高校のときから、切島が好きだった。そして、切島は芦戸が好きだった。

切島は良い奴で、芦戸も良い奴で、二人は俺の友達だった。付き合い始めたときは、本当にお似合いだと思った。おめでとうとも言った。惚気話だって聞いたし、相談を受けたこともある。切島はその度に、俺は良いダチを持って幸せだ、と言って笑った。

俺はその度に、心臓の痛みで自分を殺した。

▽▲▽▲▽

「良い式だったなー」
「うん」
「なー! もー俺目ぇ痛い、明日絶対腫れる〜」
「アホ面は泣きすぎだろ」
「しゃーねーじゃん! 感動したし!」
「俺もウルッときちゃったよ。ただ、ファットガムが号泣しすぎてるのをイレイザーが宥めてたときはつい笑ったけど」
「分かる! どっちかっつーと逆だろっつってな!」
「はは、たしかに」

二人の結婚式はそれはそれは感動に包まれて、切島も芦戸も幸せそうで、格好良かったし綺麗だった。

本当はクラス全員呼びたいけど、人数の関係で呼びきれない、と事前に言われていた中で、自分に招待状が来た時は本当に嬉しかったし、その反面、また心臓が痛かった。

参加・不参加はギリギリまで迷った。だけど最終的には、ふたりの結婚式を見ればけじめがつくだろうと思って、参加に丸を入れて返信した。切島にはラインで、仕事の調整に時間がかかって、今日ようやく投函したことと、結婚式を楽しみにしてる旨のメッセージを入れた。
ミョウジが来てくれんのスゲー嬉しい、と言われてしまえば、もう他に何も言えなかった。



結婚式では、誓いのキスも、ケーキ入刀も、ファットガムのスピーチも、芦戸の両親への手紙も、とても感動した。でも結局、結婚式では涙は出なかった。
まだずっと切島を忘れられないと思っていたけど、案外前に進めるかもしれないなと思ったとき、二次会で流れたスライドショーで、切島と芦戸とがそれぞれ選んだという写真が流れた。

その中の一枚に、高校生活で唯一の、二人だけで行った夏祭りで、一枚だけ撮ったツーショットの写真があった。切島に他意なんてない。スライドショーのバランスとか季節感とかを考えたとき、たまたま選んだのがそれだっただけ。

それでも、目の奥が熱くなるのが抑えられなくて、その時のその一瞬だけ泣いた。




「明日が出勤じゃなかったらなー、三次会も参加したんだけどなぁ」
「俺も。つーかミョウジと爆豪は明日も休みなんだろ? 顔出しゃ良かったのに」
「もう十分だろ。メンツ的にも面倒くせェ」
「まあ、俺もそんな感じ? 切島の事務所の人とかが大半だったしね。あと、酒飲む人が多かったから、俺が参加するのもアレかなと思って」
「あー、ミョウジそんな酒強くないもんな」

夜風が気持ちいい。高校を共にしたこのメンバーとの会話が心地いい。料理も食べて腹も満たされて、お酒も数杯飲んで、すべてがちょうどいい。何もかも完璧な一日だったのに、ここに切島がいたらと思ってしまう自分は最低だと思った。

「じゃー俺らあっちの駅だから、またな」
「おやすみー」
「おやすみ。二人とも帰り気をつけて」
「さっさと寝て精々明日のお勤め頑張れや」
「爆豪てめー!!」

上鳴と瀬呂と別れて、爆豪と二人、目と鼻の先にある駅へ歩く。爆豪はあんまり自分から話しかけるタイプじゃないから、基本は俺からぽつぽつと話しかけながら、時々返ってくる爆豪の相槌に笑ったりした。

じゃあ俺こっち向きだから、と改札を出て右側に進もうとすると、爆豪が俺の手を掴んで引っ張った。元々力が強い爆豪に急に引っ張られて、肩がちょっとだけぶつかった。

「てめェの明日の予定は」
「え、特にない、けど」
「じゃあ家来い」
「え?」
「飲み足りねーから付き合えや」

爆豪は掴んでいた手を離して、さっさと左に歩いていく。返事を待たずに実行する、一見すると少し横柄に見える態度は相変わらずだけど、俺は別に爆豪のこういうところは嫌いじゃなかった。
大股でさっさと歩いていく爆豪に、小走りで追いつく。爆豪は俺をちらりと見て、何も言わずに前を向いた。



