ひんやりとした冷たさに、自然と瞼が下りてくるのが分かる。気持ちいい。そしてとてつもなく眠い。
ここは寮の共同スペースであって、俺の部屋じゃない。焦凍の部屋でもない。だからこのまま寝たらだめだって分かってるのに、人の体温とそれに矛盾した冷気が、何とも言えず気持ちいい。

「まーたミョウジが轟に甘えてら」

この声はたぶん瀬呂。そこまでは分かるけど、それ以外にバタバタと聞こえる足音は分からない。たぶん風呂上がりだ。4〜5人いるだろうなってことは想像できるけど。

俺の個性、『熱(ヒート)』。体内にマグマを飼ってる感じの体質で、身体の温度を上げられる。手に炎を纏えるけど、放出して範囲攻撃なんかは出来ない。触れたもの溶かしたり燃やしたりできるのと、自分の息を熱風にして吐き出したりできる。
まあ、焦凍の個性の下位互換と言われればまさしくそう。でも別に気にしてない。微妙に違うから、使い勝手も多少は違う。まあ、焦凍の方が強いのは変わらないけど。

今日の訓練でちょっと個性を使いすぎた俺は、やや逆上せ気味だった。もう体温は下がってる筈が、まだなんとなく熱い気がして、つい冷たいものに身を寄せてしまう。

そう、この空間で最も冷たいもの。焦凍の右側。

「ミョウジ〜、そろそろ離してやんねーと轟が可哀想だぞ」
「……瀬呂、」
「ハイハイ、悪かったって」

瀬呂の言葉を咎めるような、そんな焦凍の声が聞こえた。珍しい。そもそも、かわいそうってなんだろ?そう思ってふと顔を上げたら、顔を赤くした焦凍と目があった。焦凍の右半身は相変わらずちょうどいい冷たさで、なのに顔が赤いって。大丈夫か。風邪?

「焦凍、風邪?熱でもあんの?」
「……ない。大丈夫だ」
「いやでもさ、身体こんな冷たいのに顔赤いって、普通に体調悪いんじゃない?無理させてごめんな、」
「無理してない。いいから、もうちょっと、居ろ」
「……じゃあ、お言葉に甘えて」

心配だけど、ああ、でもやっぱ、気持ちいい。焦凍が大丈夫って言ってるし、文字通りお言葉に甘えて、もう少しだけここに居たい。

▽▲▽▲▽

「……ミョウジ、寝た?」
「ああ」
「轟さー、中学のときからコレなんだろ?もう流石に慣れねえ?」
「…………慣れねえ」

瀬呂と切島が困ったような呆れたような顔で笑う。ナマエがこうして個性を使いすぎるたびに俺にくっついてくること、それに対する慣れがあるだろうって問いかけ。答えはノーだ。一生慣れる気がしねえ。

熱くなった頬の熱を冷ますために右の温度を下げたいが、俺に寄りかかって寝ているナマエの最適温度を変えるわけにいかないと、結局そのままになる。

ナマエは小4くらいで俺の学校に引っ越してきて、それ以来一緒にいる、いわゆる幼馴染だ。俺がエンデヴァーの息子だと知っても、「焦凍は焦凍でしょ?」と言って気にせず、俺の側にいてくれた。
個性が少し似ていたこともあって、大嫌いな父親との訓練だって、ナマエが時折見せてくれる綺麗な炎を思って、耐えられた。

ナマエに甘い自覚はある。でも仕方ない。そもそも俺は悪くない。ナマエは、戦えばちゃんと強くて、機転も利いて、頼りになる。それなのに普段はこんなので、しかも自分にだけこんな風にすり寄ってくる。可愛いと思わないわけがない。

「んー……」
「ナマエ、起きたのか。そろそろ部屋、戻るか?」
「や……。焦凍きもちい、もーちょっと」
「………っ、〜〜……」
「轟、左で火ィでてんぞ……」

すり、と額を俺の腕にくっつけてくるナマエは、人の気も知らないで、完全に熟睡モードだ。
熱い。涼しい顔をして寝ている幼馴染をちらりと見る。いつかその顔を、訓練で逆上せたときみたいに、いやそれ以上に、真っ赤に染め上げてやる。

瀬呂や切島が部屋に戻ると言って、風呂から上がった連中もいなくなった空間。
すぐそこにあるナマエのつむじに唇を寄せて、そう心に決めた。
春の鼓動をまだ知らない

振り回される男の野心




20190501
title by 星食