「おはようナマエ。好きだ」
「……おはよ、轟」

B組の誰もが、ああまたか、と思いながらこのやり取りを傍観していることは俺も分かってる。大丈夫、その反応は正しい。俺自身、「ああまたか」と思ってるから。

「ナマエ、今日の昼は一緒に食べないか」
「あー、うん、分かったからちょっと離れよう、な?」
「いやだ」
「Wお願いW、轟」
「………分かった」

近い。このイケメン、自分の顔面を素で分かってないから、毎度毎度これ見よがしに顔を近づけてくる。そういうのはお前のファンの女の子にやってあげて。

まあそんなイケメンエリートの轟が今、個性によって俺に夢中になってるんだからマジで笑えない。



個性W魅了W。『効果対象が俺を好きになる』能力。恩恵としては、魅了された対象は俺を攻撃できない、そしてWお願いWした内容は余程のことがない限り断れない。

まあ戦闘に直接活かせる個性じゃないから、雄英の試験ではただただロボットを素手で殴ってポイントを稼いで滑り込んだりした。家が空手の道場で親父が空手馬鹿じゃなかったら俺はあの時しんでたと思う。ありがとう親父。誕生日プレゼントに肩たたき券あげる。

現実逃避したって無駄なので、俺の個性に話を戻す。操作系統の個性の中では珍しく発動の条件が複数あって比較的対策しにくいし、うまくいけば触れずに相手を無力化できる。

何より一番の特徴は、心操のW洗脳Wみたいに、いきなりスイッチが入るわけじゃなく、条件を満たしたら徐々に効果が現れるから、かかった相手がW個性にかかっているWと自覚しづらいこと。

もうここまでフラグが立ってれば現状のことが分かると思うけど、欠点の話もしておこうと思う。ズバリ、誤爆だ。発動しようと思ってないタイミングで条件を満たしてしまうこと。正にイマココである。

条件がバレて対策されると発動できないことや、パワーやスピードでごり押してくる相手だとたとえ発動しても効果が出る前に倒されることとか色々あるけど、もうそんなもん全部置いといて最大最悪のケースはこれ。誤爆。しかも男。やっちまった。

これはもう立派に個性事故と言えると思う。加害者が俺、被害者が轟。えっ俺エンデヴァーに燃やされんじゃないか……消し炭にされる……もし炭になったらバーベキューとかに是非使って……いやブラックジョーク。

まあとにかく個性事故のきっかけなんて些細なことだ。A組との合同演習のあと、何気なーく目にとまった轟をじっと見てしまった。
なんせ俺はヒーローの中ではオールマイトよりもエンデヴァー派だったし、熱狂的ではないけど普通にファンだったから、あーあれがエンデヴァーの息子なんだな〜って普通に気になった。

体育祭とか見てても、とんでもない強個性だし、身のこなしも凄いし、でも見た目はエンデヴァーとあまり似てないなとか、だけど炎の火力は同じくらいなのかなとか、色々と思うところがあって、目が離せなくなって。

で、予想外だったのが、気付いたら轟と目が合ってたことだった。ヤバいと思ってすぐに目を逸らしたけど、一歩遅かった。『10秒見つめ合う』が、発動条件の一つで、轟は演習が終わったあと、俺に「ナマエって呼んでいいか」とか言ってきた。たぶん、初会話に近いと思う。それでいきなり名前呼びって距離縮まりすぎだし、色々混乱した。けど、やんわり断ろうとしたら目に見えてしゅんとしたから、ヤケクソで名前呼びをオッケーしちゃった俺がまあ、悪いんだろうな……!

