人を好きになったことがない。
いや、この表現だと語弊がある。

人を好きになったことがなかった。

小・中学校で告白をされたことは何度かあるが、言われた言葉の意味は分かっても、意図はよく分からなかった。好きです、付き合ってください、と女子から言われるたび、悪ィ、とだけ謝った。その度に、なんだか悪いことしてるみたいな気持ちになった。

伝えたかっただけだから、という女子もいた。俺がエンデヴァーの息子ってことで、一方的に知ってたんだろう。ほとんど話したこともないのに、むしろ俺は名前すら曖昧なのに、俺がそれに応える確率はほぼゼロに近いのに、それでも言いたいという理由が分からなかった。

そもそも好きになる気持ちが俺には分からなかったから、その先の行動や気持ちなんて分かるわけがない。当時も今も、いやここ最近まではずっと、それなら俺に伝えてくれなくたって、黙って想っていれば良いんじゃないか、とすら思っていた。


そう思っていた自分を殴りたいほどに、今、俺は気持ちを伝えたくてたまらない奴がいる。ずっと、目で追ってしまう奴がいる。
向こうは絶対に俺をただのクラスメイトとしてしか見てないのに、俺は好きだと言いたくて仕方ない。
何気ない話をしている中でも、つい零れてしまいそうになる。俺はミョウジに気持ちが溢れてしまってないか、そればかりが気にかかる。


「ミョウジ、食堂いこーぜー」
「上鳴。行こ行こー」
「腹減ったなー。爆豪何食う?」
「激辛麻婆丼」
「ふは、爆豪ほんとに辛いの好きだなあ」

例えば、上鳴たちがあいつを誘って食堂に行くとき。当然、偶にしか話す機会の無い俺といる時より笑顔で、言葉数も多くて、楽しそうで。
上鳴が好きなのか、それとも切島が、いやもしかして爆豪か。ただ連れ立って会話をしているだけなのに、モヤモヤとした考えが止まらない。
聞きたい。けど、そうすると自分のこの気持ちも言わなければいけない。


「あらミョウジちゃん、寝癖ついてるわ」
「えっ嘘、どこ?」
「あーここだよ、……ハイ、直った」
「蛙吹、耳郎、ありがとう」
「ん」
「ケロ。梅雨ちゃんと呼んで」
「ごめんごめん、梅雨ちゃん、ありがとう」

それから、自覚してからは、こっちの方がきつい。ミョウジが女子と話してるとき。あまりに心臓がズキズキするから、最初は何か重大な病気かと思ったけど、普段は何も起こらないから、きっとミョウジのせいだ。
たぶん男子の中でも愛想がよくて話しやすいからか、A組の女子たちと仲が良い気がする。あいつは上鳴と女の好みのタイプについて話してたこともあるし、普通に女が好きなはずで、そしたらそもそも俺なんかより、女子の方が良い。

そう、だって、男から見ても女から見ても、ミョウジは魅力的だと思う。だから、早く言わないと、誰かに取られる。それは嫌だ。

最近はそればかり考えてしまって、逆にミョウジにうまく話しかけられなくて、本末転倒だと自覚はしてる。まあ元々、演習で必要なら話す程度で、雑談なんかはしたことがないけれど。

どんな食べ物が好きか。休みの日には何してるのか。中学の時はどんな風に過ごしてたのか。兄弟はいるのか。

好きな人は、いるのか。

聞いてみたいけど、聞きたくない。恋愛っていうのはこうも矛盾するものなんだと、初めて知った。

▽▲▽▲▽

「あれ?ミョウジは?」
「普通科のモブ女に呼び出されたっつってどっか行った」
「えっ誰!?可愛い子!!?」
「知るかボケ死ね!!」
「絶対告白じゃんかよ〜〜羨まし〜〜」

呼び出し。告白。爆豪と上鳴の言葉に、ぎゅっと胸が痛くなった。ミョウジは今ごろ、女子に告白、されてるのか。

ドクドク、心臓の音がだんだん速くなって、なのに身体は冷え切っていく。個性なんか使ってないのに、おかしい。肺が息を吸い込みきれなくなったみたいに、浅い呼吸しかできなくなって、ひゅ、と喉を通る音がした。

ミョウジが誰かのものになるのを想像してみる。耐え難かった。特別な人にはどんな顔をして、どんなことを話して、どんな風に触れて、どんな風に触れさせるんだろうか。そのW特別Wになれない限り、それを全部知る術はない。

普通科ってことは、普段はあんまり関わりはないはずで、だけど体育祭か何かでミョウジのことを知って、好きに、なったんだろうな。気持ちは分かる。人好きする笑顔と、戦っているときの凛とした表情。目が離せなくなったのは、俺も同じ。

だけど、他の学科の奴よりも絶対に俺の方が、たくさんミョウジのことを知ってるはずなんだ。
朝や風呂上がりに、眠そうに目をこする姿がすこし幼く見えること。数学がやや苦手で、応用問題なんかは眉間にちょっと皺を寄せて考えていること。本当に時々しか見られたことはないけど、くしゃっと笑う笑顔がかわいいこと。

「悪い緑谷。先に食堂行っててくれ」

ミョウジが誰を好きになろうと、ミョウジの自由だ。だけどせめて、俺のこの気持ちは知っていてほしい。なんて、わがままだろうか。




廊下を早歩きで歩く。告白といえば、自分が過去に呼び出された場所の多くは、中庭だったり校舎裏だったりしたが。ミョウジは、どこにいるのだろうか。

「ッすみませ、……轟?」
「あ、」
「どした?ずいぶん慌てて──うわっ」
「ミョウジっ」
「え、え? マジでどうしたの、何かあった? 体調悪い? リカバリーガールのとこ行く?」

もうすぐ中庭に着くはずの、人気のない廊下の奥で、曲がり角から急にミョウジが現れたものだから、つい抱きしめてしまった。もし誰かのものになってたら、こんなことはきっと二度とできない。

告白は終わったのかとか、どんな人だったんだとか、返事したのかとか、色々聞きたいことがあったけど。抱きしめたミョウジから何かいい香りがするだとか、思ったより華奢に感じるのとか、多少身長差があるから収まりがよくてずっとこのままでいたいとか、慌てる様子がかわいいとか、そんなことばかりが頭を占領していく。

「轟ー? 落ち着いた? リカバリーガールのとこ行こ、」
「ーーーしか、……」
「ん、何?」
「ミョウジにしか、治せねぇんだ」
「…………へ?」

お前といると、ずっと熱くて痛いんだ。ずっと、心地良くて、苦しいんだ。
ミョウジが俺のものになってくれたら、そしたらきっと、この胸の痛みは、苦しみは、きっとどこかへ行ってくれるはずなんだ。

ぽかんとした顔のミョウジが可愛くて、たぶん絶対フラれるだろうけど、今なら言えそうな気がする。

「ミョウジ、俺、お前のことが」

初恋を食べてみてほしい

甘い苦いを、教えてくれよ

title by 英雄
2019.05.05