ランキングに名を連ねるようなトップヒーローになれるのはほんの一握り。その『一握り』は、この『雄英ヒーロー科に入学できた生徒』を指してるんじゃないなんてことは、初めから分かってる。俺は主役じゃない。ヒーロー科になんとか合格して、B組の一員として個性と戦闘技術を磨いて、その上で、分かってくること。

一緒に演習をして総合的に感じるところだと、たとえば拳藤、骨抜なんかがその類いだろう。そしてA組なら、体育祭を見る限り、なんだかんだの超パワーで目立っていた緑谷、総合2位の轟、そして。

「……てめェかよ。どけや女顔」
「あ、ごめん」

電気に借りた教科書を返そうとA組の後ろ側のドアを開けると、ちょうど出て行こうとする爆豪とぶつかりかけた。爆豪は俺のことを『女顔』と呼ぶ。電気情報では、クラスでもあまり名前を呼ばず、あだ名(あだ名と言えるどうか迷うほど雑なネーミングだけど)で呼んでいるらしい。

「よー!ナマエ!」
「電気、教科書ありがと」
「良いって良いって!」
「お、B組の!」
「ミョウジ、だよな。上鳴と同中なんだっけ?」
「そうだよ。よろしく」

電気に教科書を返せば、一緒に話してた2人に声をかけられる。そいつらは体育祭のベスト16まで残ってたから、一応名前と顔は一致してる。確か、切島と瀬呂。普段関わる機会が少ないから、個性くらいしか知らなかったけど、良い奴そうだなと思った。

「俺、切島ってんだ!」
「瀬呂っつーの。よろしく〜」
「二人のこと知ってるよ、体育祭すごかった」
「マジか!ミョウジも凄かったぜ!」
「俺はドンマイだったからな〜」
「ぶはっドンマイ!!」

電気の爆笑を皮切りにケラケラと3人が笑うのを見て、俺も楽しくなってつられて笑う。すると電気以外の2人がじっとこっちを見るので、首を傾げてしまう。

「どうかした?」
「いやー……。ミョウジ、笑うとより美人だな!」
「は……?」
「わかる。美形とかイケメンって要素もあるけど、なんっか美人って感じだよな」

普通に生活してて男からここまで言われるとは、爆豪のあだ名は的を得ていたらしい。まあ自分でも鏡は見るわけだし分からなくはないけど、そんなに女寄りの顔なんだろうか。

「体育祭、爆豪相手にタイマンで粘ってたじゃん?その外見で強えし、ミョウジはヒーローんなったら人気出るだろーな〜」
「はは、ないない。一応目指すけど、個人的にはサイドキックで十分だよ」
「お!じゃー俺が独立したら来て!」
「電気の個性と俺、そこまで相性よくない気がするけど…」
「フラれてらー」
「うっせー!ナマエもマジレスすんなし!」

またどっと笑いながら、時間が少しずつ過ぎて行くのを感じる。昼休みはあと5分。そろそろ戻らないとな、とつま先だけ教室の扉へ向けかけたとき、「じゃあ、」と電気が俺を挑発的な笑みとともに見上げる。

「おまえA組だったら、誰のサイドキックになりてーんだよ!?」

さあ言ってみろって感じのドヤ顔の電気。昼休みはあと3分。切島と瀬呂が期待した目で俺を見てるところ申し訳ない。俺はこの学年でなら、ただひとり、あいつが良い。

「爆豪」
「……え?」
「ちょっと血の気多いけど、センスあるし、個性も強いし、格好いいなって」
「えー!?そりゃ実力はあるけど……でもあいつ性格だいぶクソだぞ!?」
「まあそれはそれっていうか…。勝ちたいって気持ちが強いってことだろうから。個人的には、トップになるのはああいう奴だと思う」
「まァな〜でもな〜〜……、ぁ、」
「とにかく俺は、A組っていうか、この学年の誰かのサイドキックになるなら、爆豪しか考えられないから」

チャイムまであと2分。次の授業誰だっけ、A組担任のイレイザーヘッドだったかも。時間にすこぶる厳しい、あのくたびれた先生を思い出して、「俺そろそろ戻るね」と3人に背を向ける形へと身体の向きを変える。
すると思ったより近くに、眉間の皺が2割ほど増した気がする爆豪が立っていて、今の会話を聞かれていたことにとりあえずサーッと血の気が引いた。

心なしか爆豪の顔は赤い。怒ってる。まあそりゃそうだ。たいして知りもしない奴、しかも色々と対立してるB組の奴に「サイドキックになるならこの人しか考えられない」なんて言われたら気持ち悪いだろう。

「……オイ」
「ご、めん、爆豪。変な意味じゃなくて、普通に凄いと思ってるだけで」
「は、」
「あの、もう二度と言わないから」
「……は?」
「ごめんな」

爆豪の横を通り過ぎて、教室を出たところで、ふう、と息が漏れる。どこから聞いてたんだろうか。まあ最後の一言を聞かれてたら、どこからだって同じか。この後で電気とかに話の経緯を聞いて、たぶん、引くだろうな……。

ただのウワサだけど、今後、A組とB組で合同演習するって噂も聞いたし、そうなったら味方でも対戦チームでもちょっと気まずいけど、まあその時はその時か。

色々考えながら教室に向かっていたら、ちょうど廊下の一番向こう側に、相沢先生の寝袋姿が見えて、ものすごく速やかに教室のドアを開けた。


▽▲▽▲▽


「あー、爆豪? なんかめちゃくちゃ顔赤いけど、大丈夫か?」
「るっせェ死ね……」

切島の言葉に悪態をつく、耳まで顔を赤くした爆豪は、表情だけならいつもの2倍不機嫌だ。

「もう言わねぇって言ってたし、ナマエのことは許してやって!あいつ良いやつだから!」

そして爆豪が本当にミョウジに怒ってると思っている上鳴は、まったく逆効果のフォローをした。

ミョウジは上鳴と仲が良い。今回みたいに教室に来ることは稀でも、食堂で上鳴が声をかけたり、体育館への移動のときにすれ違い様にミョウジから声をかけてきたり、ということはよくあった。

そしてその度に、爆豪がミョウジを目で追っていることを知っているし、上鳴と仲良さげに話すミョウジに、怒りでも苛立ちでも寂しさでもない、そう、例えるなら『嫉妬』という表現がぴったりの顔をしていることを知っている。まあ、上鳴も切島も、たぶん気付いてないけど。

「爆豪」
「あ゛ァ? ンだよしょうゆ顔、」
「ミョウジ、マジで超褒めてたよ。頑張れ」
「…………死ね」

照れ隠しのときのボキャブラリーは死ね一択らしい。そんな顔で言われても、少しも怖かねぇけど。
その微熱を捕まえたい

手を伸ばすのはどっちだ

2019.05.08