そしてそんな劇的な出来事から一夜明けた次の日には、「好きだ」なんていう爆弾が落とされた。マジか嘘だろこのイケメン。


俺の個性だけど、実はまだ秘密がある。まずこの個性は、異性のがかかりやすい。ただ、中学のときに女子を相手に偶然発動しちゃった時もあったけど、今の轟みたいなことにはならなかったから、個性が多少伸びてるにしても、たぶんあんまり関係ない要素だと思う。

だからもう一つ。こっちが大本命な話だけど、魅了のかかり方や期間には個人差がある。

「じゃあナマエ、また昼休みにな」
「……ん、またなー」

そう、魅了のかかり方や期間は、それはもう明確な個人差がある。これは実は、クラスの奴らにも詳しく説明したことがない。

俺のことが好き(もちろん親愛・友愛の意味で)な人間のほうが効果は薄くて、逆に俺を嫌いな人間のほうが、その反動で魅了されやすい。振り幅も大きく、期間も長くなり、お願いも効きやすくなる。

つまり、魅了されてない本来の轟は、俺のことが大嫌いなのだ。


これだけでも結構なネガティブ案件だと思うんだけど、さらにどうしようもないことが起こってるからそろそろ笑えない。

俺はここ数日で通算20回以上も轟に「好き」と言われてきた。毎日毎朝毎晩である。その度にすごく真剣な表情と声で言うもんだから、俺はうっかり、本当にうっかりときめいてしまい、今や完全に轟を好きになってしまった。いやマジで笑えないっていうか、逆に笑うしかない。あー、しんどい。


▽▲▽▲▽


「風が気持ちいいな」
「……だなー」

校舎裏のベンチはいくつかあるけど、図書館の陰に隠れるこのスペースが一番、人気がなくて静かだ。
轟が俺の個性にかかって丸5日、そろそろ効果は切れるはずなんだけど、なにせ轟が事あるごとにじっと俺を見つめてくるもんだから、このままではまた更に別の条件を満たしてしまって、また長引くんじゃないかとヒヤヒヤしている。

「轟、俺見てないで弁当食えよー」
「……ああ、そうだな」

ふ、と轟の視線が弁当へ移されて、その隙にバレないように息をつく。
実はこの個性は、解除できないわけじゃない。ただその方法がちょっと(主に轟に)精神的にダメージを与えてしまうタイプのもんだから、自然と解けるのを待ってるだけ。

「ナマエ、……好きだ」
「……ハイハイ」

そう言われるたび、心臓がチリチリと焦げるように熱くて、痛い。クッソ、キレーな顔で微笑みやがって……!かっけーな王子様か!前世王子様か!炎と氷のカーニバルか!!こっちは作り笑いもしんどくなってきたし何だったら涙とか出そうなのに、え、ちょっと待ってマジで涙でそう。

「ナマエ、どうした……?」

ああ、轟がすごい心配してる。泣いてんの気付かれたらめちゃくちゃにダサいな。仮にもヒーロー志望なんだけどなあ。だめだな。もう、やめよう。轟のためにも、俺のためにも。

轟の頬に手を添えて、すかさず言う。「轟、Wお願いW、目ぇ閉じて」。
一瞬戸惑いながらもおとなしく閉じられる瞳。もうこんな風にやり取りすることも最後なんだなーなんて思いながら、キス待ち顔を眺める。あー睫毛なが。どの角度から見てもイケメン。格好いいよなあコイツ。どう考えてもモテるだろうに、事故とはいえ、数日とはいえ、キライな奴にこんな風にされて、本当に申し訳ない。今、解放してやるから。

心の中で何度も謝罪しながら、唇をくっつけた。

この個性の解除方法。それは、対象にキスをすること。この方法で解除したら、しばらく俺の個性にはかからない。なんて面倒くさい。最初っから最後まで、本当に馬鹿みたいな個性だわ。超馬鹿な俺にピッタリ。

「今までごめん、ありがと」

目を開けた轟の視界に映るのが怖くて、弁当箱を持って立ち上がる。あーあ、好きな奴とのファーストキスの味忘れた。勿体ない。

片思い殺人事件

どうせならこの記憶ごと掻っ攫ってほしかった

title by 英雄
2019.05.10