男を連れて行った途端、がくんと足の力が抜けた。が、咄嗟に潤くんが支えてくれたおかげでなんとか崩れ落ちずに済んだ。


「ちょ、芽依!」

「ごめん、安心したらなんか力抜けちゃって」

「いや…っていうかごめん、普通に触っちゃってるけど。大丈夫?」


あのとき、
メンバーでさえも触れられるのが怖かった。
みんなのことは大好きなのには変わりないのに、身体が言うことを聞いてくれなかった。


だけど今は――


「平気だよ」

「…マジで?」

「うん。潤くんは大丈夫」

「   そっか、良かった。」



忘れていたとはいえ、たぶん心のどこかでずっと怯えていた。きっとまたいつか思い出して震えていたと思う。

でも、それもたった今、
潤くんのおかげですべてが終わったんだ。


ありがとう潤くん。





恐怖が終わった瞬間