恋は幸せなことばっかりじゃないって、今日まで知らずに16年生きてきた俺は、ただのお気楽野郎だった。できればもうちょっと、そいつの顔が見れるだけで嬉しいっていうこの幸せに浸っていたかったけど。



「俺はミョウジと友達なんぞになった覚えはねえんだよ」

忘れ物をしたから教室に取りに帰ったら、誰もいないと思ってた教室にまだ人がいた、なんていうベタすぎるシチュエーションだけど、俺は構わず突っ込んでいくつもりだった。何せ自分のクラスの教室だし、立ち入られたくない話だったら鍵締めるなりしてるだろうし。

そんな風に思ってたけど、ドアを開ける直前に自分の名前が聞こえたら、そりゃつい動きも止まる。しかも聞き覚えがありすぎる声だったし、内容は、まあ、俺にとってはちょっと心臓が痛くなる一言だったから、何しに戻ってきたかも忘れて、そのままUターンして部屋へ戻った。



雄英へ入学して、初めて爆豪を見たとき、あの金色が鮮烈だった。
第一印象は何かと乱暴。言葉も行動も。ただ、その中にある揺るがない信念とプライド、それを貫く努力と才能を見つけて、いつの間にか目が離せなくなった。

「……俺が見てんのがバレてたかな」

それで気持ち悪いと思ったとか。ありえる。爆豪は頭もいいし、ああ見えて視野も広く、冷静なときは周りをよく見てる。俺がここ最近、演習のとき、授業のときだけでなく、昼休みの食堂、寮の共有スペースなど、気付いたら爆豪を目で追っていた。それに勘付いていたっておかしくはない。

けど、こっちとしても無意識だったから、そこはなんとか許してほしい。というのも、普段からよく一緒に行動している轟に、「爆豪がライバルなのか?最近よく見てるよな」と言われて初めて気付いた。
そういうことにはてんで疎い轟に言われたことに少なからず慌てたが、まあその後の推測は良い意味で予想通りのポンコツだったので、「まあ、近接とか強いし意識はしてるかな」と適当に返しておいた。



爆豪のことを見ない。これを目標に掲げた俺はだいぶ馬鹿らしいけど、仕方ない。具体的な策として、演習では、見本などで注目を必要としない限りは爆豪以外の奴を見るようにして、授業では黒板だけを見る。食堂では爆豪のグループ自体を視界に入れないようにし、寮の共有スペースはなるべく長居をしない。その他、すれ違うときは他所か足元を見る、爆豪の声が聞こえたらなるべく他の奴と話して意識を散らす、エトセトラ。

以上のことを実践した結果、俺はかなり爆豪離れ(この表現は我ながら気色悪いがしっくりはきたので今後も暫くこれでいく)することに成功した。最初はつい勝手に目が追ってしまうためそこそこ苦労したが、慣れればなんとかなった。

これを今後も徹底すれば、まあ人付き合いのハードルが高そうな爆豪のことだ、なかなかすぐにとはいかないが、逆にいうとクラスメイトは全て平たく同じカテゴライズだろうから、幼馴染(緑谷)>親友(切島・上鳴・瀬呂)・ライバル(轟)>クラスメイト≒友達?(その他の俺以外のA組)>ずっと見てくるキメェ奴(俺)という現状から、ひとつ格上げの可能性もある。
ちなみに緑谷の位置付けは本人は全否定だろうけど、互いに意識している時点でかなり上の方だと思う。

ていうか自分で格付けしといてアレだけど、轟いいなあ。まあ個性かっけぇし強いし、当然か。トップを常に意識していてそれ以外のことはその他大勢もしくはモブ、というスタンスの爆豪が唯一、ちゃんと名前で呼んでるし。

俺がもっと強くなれば、爆豪の視界に入れるかもしれない。別に、好きになってもらいたいとかじゃない。ただ、肩を並べて戦いたい。単純な思考回路ながらそう思った俺は、その日から自主練を開始すべく動いた。
外の演習場より音や振動が漏れにくいTDLを使う許可は、相澤先生からこっそり得られた。俺はそれなりに品行方正だし、テストの成績もクラスで上位だから、先生も二つ返事でOKしてくれたんだろう。ただ、他の奴には極力バレないように、と一応言われたので、後は見つからないようにやるだけだ。



時刻は21時。この自主練を始めて一週間が経った今日、ガラガラとでかいドアが開いた。そこにいたのは部屋着の轟で、「ミョウジだったのか」と少し目を丸くしていた。あーあついにバレた。
けどまあ轟ならまだ良かったかな、と思って、休憩がてら個性の話や特訓の話をしていると、再度ドアが開く音。もし切島や上鳴だったらどうしよう、バレて俺も自主練したいとか言われたら(あいつらのテストの成績的な意味で)ヤバいな、と思っていたら、そこに立っていたのは爆豪だった。

