初めての拒絶
「とりあえず少し落ち着いたみたいで、シャワー浴びてます」
あれから暫く泣き続けた芽依を戸田ちゃんは嫌な顔一つせず抱き締めてくれた。こんな時間にいきなり呼び出したっていうのに。
「急に呼び出したりしてごめんな。お前も予定とかあったでしょ?」
「正直に言うと彼氏とイチャイチャしてました」
「マジで?そりゃ悪かったな…」
「でも芽依のこと大事だし、彼氏もわかってくれたから。これでキレるような男だったら別れてたし」
「かっけぇー…」
戸田ちゃんが芽依のことを想う気持ちは本物だ。俺が彼女の立場でも同じことをしていたと思うけど、付き合いの長さが違う。俺は10年以上一緒にいるけど戸田ちゃんとは5年も経っていないはず。それでもこのような立派な絆が生まれるのは、やはり友情に時間なんて関係無いということなのだろうか。
「それよりどうする?明日6人で収録だしゲストも男性の方だけど」
少し和みかけていた空気がまた冷たくなる。
「さすがに芽依抜きってわけにはいかねぇからなー」
「でも今の芽依に無理させたくない」
相葉ちゃんの意見にはみんなが賛同した。だけどそう思ったところで成す術が無いのだ。
スタッフさんに事情を説明すればなんとかなるのかもしれない。でも女性にとって自分がレイプされたことなんて広まってほしくないこと。だから俺達の判断で勝手にそうするわけにはいかない。
「翔ちゃん何か無いの?」なんて言われても情けないことに何も浮かばない。
困り果てる俺達の元に足音が近付いてきた。
「あ、芽依」
「シャワー浴びたの?」
コクリと頷く芽依。
さっきはじっくり見れなかったから気付かなかったけど、目は真っ赤だし泣きすぎて腫れている。前に会ったときよりも痩せたみたいだし。
それでもルームウェアを着たすっぴん姿は不覚にも可愛いと思ってしまった。…あぁ、俺はこんなときに何を考えてるんだ。だからムッツリなんて言われるんだ!
「ベッド行く?」
「ううん、ここで大丈夫」
抵抗するときに叫んだのだろう、声が枯れていた。ニノを見ると握りしめた拳が震えている。
「恵梨香ありがとう、もう帰ってくれて大丈夫だよ」
「え、いやでも…」
「今日彼氏さんの誕生日でしょ?私なんかに恵梨香取られちゃ可哀相だよ」
「ちゃんとわかってくれてるから大丈夫やって」
「私も大丈夫だから。…みんなには迷惑かけちゃうと思うけど」
「…芽依はおいら達だけでも大丈夫なの?」
「うん」
「じゃあ大丈夫だよ、戸田ちゃん」
「…本当に大丈夫ですか?」
「うん」
智くんだけでなく他の4人も頷くのを見て戸田ちゃんも安心したようだった。鞄を持って芽依に近付く。
「じゃあお言葉に甘えて今日は帰るけど、何かあったら絶対連絡してくること。いい?」
「うん、ありがとう」
戸田ちゃんはニッコリ笑って芽依の頭を撫でた。‥これじゃどっちが年上かわかんねー。
「じゃあすいません、お先に失礼します」
「送ってこうか?」
「それこそ彼氏が来てくれるから大丈夫、ありがと」
戸田ちゃんを見送ったあと、芽依は俺達から少し距離をとった場所に座った。
「やっぱ俺らのことも怖い?」
「ごめん、少し‥」
「いや、しょうがないっしょ。謝らなくていいから」
だってほんの数時間前に見知らぬ男に襲われたんだ。男が怖くなるのも当たり前だ。付き合いが長い俺らを前にしても体は震えている。今すぐ抱き締めてやりたいのにそれができないのがもどかしかった。
「リーダー、近くにゴミ箱あるでしょ?」
「え、うん」
「その後ろにあるビニール袋取ってもらっていい?」
智くんが取ったビニール袋は茶色のもので中は透けてなくて見えない。だけど鈍感と言われる俺でも中身の検討はついた。
芽依に開けてと言われ机の上に智くんが袋のものを出していく。予想通り中からは沢山の芽依の盗撮写真や愛を囁いたメモ用紙、赤い封筒。そして予想を遥かに超えていた使用済みのコンドーム‥。
言葉が出なかった。
俺だって職業病“ヤラカシ”と呼ばれるストーカーはいて、家の前で待ち伏せされたり後をつけられたり、それこそ使用済みの生理用品がポストに入っていることもあった。