「おじゃまします」
「適当に座ってろ」

爆豪の部屋には久し振りに来たけど、相変わらずとてもセンス良く整えられていた。置いてあるモノも多すぎず少なすぎず、家具の色なども黒や白で統一されていて、一言で言えば落ち着く空間だった。

適当に座れと言われたので、ソファの端に腰掛けると、スプリングが柔らかく沈んだ。コレでも着とけ、と投げられたスウェットは肌触りがよくて、デザインもおしゃれだった。
スーツのままでいるのは肩が凝るので、お言葉に甘えて着替えた。爆豪は体格が良いから、身長差はそこまでないのに、ややサイズが合っていない気がして、ちょっと悔しかった。
ぼーっとテレビを見ながら待っていると、爆豪は「残してもかまわねェからとりあえず飲め」と言って、俺にもビールを差し出した。

「んじゃ、改めて乾杯ー」
「……乾杯」

カシャン、とスチール缶が擦れる音が、なんとなく付けたテレビのバラエティ番組をBGMに、部屋に響いた。爆豪は洒落たつまみも作ってくれて、俺は普段ならセーブするような量を超えても、少しずつ飲んでいた。

他愛ない話が一旦途切れたとき、爆豪が「なぁ」と珍しく(しかも柔らかく)話しかけてきたので、俺は重さの半分になった缶をテーブルに置いて続きを待った。

「今日、どうだった」
「へ?」
「もう吹っ切れたんかよ」
「………は、」

青天の霹靂、とはこういう時に使う言葉だろう。爆豪はこちらを見ずに、合間に持ってきていた2本目の缶のプルタブを上げながら問いかけた。

なんで。なんでそんなことを聞くんだ? 妙に確信した言い方、吹っ切れた、なんていう言葉はそもそもそんなに日常的に使うものではないもので、それが意味するのは。

「切島のこと、好きだったんだろ」
「……なん、で」
「別に。偶然気付いただけだ、他の奴らは知らねーよ」

爆豪の中での俺への問いはあくまで「切島のことを吹っ切れたのか」であって、「切島のことを好きかどうか」は確かめるまでもないことらしい。いつから、とかどこを見て、とか色々思うことはあったけど、酒の入った回らない頭で考えた結果出てきた言葉は。

「今でも、好き、だよ」
「……………」
「本当は今日、行くかどうか、迷ってた、けど。二人の晴れ姿見たら、忘れられるかと思って、そしたら、あんな幸せな式なのに、二人のことすごい大切なのに、何で俺じゃ駄目だったんだろって、最低なこと考えた」

爆豪は、何も言わない。何も言わずに、俺の言葉を待っている。こんなこと他人に、友達に、言ったって仕方ない。どうしようもないことを相談されて、そんなの爆豪が困るだけなのに、いつもより柔らかい爆豪の雰囲気が、俺に吐き出してしまえと言っているように感じて、言葉が止まらない。

ずっと、切島が好きだった。自覚したのは高2の春頃で、そのときにはもう切島は芦戸が好きで、芦戸も切島のことが気になっていて、自分の気持ちを見つけたその瞬間から、失恋の二文字が見えている恋だった。別に初恋なわけでもないし、そもそも友情の延長線上にあるものの感覚を恋だと思ってしまっただけて、きっとそのうち笑って応援できるようになると思ってたのに、苦しさと楽しさと、そして切島が芦戸にアプローチをかける度に崖へ一歩一歩進んでいくみたいな感覚があって、もう自分の愚かさを認めるしかなかった。
付き合い始めたという報告は、物騒な話だけど、死刑宣告に似たものだった。

「馬鹿だよな。結局何もできなくて、そんなの俺が悪いのに、まだ引きずったままなんて」
「てめェは元々、男が好きなんか」
「いや、彼女だっていたことあるし、たぶん切島だから好きになったんだろうなって思うよ」
「……そーかよ」