うわ、なんか久しぶりに爆豪を見た気がする。毎日同じ教室で過ごしてんのに、変な話だけど。

「あ、えーと爆豪、こんばんは……」
「お、爆豪か。どうした?」
「……チッ、てめェ轟といやがったのかよ」

眉間にあまりにも皺が寄っているが、これは爆豪のデフォルトだったかもしれない。……いや、普段よりも皺が多いか?ちょっと自信がない。何度も言うように、久しぶりに爆豪を見たからだ。

「舐めプ野郎、今日は出てけや」
「? なんでだ?」
「俺ァこいつに話があんだよ」
「え」
「そうか。分かった」

轟はこういうとこちょっとぽやっとしてるというか何というか、納得のラインが人より低めだ。いや、別に爆豪の言ったことは変なことじゃないし、そう、変なことではないけど、ただちょっと俺が爆豪の機嫌を図りかねてるから、この状態での二人きりは少し不安があっただけで。



「あー、爆豪、話って?」

轟が出て行って二人になる。俺が座ってた場所から、轟は向かいに腰を下ろしていたのに対し、爆豪は何故か隣に来た。肩が触れるか触れないかくらいの距離なので、まあまあ近い。マジでなんでだ。話があるというその内容も、その距離の意味も分からず、とりあえず隣の金色を見ないように、TDLの壁の一点を見つめる。

「ミョウジ」
「ん?」
「……こっち見ろやクソが」
「え、っ」

爆豪が両手で俺の顔をひっつかんで、無理やり視線が合う。それも目と鼻の先でだ。さすがに近すぎて固まると、爆豪は不機嫌のまま、その距離で俺をじっと見つめた。なんだこの状況。好きな奴に至近距離で睨まれるとかどういうイベントだよ。こうなることを恐れて爆豪離れを頑張ったというのに、時すでに遅しだったってことか?

ばれないように深呼吸して、「爆豪?」と平静を装って呼んでみる。すると爆豪は、俺をぐんっと引っ張って抱き寄せた。突然のことで、爆豪の胸にダイブすることになった俺は、その逞しすぎる胸板に鼻をぶつけたが、その痛みよりも何よりも、この展開がわからなさすぎて混乱した。ていうか爆豪良い匂いすんな……いや違う違う、今はそういうこと考えるシチュエーションじゃない。

「ば、ばく、」
「……てめェはよ、どうやったら前みたいに俺を見ンだよ」
「へあ……?」

びっくりしすぎて変な声が出た。いやそれよりまず、やっぱりというか何というか、俺が見てたのはバレてたのか。返事を考えあぐねていると、爆豪の腕の力が強まった。抜け出すことは愚か、顔を上げることもままならない。やっぱ力強いな。俺ももうちょっと筋トレ増やすべきかな。

「てめェが見てると落ち着かねえとは思っとったが、見てねえとそれはそれで落ち着かねえ」
「……うん」

切島がトレーニング系のもん結構持ってたし、今度借りてみようかな。

「前はいつでも俺だけ見てたくせに、逆に目ぇ逸らしまくりやがって。しかも最近ずっと轟と話してやがるし、舐めとんか」
「……うん」

あんまり筋肉付けすぎると機動力下がりそうだけど、轟とか筋肉あるけど速いしな。参考にさせてもらうのが良いか。

「……上等だ。やっぱツラ貸せや」
「うん、……ん、ぅ……?」

押さえつけられてた体勢から一変、今度はまた顔を上げさせられたかと思うと、視界を覆う、金色。

唇に触れた柔らかい感触と、薄く目を開けた爆豪と至近距離で視線が合っている気がするこの感じからして、これはたぶんキス、なんだろうけど。なんで急にこんな状況になってんのか、誰か教えてほしい。轟……には無理だ。瀬呂あたりなら的確な解説してくれそう。第三者の冷静な視点求む。

「甘ぇ。何の味のリップクリーム塗っとんだ」
「ぇ、あ、蜂蜜とかだったかな……」
「あとてめェ訓練して汗かいてる割に無駄に良い匂いすんな」
「ちょ、嗅ぐのやめて恥ずい……!」

いやまあさっき俺も思ったけど。そうなんだけど、だからこれどういう状況?心臓うるさいし顔熱い。ただでさえ爆豪離れしてたから目ぇ合うだけで色々消耗してんのに、供給過多で死にそう。

「……そのカオ、悪くねェな」
「は?」
「散々避けやがった分、ここでもっと見せろや」
「っひ、ァ」

胡座をかいて座る爆豪は、俺をその上に乗せて、体操服の裾に手を入れた。変な声が漏れた俺は悪くない。いや、ていうか、え?ほんとにそういうこと考えるシチュエーションなのか?というか、俺が考えちゃってたもんより更にダメなシチュエーションっぽいんだけど、大丈夫か?

「いやあの、爆豪、」
「てめェは」
「?」
「てめェは俺だけ見てりゃいいんだよ」

いや見るのをやめた件については、コトの発端は爆豪なんだけど。そもそも、友達になった覚えはないって言ってたのに、アレってもしかして、俺の思っていたこととは逆の意味の、つまり、そういうことだったりすんの?

思い違った境界線


獲物を前にしたその顔から、やっぱり目が離せない

2019.05.13