確かにそれだって気持ち悪かったけど俺は男で相手は女。いざとなったら多少気が引けるが暴力でもなんでもすれば逃げ道はある。
だけど芽依は違う。逆なのだ。
相手のほうが自分より力が強いわけで、今日みたいなことが起きてしまう。
きっと今まで口に出さなかっただけでそういう恐怖と闘い続けていたんだと思う。そして恐れていた事態が今日、起こってしまった‥。
「いつから‥?」
「大体1ヶ月前くらい、かな」
1ヶ月―‥。短いようで長い。
封筒の量からも結構な日数だとは思っていたけど。
その間芽依は1人で我慢してたってことか。
あの日、無理にでも聞き出していれば。
この家に来ていれば。
後悔ばかりが頭をグルグルと回る。いくらでも防御策はあったはずなのに‥。自分の不甲斐なさに腹が立った。
暫く誰も喋れなかった。
かける言葉が見つからなかったんだ。
「‥ごめん、やっぱもう帰ってもらっていい?」
「え?」
「どうしても、さっきのこと思い出しちゃって。みんなは何も悪くないのわかってるけど、‥わかってるのに、怖い」
悔しかった。
今まで俺らがどんなに酷いことをしても芽依に拒絶されたことは一度もなかった。
だけど今、はっきりと言われた。――“帰って”と。仕方ないことだというのは十分承知している。芽依だってしたくてしてるわけではないと思う。‥ただ、体が言うことを聞いてくれないんだ。その証拠に芽依の体の震えは更に酷くなっている。
見ていられなくて、視線を逸らした。
「あ、明日の仕事は大丈夫だから。さすがに仕事は割り切れるっていうか」
「でも――」
「じゃあ私、寝るね。わざわざ来てくれたのにごめん、おやすみなさい」
バタンと閉められたドアは、まるで芽依の心が閉ざされたことを示しているようだった。
「‥‥帰ろう」
ずっと黙り込んでいたニノが初めて口を開いた。少し震えていた。
渋っている相葉ちゃんの背中を押して無理矢理玄関に連れて行く。「俺ら先行ってるから」という言葉を残して。
本当はニノだって芽依の側にいたかったに違いない。けれど、彼はわかっているんだ、今自分にしてやれることは何も無い、それどころか一緒にいるだけで恐怖を与えてしまうということに。
まるまった猫背が、いつもより寂しげだった。
初めての拒絶
あれから暫く泣き続けた芽依を戸田ちゃんは嫌な顔一つせず抱き締めてくれた。こんな時間にいきなり呼び出したっていうのに。
「急に呼び出したりしてごめんな。お前も予定とかあったでしょ?」
「正直に言うと彼氏とイチャイチャしてました」
「マジで?そりゃ悪かったな…」
「でも芽依のこと大事だし、彼氏もわかってくれたから。これでキレるような男だったら別れてたし」
「かっけぇー…」
戸田ちゃんが芽依のことを想う気持ちは本物だ。俺が彼女の立場でも同じことをしていたと思うけど、付き合いの長さが違う。俺は10年以上一緒にいるけど戸田ちゃんとは5年も経っていないはず。それでもこのような立派な絆が生まれるのは、やはり友情に時間なんて関係無いということなのだろうか。
「それよりどうする?明日6人で収録だしゲストも男性の方だけど」
少し和みかけていた空気がまた冷たくなる。
「さすがに芽依抜きってわけにはいかねぇからなー」
「でも今の芽依に無理させたくない」
相葉ちゃんの意見にはみんなが賛同した。だけどそう思ったところで成す術が無いのだ。
スタッフさんに事情を説明すればなんとかなるのかもしれない。でも女性にとって自分がレイプされたことなんて広まってほしくないこと。だから俺達の判断で勝手にそうするわけにはいかない。
「翔ちゃん何か無いの?」なんて言われても情けないことに何も浮かばない。
困り果てる俺達の元に足音が近付いてきた。
「あ、芽依」
「シャワー浴びたの?」
コクリと頷く芽依。
さっきはじっくり見れなかったから気付かなかったけど、目は真っ赤だし泣きすぎて腫れている。前に会ったときよりも痩せたみたいだし。
それでもルームウェアを着たすっぴん姿は不覚にも可愛いと思ってしまった。…あぁ、俺はこんなときに何を考えてるんだ。だからムッツリなんて言われるんだ!