爆豪は静かにビールを煽っている。俺はもう残り少ない缶の中身を、一気に飲み干した。

「ごめんな。こんな話聞いてもらって。お陰でちょっとスッキリしたわ」

スッキリ、はちょっと言い過ぎかもしれなかったけど、少し心が軽くなったのは本当だった。ただ爆豪が眉間に皺を寄せて疑うような視線を寄越しているた ので、あまり信用はされてなさそうだ。
「切島のことは少しずつ忘れられるように努力する」と付け加えると、爆豪は2本目を飲み干して、ぐしゃりと缶を小さく潰した。
そして、テレビを消してから、ぐっと俺の方に距離を寄せた。

「もし切島とヤるとしたら、てめェはタチとネコ、どっちが良いんだよ」
「………はい?」
「抱きたかったんか、抱かれたかったんか。どっちだよ」

俺も酔ってるけど、酒に強い爆豪も、今日は酔ってるかもしれない。まさか爆豪からそんな言葉がポンポン出てくると思ってなかったし、そしてそれを聞いて、俺が答える気になるのもおかしい。

「……あー……。切島になら、抱かれたかった、かなぁ」

羞恥とかそういうのはもうなかった。聞かれたことに答えただけ。たぶん、爆豪も、話題の一つとして聞いてみただけ。
なのに、さっき距離をつめていた爆豪は、さらに俺の方へくっついて、そして抱き寄せられた。酒の匂いと、甘い匂い。思考が追いつかなくて、身体が動かないのは酒のせいか。

「慰めてやるよ」
「え、」
「切島だと思って、抱かれてろ」

そうして唇が塞がれて、ソファを背もたれにして爆豪が覆いかぶさって。多少抵抗したけど素の力で爆豪に敵うはずもなく、為すがままになっていると、突然視界が塞がれた。「目ぇ見えない方が良いだろ」と爆豪が言うので、言わずもがな、爆豪による目隠しだったらしい。
途中、浮遊感が一瞬あったのち、背中に柔らかい感覚。やや軋んだスプリングの音と、さらさらと肌触りの良い布の感触で、ここがベッドだとすぐに分かった。

「ばくごう、」
「切島だと思えっつったろ」
「ん、……ッ」

また唇が塞がれて、すぐに舌が入ってくる。さっきのキスのときも思ったけど、キスが上手すぎる。そりゃあ爆豪モテるよな。独立してチャートにもランクインする、人気若手ヒーローの筆頭だもんな。

「見えねぇ分、集中しろや」
「ん、む、……ン……」

キスの合間にそう呟かれて、思考が強制的に中断される。爆豪に借りたスウェットの服の裾から手が入ってきて、腹筋を撫でられる。肩が跳ねた。
時折、自分の声と認めたくないような声が出る。唇が離れても、息がしづらくて、でも息をしようとすると変な声が出そうで、自分の指を噛む。

「やめろ」
「ンン、っ、ぅ、……っあ、だって、」
「声出せ。……俺しか聞いてねェ」

今、俺を諭すような声や優しく触れている手は、爆豪のもの。胸に、腹に、脚に這う手は、紛れもなく、爆豪のそれ。あちこちに触れる柔らかい感触も、唇に触れるカサついた唇も、時々声を堪えるように吐き出される呼吸も───すべて。なのに、最低な俺が、熱に浮かされた頭で考えること。

これが切島だったら、今俺を暴いてるのが切島の指だったら、唇だったら、あの眼が俺を射抜いていたら、どんなに、幸せなことか。

「───っきり、し、ま」

切島の名前を呟いて、喉が震えた。今日はもう泣かないと思っていたのに、ああ、目隠しがあるからもう、泣いたっていいか。

少しの痛みと快楽に流されながら、やがて意識を手放した俺は、爆豪がどんな顔で俺に触れていたかなんて、知りもしないまま。


誰にもあげたくないのに

手に入らないものに手を伸ばす絶望

title by サンタナインの街角で
2019.05.12