「ベッド行く?」
「ううん、ここで大丈夫」
抵抗するときに叫んだのだろう、声が枯れていた。ニノを見ると握りしめた拳が震えている。
「恵梨香ありがとう、もう帰ってくれて大丈夫だよ」
「え、いやでも…」
「今日彼氏さんの誕生日でしょ?私なんかに恵梨香取られちゃ可哀相だよ」
「ちゃんとわかってくれてるから大丈夫やって」
「私も大丈夫だから。…みんなには迷惑かけちゃうと思うけど」
「…芽依はおいら達だけでも大丈夫なの?」
「うん」
「じゃあ大丈夫だよ、戸田ちゃん」
「…本当に大丈夫ですか?」
「うん」
智くんだけでなく他の4人も頷くのを見て戸田ちゃんも安心したようだった。鞄を持って芽依に近付く。
「じゃあお言葉に甘えて今日は帰るけど、何かあったら絶対連絡してくること。いい?」
「うん、ありがとう」
戸田ちゃんはニッコリ笑って芽依の頭を撫でた。‥これじゃどっちが年上かわかんねー。
「じゃあすいません、お先に失礼します」
「送ってこうか?」
「それこそ彼氏が来てくれるから大丈夫、ありがと」
戸田ちゃんを見送ったあと、芽依は俺達から少し距離をとった場所に座った。
「やっぱ俺らのことも怖い?」
「ごめん、少し‥」
「いや、しょうがないっしょ。謝らなくていいから」
だってほんの数時間前に見知らぬ男に襲われたんだ。男が怖くなるのも当たり前だ。付き合いが長い俺らを前にしても体は震えている。今すぐ抱き締めてやりたいのにそれができないのがもどかしかった。
「リーダー、近くにゴミ箱あるでしょ?」
「え、うん」
「その後ろにあるビニール袋取ってもらっていい?」
智くんが取ったビニール袋は茶色のもので中は透けてなくて見えない。だけど鈍感と言われる俺でも中身の検討はついた。
芽依に開けてと言われ机の上に智くんが袋のものを出していく。予想通り中からは沢山の芽依の盗撮写真や愛を囁いたメモ用紙、赤い封筒。そして予想を遥かに超えていた使用済みのコンドーム‥。
言葉が出なかった。
俺だって職業病“ヤラカシ”と呼ばれるストーカーはいて、家の前で待ち伏せされたり後をつけられたり、それこそ使用済みの生理用品がポストに入っていることもあった。
確かにそれだって気持ち悪かったけど俺は男で相手は女。いざとなったら多少気が引けるが暴力でもなんでもすれば逃げ道はある。
だけど芽依は違う。逆なのだ。
相手のほうが自分より力が強いわけで、今日みたいなことが起きてしまう。
きっと今まで口に出さなかっただけでそういう恐怖と闘い続けていたんだと思う。そして恐れていた事態が今日、起こってしまった‥。
「いつから‥?」
「大体1ヶ月前くらい、かな」
1ヶ月―‥。短いようで長い。
封筒の量からも結構な日数だとは思っていたけど。
その間芽依は1人で我慢してたってことか。
あの日、無理にでも聞き出していれば。
この家に来ていれば。
後悔ばかりが頭をグルグルと回る。いくらでも防御策はあったはずなのに‥。自分の不甲斐なさに腹が立った。
暫く誰も喋れなかった。
かける言葉が見つからなかったんだ。
「‥ごめん、やっぱもう帰ってもらっていい?」
「え?」
「どうしても、さっきのこと思い出しちゃって。みんなは何も悪くないのわかってるけど、‥わかってるのに、怖い」
悔しかった。
今まで俺らがどんなに酷いことをしても芽依に拒絶されたことは一度もなかった。
だけど今、はっきりと言われた。――“帰って”と。仕方ないことだというのは十分承知している。芽依だってしたくてしてるわけではないと思う。‥ただ、体が言うことを聞いてくれないんだ。その証拠に芽依の体の震えは更に酷くなっている。
見ていられなくて、視線を逸らした。
「あ、明日の仕事は大丈夫だから。さすがに仕事は割り切れるっていうか」
「でも――」
「じゃあ私、寝るね。わざわざ来てくれたのにごめん、おやすみなさい」
バタンと閉められたドアは、まるで芽依の心が閉ざされたことを示しているようだった。
「‥‥帰ろう」
ずっと黙り込んでいたニノが初めて口を開いた。少し震えていた。
渋っている相葉ちゃんの背中を押して無理矢理玄関に連れて行く。「俺ら先行ってるから」という言葉を残して。
本当はニノだって芽依の側にいたかったに違いない。けれど、彼はわかっているんだ、今自分にしてやれることは何も無い、それどころか一緒にいるだけで恐怖を与えてしまうということに。
まるまった猫背が、いつもより寂しげだった。
初めての拒絶